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第三章 学校編

第十六話 妹よ、俺は今元裏ギルドのメンバーと今後について相談しています。

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 俺との朝稽古を終えたマーカスが今度はオスカーと剣の稽古を始めた。前日に学校建設を終え朝一番から行く必要もなくなったので二人の稽古を眺める。オスカーも学生時代は剣を学び成績も良かったとのことで動きは悪くないのだが相手がマーカスでは分が悪い。

「どうした、オスカー。学生時代のお前はもっとできていただろうが!」

「お前が強くなり過ぎたんだよ!」

 これはオスカーが正しい。学生時代は多少戦えていたのだろうが今のマーカスは少し剣をかじった程度で相手をできるレベルではない。もとより才能が違う。残念だがオスカーに剣の才能は無い。どれだけ努力しようとB級冒険者が関の山だ。基本ステータスを見てもオスカーは魔法の方が向いている。風、土、空間、三つの属性を持ち魔力量も平均以上ある。

「オスカー、学校が始まったら冒険者志望の子供達と一緒に魔法を習わないか?剣も悪くないがお前は魔法の方が向いている。俺が教えてやるぞ」

「本当ですか!」

「ああ、ただし剣の稽古も続けろ。魔法には弱点が多い。いざとなった時、必ず剣は役に立つ」

「はい、よろしくお願いします」

 子供の様に喜ぶオスカー。土属性や空間属性は防御に特化した魔法が多いから学校を守るにも役に立つ。是非、習得してもらいたい。

「マーカス、時間があればお前も来い。剣に特化した前衛タイプでも魔法が使えるに越したことはない。魔法も使えるというだけで敵は考えなければならないことが何倍にもなる。剣のみでS級冒険者にまでなったマーカスなら尚更だ。魔法を使うことで魔法職が何を狙っているかもわかるようになる」

「是非ともお願いします」

 二人は魔法が全く使えないのではない。王都の学校では当然魔法も学んでいる。魔法が使えないのではなく、役に立つレベルまで学んでいないのだ。この世界で魔法を戦闘に使えるまで高めるには長い年月を必要とする。魔法に人生の活路を見出していなければその道は選ばない。オスカーとマーカスは魔法の道を選ばなかった。

「オスカーとマーカスが学校で学んだものとは全く違う魔法を教えてやる。詠唱など俺の教える魔法には必要ない」

「「はい!」」

 嬉しそうに快活な返事をするオスカーとマーカス。こんなに喜ぶのならもっと早く言ってやればよかった。二人には強くなってもらいたいが、それ以上に充実した人生を送ってもらいたい。俺から魔法を学ぶことで二人の人生がより良いものになるのなら俺も嬉しい。



 オスカーとマーカスも朝の稽古を終え、三人で来客室へ向かう。

「「「おはようございます、トキオ先生」」」

「お、おう。おはよう」

 総勢十八人の屈強な男達から挨拶を受けた。

「俺のことはトキオでいい。敬語も必要ない」

「何を言われます。ご自分を教師と紹介されたのはトキオ先生ではありませんか。先生と呼ばせてください、我々がそう呼びたいのです」

「そうか・・・わかった」

 凄い圧に押し切られてしまった。あんまり大人に先生と呼ばれるのは好きじゃないのだが・・・

「トキオ先生、もしかして後ろにおられるのはS級冒険者の・・・」

 自分の話題が振られマーカスが前に出る。

「いかいも。私はマーカス ハルトマンだが」

「「「おー!」」」

 元裏ギルドのメンバーが芸能人に会ったかのように盛り上がる。S級冒険者って俺が思っている以上に有名なんだ。

「それで、マーカス ハルトマン殿がどうしてここに?」

「あなた達と大して変わらない。私もイレイズ銀行に騙されて師匠の調査を依頼されたのち返り討ちにされた。冒険者組合で真実を聞き謝罪に訪れた際、どうしてもと立ち合いをお願いした。結果は言うまでもないが圧倒的な差で私の完敗だ。今は弟子入りを許され師匠のもと一から修行している」

「S級冒険者を圧倒・・・」

「すまん、少し自分を良く言い過ぎた。圧倒どころか相手にすらならなかった。師匠からすれば、じゃれてくる赤ん坊の相手をしたに過ぎない。あなた達が昨夜対峙したのはそういうお方だ」

「・・・・・・・・・」

 裏ギルドのメンバーから血の気が引く。全員が心の中で昨夜ヘイダーが下した判断を心から称賛した。

「失礼します」

 シスターパトリがお茶を持って現れる。さすがに全員分のカップは無いのでヘイダーと側近の二人をソファーに座らせ他のメンバーは立ったままで後ろに待機。テーブルにお茶を出し終えたところでマザーループが現れる。腰を下ろしたばかりのヘイダーと側近は即座に立ち上がり深く頭を下げた。

「マザーループ、シスターパトリ、誠に申し訳ございませんでした。慈悲深きお二方に昨夜は大変な恐怖とご迷惑をお掛けしたにもかかわらず・・」

 ヘイダーの前にスッと手をかざすマザーループ。バム達の件で謝罪を始めたヘイダーを止める。

「お待ちください、ヘイダーさんでしたね。私共はあなた方に何もされておりません。ねえ、パトリ」

「はい。それどころかヘイダーさん達はトロンの街で大きな犯罪が起きないよう未然に塞がれていた素晴らしい方々だと聞いております」

 流石はマザーループとシスターパトリ。裏ギルドのメンバーが罪の意識を持たないよう先手を打ってきた。

「しかし・・・知らなかったとはいえ、バム達は裏ギルドのメンバーでした。我々にも責任の一端はあります」

「わかりました。ヘイダーさん達の気が済むのであれば謝罪を受け入れます。それを踏まえて、我々は皆さんのすべてを許します。これまで子供達の為に街の治安を守っていただき、ありがとうございました」

 謝罪を受け入れ、これまでの活動に感謝を伝えるマザーループ。その慈悲深さにヘイダーと仲間たちは自然と頭を下げ涙ぐむ。

「おはようさん・・・って、なに、この状況?」

 十八人もの屈強な男達が鼻を啜って涙ぐむところに登場したギルド長は、異様な集団を見て怪訝な表情をトキオに見せる。感動の場面が台無しだ。



 人でいっぱいになってしまったので、一旦ヘイダーと側近以外は部屋の外へ出てもらい元裏ギルドメンバーの今後について話し合う。

「久しぶりだな。ヘイダー、デュラン」

「お久しぶりです・・・マノアさん」

 ヘイダーと側近のデュランはギルド長が冒険者時代の晩年には共に依頼もこなしたこともある顔見知りだった。冒険者時代のヘイダーとデュランはコンビで活動し、瞬く間にB級冒険者まで駆け上がった期待の若手だったらしい。二人は若い芽が潰されていく中、何の対策も取らない冒険者組合の在り方に嫌気がさし裏ギルドに身を移したのだった。

「すまない。我々が無能だったせいで冒険者ギルドを正義感の強い君達が居づらい場所してしまった」

「マノアさん達だけの責任ではありません。中から変えることを放棄した俺達も同罪です」

 当時のトロンは成長期の真只中。素行の悪い冒険者を排除しても次から次へとやって来た時代。

「その点、今は安心してくれ。最近冒険者登録をした新人がギルドで大暴れしてね、素行の悪い冒険者は彼を恐れて顔を出さなくなった。どこか他の街に拠点を変えたのか引退したかは知らんがね」

「その冒険者って・・・」

「それは言えんよ。近々学校の先生をやるとの情報は聞いたが」

 それ、俺だと言っていますよね。

「ほら、再発行した冒険者カードだ。ヘイダーとデュランはB級冒険者だったからまだ冒険者資格を失効していない」

 新しい冒険者カードを手に取り、感慨深く眺めるヘイダーとデュラン。その正義感から一度は冒険者として活躍することを諦めた二人にとって思うところもあるだろう。

「他のメンバーも登録してくれるのだろ。最近、例の新人冒険者のせいで一気に冒険者が減ったから助かるよ。まあ、ろくでもない連中が減って君達のような志の高い人に入ってもらえればギルドとしては万々歳だけどね」

「「よろしくお願いいたします」」

 頭を下げるヘイダーとデュランの肩をギルド長が力強く叩く。その姿からは同じ失敗を繰り返さないという固い決意が見て取れた。今のトロン冒険者ギルドにはマーカスも居る。彼等ならたとえギルド内に悪い芽が生まれようとしても早期に取り除いてくれるだろう。

「他のメンバーを部屋の外で待たせておくのもなんだ。早速登録に行かせるといい。今後のことを話し合うには二人で十分だ」

 ということで、マーカスに連れられヘイダーとデュラン以外の十六人は冒険者ギルドへ。残された俺、マザーループ、シスターパトリ、オスカー、ギルド長、ヘイダー、デュランで今後の元裏ギルドについて話し合う。

「トキオ君から君達の話を聞いたときに思ったんだが、折角これまで仲間としてやってきたのならヘイダーとデュランが中心になってクランを結成してはどうだろう。クランなら大人数の依頼には優先権が与えられるし、ホームの援助金もギルドから支給される」

「それはありがたいのですが・・・俺もデュランも数年ぶりの復帰ですし、他のメンバーは全員新人のE級冒険者です。他の冒険者と軋轢が生まれませんか?」

 流石は経験豊富な大人だ。他の冒険者との軋轢なんて俺は考えもしなかった。

「それは心配ないさ。だって、ほら、今彼等の冒険者登録に付き合っているのはS級冒険者のマーカスだからね」

 ズルい。ズル過ぎる。ホントこの人はこういう事させたら天下一品だ。マーカスが後ろ盾になっている以上、ただのE級冒険者でないのは一目瞭然。クランに喧嘩を売られることも無いだろう。後は実績さえあげてしまえば誰にも文句は言われない。

「いいじゃないか。この街には犯罪の火種を持ち込もうとする者を絶対に許さないクランがある。これは相当な抑止力になるぞ。これまで裏からやってきた活動を今度は堂々とできる。俺もクラン結成に賛成だ」

 裏ギルドとしてやってきた経験も生きる。衛兵では気付くことのできない犯罪も経験豊富なヘイダー達なら見逃さない。

「わかりました。クラン結成の手続きをお願いします。マノアさん、この御恩は冒険者としての働きで必ずお返しします」

「ああ、期待しているよ。それじゃあ、クランの名前はどうする?」

 ヘイダーとデュランはアイコンタクトで頷きあい俺を見る。嫌な予感がする・・・

「トキオ先生。是非、クランの名付け親になってください。このクランはトキオ先生が作ったようなものです」

 やっぱり・・・

『ほお、なかなか見どころのある者達ですな。トキオ様が名付けの名人だと見抜くとは』

 うるさい!そんなこと思っているのはコタローとサンセラだけだ。センスがないのは自分自身が一番わかっているんだよ。

「あんまり名前を付けるのは得意じゃないんだよなぁ・・・」

「命名してくださるのであればネズミの糞だろうが死体にたかる蠅だろうがかまいません。トキオ先生に命名していただくことに価値があるのです」

 そんな名前付けるか!仕方がないなー、もう。

「そうだな・・・「トロンの盾」ってのは、どうだ」

「「トロンの盾・・・」」

 えっ、やっちゃった。くそダサいとか思っている。

 パン!

 手を叩いたのはニコニコしたシスターパトリだった。

「最高です、トキオさん。普段は凄腕冒険者として活躍するクラン、しかしその実態はトロンの街に迫る犯罪を事前に防ぐ影の軍団。その名もトロンの盾。彼等は人知れず今日も街の平和を守る。ということですよね。かっこいいです。あこがれる子供が絶対出てきますよ」

 なにそれ?折角表に出て来たのに、なんで影の軍団なの?そもそも影の軍団なら子供に存在自体認知されないでしょ。シスターパトリは中二病ですか?

「かっこいい・・・マノアさん、「トロンの盾」でお願いします!」

 マジかヘイダー。もう少し考えろよ!

「おい、オスカー。お前はどう思う。他にいい名前があったら言ってくれ」

「この名に勝る名など有る訳がありません。命名に関しても天賦の才をお持ちの先生を心から尊敬いたします。将来、私に子を授かった暁には先生に名付け親になっていただくと今決めました」

 勘弁して下さい・・・責任持てません・・・絶対に嫌です。



「早速クランに仕事を依頼したい」

 トロンの盾に依頼したい仕事は二つ。九日後、子供達の移動の護衛と新しい学校の守衛。

「護衛は五名。マーカスにも頼んであるので彼の指示に従ってくれ。守衛は一名。できれば24時間体制でお願いしたい」

 俺の結界が敷いてあるため安全面の問題はないのだが、いかんせん結界は視認できない。守衛が居ることで抑止力にもなるし、人の出入りも監視できる。

「是非、無料でやらせてください」

 ヘイダーよ、それはマザーループには通用しないぞ。

「ダメです。正当な働きには正当な報酬を受け取っていただきます」

「しかし、私達はマザーループとシスターパトリに多大なご迷惑をかけただけでなく、トキオ先生のおかげで今があるのです。子供達の為に働かしていただけるのであれば報酬などいりません」

「ダメです。他のことで協力していただくのならまだしも、本業である冒険者の仕事を無報酬でさせるなど慈悲の女神チセセラ様の教えに反します。そもそも、私共はヘイダーさん達に迷惑をかけられたなどと思っておりません」

「諦めろ、ヘイダー。マザーループとはこういうお方だ。まあ、お手頃価格で頼む」

「・・・わかりました」

 しぶしぶ首を縦に振るヘイダー。

「最後に、十二日後から学校が始まる。水曜日と土曜日の夜七時にトロンの盾で読み書き計算を習いたい者は学校に来てくれ。ノートや筆記用具はこちらで準備してあるので手ぶらでかまわん。生活に必要な読み書きや計算程度ならすぐ出来るようにしてやる」

「トキオ先生・・・」

「トロンの盾以外にも冒険者ギルドに読み書きや計算を習いたい者が居るなら、お前達が誘ってやれ。何人来ようが俺は一向にかまわん」

「ありがとうございます・・・ありがとうございます・・・」

 ギルド長とともに冒険者ギルドへ向かうまで、ヘイダーは俺に礼を言い続けた。



「少し出かけてきます」

「先生、どちらへ?」

「裏ギルドのボスに会って今回の経緯と今迄の礼をしてくる」

 元裏ギルドのメンバーは罪を犯した者を除き全員冒険者として再出発を切ることとなった。誰よりも早くそのことを彼に伝えたい。

「先生、父から伝言を預かっております」

「トキオさん、私からも。手紙をしたためますので少々お待ちください」

「わかりました」


 ブロイ公爵の伝言とマザーループの手紙を預かり教会を出る。大通りでは既に沢山の人が仕事に勤しんでいた。

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