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第四章 トロンの街編
第五話 妹よ、俺は今奪う覚悟を決めています。
しおりを挟む授業、昼食を終えた昼下がり、図書室の扉を開けると司書席に座ったネルが無言でお辞儀をしてくれた。
この学校で最も俺の魔力と金貨を費やした図書室だが、開校して一ヶ月残念ながらあまり生徒には使われていない。今はまだ目に映る者すべてが刺激的で、子供達が落ち着いて読書をするに至っていないのが現状だ。まあ、その内興味を持ったことや知りたいことが出てこれば自然と利用者は増えるだろう。
「ご苦労様、なかなか利用者が増えないね」
「そうですね。それでも最近は年少組の子達がよく絵本を借りに来ますよ。どうもカルナが小さな子達に絵本の読み聞かせをしているようで、年少組で絵本ブームが起きているみたいです」
図書委員には生徒会長のネルと鍛冶職人希望のバートが就いた。平日は一日交替で司書をしている。
「それに、あの二人は毎日来ています」
目線の先にはミルとカルナ。それぞれが別の席に着いているところを見ると、友達同士で連れ立って来ている訳でもなさそうだ。
ミルの周りには大量の本がバリケードのように積まれ、その中で一心不乱に何かを書き連ねている。きっと論文を書いているのだろう。対してカルナは優雅に腰掛け、一冊の本を・・・物凄いスピードで読んでいた。ちょっと待て、いくら何でもページをめくるのが速すぎる。もしかして・・・
「上位鑑定」
名前 カルナ(9)
レベル 1
種族 人間
性別 女
基本ステータス
体力 9
魔力 9
筋力 8
耐久 8
俊敏 8
器用 9
知能 11
幸運 14
魔法
水 E
土 E
スキル
文豪1 速読1
スキル待ってますやん!しかも、既に二つ!
二つとも文系に特化したスキルだ。少し話を聞いてみるか。
「カルナ」
「ハッ、びっくりした!」
しまった、読書中にいきなり声をかけて驚かせてしまった・・・
「ごめん、ごめん。いきなり話しかけられてびっくりしたよね」
「ううん、大丈夫。どうしたの、トキオ先生」
「本を読むのは楽しい?」
「うん。すごく楽しい」
やはりこの世界では、好きこそ物の上手なれ。必ずではないだろうが、前世に比べ好きなことや興味を持ったことが身に付きやすい世界だ。
「どんな本が好きなの?」
「物語。特に、この作者名が載っていないやつがおもしろい!」
カルナの手にあるのは若草物語。とはいえ、前世でオルコットの書いた若草物語とは少し違い、この世界に合わせて俺が改変したもの。前世の物語をこの世界仕様に改変して作ったものに作者名は書いていない。
「小さな子達に絵本を読み聞かせてくれているんだって。ありがとね」
「ううん。わたしも小さい時、ネル姉によく読み聞かせてもらったから。小さな子達が喜んでくれると、わたしも嬉しいの」
「そっか、カルナはやさしいね」
「エヘヘ、でも、わたしだけじゃなくて孤児院の子はみんなやさしいよ」
「そうだね。みんないい子だ」
「エヘヘヘ」
きっと、カルナに読み聞かせをしてもらった子の中から、少し大きくなったら読み聞かせをしてくれる子が現れる。この孤児院はそうやって回っている。孤児院という狭い世界の中で良き文化が脈々と受け継がれている。
「そうだ、カルナも物語を書いてみないか?」
「わ、わたしが!むりだよー」
無理じゃないんだよねー。なんてったって「文豪」スキルをもっているのだから。
「カルナなら出来るとおもうけどなぁ」
「えぇ、物語の書き方なんてわからないよ」
「わからないなら、俺が教えてあげるよ」
「ホント!じゃあ、やってみる」
「よーし、じゃあコツを教えるから、ノートと鉛筆を出して」
「はーい!」
いきなりプロットだの起承転結だの言っても言葉の意味すら分からないだろうから噛み砕いて話す。誰視点だの、てにおはだのも説明しない。初めから面倒なルールに縛られては筆が進まないからだ。まずは自由に書けばいい。修正なんて後からいくらでも出来る。失敗を恐れず、まずは書くことだ。
カルナに教えたのはこんな感じ。まずはスタートとゴールを決める。次に必ず通過しないといけないチェックポイントを決める。チェックポイントさえ通過すれば途中どれだけ寄り道してもかまわない。題材は知っていることから探す。九歳のカルナでは知らないことを題材にしても取材できないからだ。最後に、好きになれる主人公にすること。嫌いな人の話なんて書いていてもつまらない。
「これをあげるよ」
「これはなに?バラバラのノート?」
「これは原稿用紙といって、マスが区切ってあるからどれくらい書いたのかもわかりやすいし、行間を空けたいときなんかもわかりやすいから物語を書くのにノートより便利なんだ」
とりあえず、四百字詰めの原稿用紙を百枚。
「無くなったらいつでも貰いにおいで」
「うん。ありがとう」
嬉しそうに原稿用紙を鞄にしまうカルナ。まだ一文字も書いていないのにわくわくが伝わってくる。
「わからないことがあれば何時でも聞きにおいで。無理はしなくてもいいから、ゆっくり楽しみながら書けばいいよ」
「うん。へたくそでも笑っちゃダメだよ」
「カルナが一生懸命書いたものを笑ったりなんて絶対しない。約束だ」
俺の言葉に笑顔を返してくれたカルナの頭を撫で、席を立つ。前世の物語に触れ、九歳にして「文豪」スキルに目覚めた少女がどんな物語を書くのか楽しみだ。図書館で読んだこの世界の小説は堅苦しくて面白くなかった。もしかしたらカルナがこの世界の文学に一石を投じるかもしれない。
流石に期待し過ぎか。まあ、楽しく文学に触れてもらえば十分だ。
帰り際、ミルの論文を覗く。まだ、まとめの段階には程遠い様で、思いつくままに文字を連ねている。それにしても凄い集中力だ。図書室に入ってから真うしろに立つ今に至るまで、まったく俺の存在に気付いていない。いつもはどこに居ても目ざとく見つけてくるのに、なんだか少し寂しい。まあ、今日の所は邪魔しないように退散するとしよう。
今日は冒険者希望組の特訓もお休み。カミリッカさんに訓練してもらっていた俺と違い、まだ成人していない子供には適度な休息が必要だ。週に二日は完全休養日にしている。久々に日が落ちる前に丸太小屋へ戻ると、そこには鳥籠の中に入った燕が憮然な表情で待ち構えていた。
『トキオ様、五分前に三日経ちましたよ』
「そうだったか。じゃあ、もう出ていいぞ」
器用に羽を使って自ら鳥籠を開ける。コタローよ、普通の鳥はそんな動きしないぞ。
『では、三日の間に何があったのか教えてください。出来るだけ細かく』
「えっ、なんで?」
『三日もあれば子供達が成長してしまうではないですか。私はその瞬間に立ち会えなかったのですよ!』
いや、三日じゃ大して成長しないでしょ。立ち会えなかったって、出産じゃあるまいし・・・子供好き過ぎだろ、お爺ちゃんか!
「みんな九九を頑張って覚えていたよ」
『ミル以外の合格者は?』
「まだ出ていない」
なにホッとした顔しているんだよ。
「ノーラン達の肉体も大分締まってきた」
『ほう、ほう、順調ですなぁ』
話し方までお爺ちゃんみたいになってきてない?
「カルナが「文豪」と「速読」のスキルに目覚めていたよ。折角だから小説でも書いてみればと進めてみた」
『なんと、勿論忍者小説でしょうな』
「そんな訳ないだろ」
カルナは忍者、知らないと思うぞ・・・
『三日でそれ程の変化があるとは。やはり、子供は日々成長していくのですね・・・』
語っているよ・・・千六百年以上生きた聖獣様が、たった三日間の人間の子供の成長を。こんなの人に話しても、誰も信じてくれないだろうな。
「あっ、あと・・・」
『あと、何ですか?』
「マザーループとシスターパトリ襲撃事件の首謀者、元イレイズ銀行の行員ジャンセン、実行犯の「発掘」スキル保持者、元裏ギルドメンバーのジャコウ、冒険者ギルドに行った初日に俺と戦った、元C級冒険者ジャッジの三人が脱獄した」
コタローがワナワナと震えだす。こいつも襲撃事件には随分と腹を立てていたから、今回の失態は思うところがあるだろう。怒るのも仕方がない。
『それが一番重大事件ではないですか!謹慎などと言っている場合ではないでしょう、なんでその時教えてくれなかったのですか!』
「えっ、俺に怒っていたの?」
『当たり前です。そのような事件が起きているのに、何も伝えていただけないとは。私はトキオ様の護衛ですよ』
「そんなに大事件でもないだろう。奴らが何をしようと俺の敵ではないし、コタローでも破れない学校の結界をどうにかできるとも思えない」
『確かに・・・そうですが』
「だけど、一つ気がかりなことがある」
『なんでしょうか?』
「ブレイクビーンという薬物をしているか?」
『いいえ、知りません』
エリアスに教えてもらったブレイクビーンの情報と、それを使って三人が脱獄したのではないかと推測していることをコタローに伝える。
『まったく、馬鹿な人間ですね。一時の僅かな能力向上の対価に己の精神を犠牲にするとは』
コタローの言うことは最もだ。だが、問題はそこではない。
「奴らの戦力は取るに足らないものだ。俺達の脅威とはなりえない。だが、野放しにしておくこともできない。俺が危惧するのはイレイズ銀行の一行員にすぎないジャンセンがブレイクビーンなんて物の情報を持っていたことと、それを平気で使う人間性だ」
『そのような人間の手に未知のマジックアイテムが渡れば、確かに危険ですね』
たとえジャンセンが殺傷能力の高いマジックアイテムを手に入れたとしても、学校を囲っている俺の結界が破られると思えない。だが、トロンの街全体のことを考えると危険だ。有事の際は協力するとギルド長とも約束している。学校と教会だけ守れればいいという話ではない。
「一応俺の方でマジックアイテム屋は確認してきた。トロンの街を騒乱に陥れるようなマジックアイテムは勿論無かったが、どの道ジャンセンが何らかのアイテムを手に入れるとすれば、真っ当な取引ではないだろう」
今のところ昨日の話し合いで決まったように警備の強化以外打てる手段がない。クルトを中心に奴らが潜伏しそうな場所は手あたり次第洗い出しているだろうが、ここに来て「発掘」スキルが厄介になっている。奴らに戦力はない。必ずマジックアイテムに頼る。ならば、もう一つこちらが取れる手段があるとするならマジックアイテムを持ち込ませないこと。
ここからは我慢比べだ。このまま時間だけが過ぎれば奴らはますます窮地に追い込まれる。金も戦力も無い奴らに持久戦は耐えられない。しかし、このまま復讐を諦めてトロンを脱出されても面倒だ。金と力を蓄えられる可能性がある。未来に不安材料を残したくはない。何としても今回で決着をつけたいのはこちらの方だ。
「学校が忙しいのに、面倒を掛けてくれる」
『まったくです。トキオ様の貴重な時間を奪うなど、万死に値します』
今回ばかりはコタローの過激な発言を諫める気にはならない。奴らは一度ならず二度までも、いや、ジャンセンに関してはマザーループを騙し、マーカスに俺の調査をさせ、裏ギルドを使って襲撃事件を起こし、今回で四度目の敵対になる。さすがに許すことは出来ない。
前世でも、この世界でも、一度も経験したことのない覚悟を決めなる時が来たのかもしれない。
人の命を奪う覚悟を。
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