充実した人生の送り方 ~妹よ、俺は今異世界に居ます~

中畑 道

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第二章 教会編

第十話 妹よ、俺は今図書館に居ます。

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 教会に戻ると丸太小屋の前でミルが佇んでいた。

「ただいま」

「・・・おかえりなさい」

 どうしたのだろう、元気がない。

「ごめんなさい、トキオ先生」

「どうして謝るの?何か悪いことでもしたのかい」

「トキオ先生が出してくれた問題、解けませんでした」

 今にも泣きだしそうなミルを見て俺の方が罪の意識を感じる。9歳児に出す問題ではないからだ。

「ミルがどう考えたのかを教えて」

 解けなくて当然だと言ってもミルは納得しない。この子は類まれな頭脳を持っている。俺の幼少期と比べてはならない。

「・・・うん。生物すべてが酸素を吸収しても酸素は無くならない。酸素も水みたいに循環していると思ったけれど、どうやって無くなった酸素が増えるのかが・・」

「ちょっ、ちょっと待って、ミルは水が循環しているのをどうして知っているの」

「えっ、違うの。勝手にそう思い込んでいた」

「違わないよ。水はこの星を循環している」

 この世界は前世に比べ物理や科学は進歩していないが、水が循環していることくらいは行きつく。ただ、それはある程度学んだ知識層で9歳児が感覚で気付くのは常軌を逸している。この世界では循環とは違った手段、魔力を媒介に魔法で水が出せる。それは誰もが知っていることで自然環境の中、水が循環しているより遥かにポピュラーなこと。
 本当に末恐ろしい子だ。

「トキオ先生、この星ってどういうこと?ここは星なの?星って夜空に光る星と同じ意味?」

 拙い。更なる知識欲に発展してしまった。一度この世界が何をどこまで解明しているのか正確に知ってからじゃないと先に進むのは危険だ。これから先生としてやっていくにも俺自身が先に学ばないと教えられないことも出てくる。俺はこの星の名前すら知らない。

「ミル、一度に沢山のことを知ろうとしては全部が中途半端になってしまうよ」

「・・・うん。でも、トキオ先生が居てくれる間に聞かないと・・」

 ミルは俺が去ることにずっと怯えている。教えてくれる人が居なくなり、学ぶことが出来なくなる以前の生活に戻ることに怯えている。

「ミル、俺は学校を作るつもりなんだ」

「えっ、トキオ先生が学校・・・やだ、やだ、やだ」

 声を上げて泣きだすミル。

「どうして泣くの?」

「学校の先生になんてなっちゃ嫌だ!わたしはお金を持っていないからトキオ先生の学校に行けないもん。学校の先生になんてならないで。ミルの先生でいて」

 そうか・・・ミルは賢いから現実を理解している。学校を作るでは誤解しても仕方がない。

「落ち着いて、ミル。俺は孤児院に学校を作るんだよ。生徒はミルや孤児院の子供達だ。もちろんお金なんて必要ない」

「えっ、孤児院に学校が・・・」

「うん。マザーループの許可も貰ったから、もう焦らなくていいよ」

「いつ、いつ学校は出来るの!」

 泣いたカラスがもう笑った。秘密にしておくつもりだったがこれ以上ミルが焦って知識を詰め込もうとするのは精神的にも健康面でも良くない。

「もう少し待っていて。まだ秘密だから誰にも言っちゃダメだよ。学校が作れなくなっちゃうかもしれないからね」

「言わない。絶対に誰にも言わない」

 時折見せる子供らしい一面にホッとする。泣いたり笑ったり、子供はそれでいい。

「じゃあ、酸素の問題に戻るよ。ミルは正解を教えて欲しい?それとも考え方を教えて欲しい?」」

「考え方!」

「よし、じゃあヒントだ。生物は呼吸で酸素を吸収すると言ったよね、呼吸は吸うだけかい」

「吐く!」

「そう、吸って酸素を吸収する。吸った息と吐いた息は違う成分なんだ」

「・・・なるほど」

「今日はここまで。あまり考えすぎちゃダメだよ。日常生活や友達との会話から思わぬヒントが得られるかもしれないからね」

「はい」

「もう夕食の時間だ。ご飯もいっぱい食べるんだよ」

「うん。トキオ先生、わたしご飯もしっかり食べるし夜はいっぱい寝る。友達とも遊ぶし勉強も頑張る。だから・・・学校作ってください」

「ああ、約束するよ」

「やったー、ありがとう。おやすみなさい」

 丸太小屋の前で佇んでいたミルが手を振って孤児院へ駆けていく。子供は元気なのが一番だ。


 ♢ ♢ ♢


 今日からはマザーループに教えてもらった図書館通い。大通りの一番奥、図書館は繁華街と住宅街を区別するかのような場所にあり、行き帰りに街を散策するにはうってつけの場所だ。
 入館料は金貨三枚。これは高い。図書館はトロンの街が運営している。本の価格を考慮したとしても、税金が使われているのならもう少し住民に還元すべきだ。これでは金のある者だけが学ぶ権利があると言っているのと変わりない。

 コタローに人間の姿をとらせ二人分の入館料金貨六枚を払い中へ。ここからは作業を分担する。コタローには得意分野の植物や動物、魔獣などの本を読ませ明らかに間違った記載がないかを確認させる。正しい記載だけの本をリストアップしてコタロー個人の感想で、良い、普通、悪い、三段階で評価。俺は物理や化学っぽいものと数学担当。良い本は今後購入して学校の図書館に並べる予定だ。
 図書館が使えるのは朝九時から夕方五時までの八時間。政治、経済、法律、商業、歴史、文学、他にも読んでおきたい本が山ほどある。
 読書は好きだが日中丸々読み続けるのは大変だ、なんてことはなく昼過ぎからは読むペースがどんどん上がり、あっという間に夕方。自分でも驚く量の本を読破したことを不自然に思い「上位鑑定」でステータスを確認すると、新たなスキル「速読」を獲得していた。
 このスキルは本来もっと早く獲得すべきスキルだったのではないだろうか。「最上位鑑定」は「速読」があってこそのスキルである気がしてならない。

「コタロー、そろそろ時間だ。資料のまとめは帰ってからにしよう」

『了解しました』

「人の姿の時は喋ってもいいぞ」

「そうでした。つい・・」

 図書館を出る直前に「隠密」で気配を消したコタローは燕の姿になって俺の肩へ。仕事帰りの冒険者や夕食の材料を買う主婦でごった返す大通りを散策しながら帰路に就く。なにか面白い物でもないかと目を光らせていると玩具店を発見。早速入ってみる。

「うーん、ここも「忍者かぶれ」に荒らされた後だなぁ・・・」

 店舗に並ぶ玩具はどれも前世で見慣れた物ばかり。独楽、けん玉、竹トンボ、竹馬、積木、木製の玩具が中心だ。さらに店内を物色すると見つけてしまった。異世界でお金を稼ぐ定番商品、リバーシ。すべて木製で盤は緑、駒は表と裏に白と黒で着色されている。価格は銀貨三枚、日本円にして三千円は妥当なところだ。
 そういえば孤児院で玩具類は見ていない。ここに売っているものなら俺が作っても問題はなさそうだし何か考えてみるか。男の子は対決できるものが好きだからベーゴマやトントン相撲・・・相撲はわからないだろうからトントン冒険者かな。紙製品は高額だからメンコはやめておこう。女の子用はぬいぐるみやお人形、おままごとセットなんていいかもしれない。よし、帰ったら早速やってみよう。


 店を出ると荷車で大量の荷物を運ぶシスターパトリを発見。すぐに声を掛ける。

「重そうですね、俺が運びますよ」

「あっ、トキオさん。ありがとうございます」

 食材の買い出しに来ていたようだ。約四十人分の食材ともなると量が半端じゃない。シスターパトリから荷車を預かりそのままマジックボックスへ。

「トキオさんの魔法は本当に凄いですね」

 女手だけでは買い物も大変だ。今日にでも二人用のマジックバッグを作ってプレゼントしよう。


 ♢ ♢ ♢


 教会に戻ると丸太小屋の前でミルが同じぐらいの背丈の女の子と俺の帰りを待っていた。

「ただいま、ミル。その子は?」

「トキオ先生、お帰りなさい。この子はカルナ」

「カルナです。ミルと同じ9歳です」

「はい、トキオです。俺に用かな?」

「うん。えっとね・・」

 カルナの話はこうだ。昨日孤児院に一人子供が増えた。新しい環境に上手く馴染めないようで部屋の隅に一人で座って誰とも話そうとしない。カルナは仲良くなろうと何度か話し掛けてみたがすぐに抱えた膝に顔を伏せてしまう。いい方法はないかとミルに相談したらトキオ先生ならきっと良い方法を教えてくれるとのことで俺のところに相談にやって来た。

「カルナ、どうしてその子は誰とも話そうとしないかわかるかい」

「不安だからだと思う。わたしも初めてここ来た時は不安だったし、もしかしたら辛いことがあったのかもしれない。もう大丈夫だよって教えてあげたいの」

 自分の経験をもとに他人の心を慮ることが出来る心のやさしい子だ。俺自身は孤児の経験はなく、想像は出来ても本当の意味で気持ちをわかってあげることは出来ない。同じ境遇のこの子達が力になってあげることが一番だし、カルナもきっとそうしてもらったのだろう。

「いい物を作ってあげるから少し待っていて」

 丸太小屋に入ると直ぐ作業に取り掛かる。「創造」で作ったのは四体のハンドパペット。二体はカルナとミルに似せた物で、残りの二体は可愛くディフォルメしたウサギとクマ。早速カルナとミルのパペットを装備して二人のもとへ。

「おまたせ。出来たよ」

「わー、可愛いお人形だ」

「トキオ先生が作ったの?」

「そうだよ。この人形は可愛いだけじゃなくてこう使うんだ」

 口をパクパクさせながら二人に向かって小芝居を始める。

『こんにちは。わたしはカルナ』

『わたしはミルだよ。ねえ、わたし達と友達になろうよ、一緒に遊ぼう』

 カルナとミルのパペットを二人の手に被せてやり、今度はマジックボックスからウサギとクマのパペットを取り出す。

『僕もまぜて』

『わたしも、わたしも』

 ウサギとクマに話し掛けられたカルナは、見よう見まねでパペットの口を動かし始めた。

『いいよ。みんなで遊ぼう』

『わーい』

『ありがとう』

 俺とカルナが子芝居をする中、ミルはパペットを裏返して構造を確認している。・・・うん、いかにもミルらしい反応ではある。

「トキオ先生、この人形は何て言うの?」

「ハンドパペットだよ。操作も簡単だから誰でも扱える。どうかなカルナ、それで話し掛けてみるのは」

「うん、これなら心を開いてくれるかも。さっそく話し掛けてくる」

 カルナは左手にクマ、右手に自分のパペットを装備すると、ミルにも二体のパペットを装備させる。

「行こう、ミル。手伝って」

「うん」

 孤児院へ駆けだしながらパペットを装備した手を振る二人。

「「ありがとう、トキオ先生」」

「どういたしまして」

 二人に新しい友達が出来ますように。


 丸太小屋に戻り俺はマザーループとシスターパトリ用のマジックバッグと子供達の玩具作り、コタローは図書館で読んだ書籍のリスト作りを始める。
 コタロー曰く、完璧な書籍は無かったとのこと。俺が読んだものも概ね似た感想だ。この世界には魔法がある為、どうしても事象、現象を深く追求しようとしない。火について詳しく知ろうとすると、当たり前のように火属性魔法を研究してしまう。火属性魔法を研究するには魔法を使えるようにならなければならない為、師匠に付き前時代的なイメージ主義の詠唱訓練をする。結果、火とは何なのかではなく、火で何が出来るかばかりを追ってしまう。この世界では火が熱や光を発生させることは知っていても、他に様々な化学物質を生成していることも、炎が気体を燃焼して激しく燃えていることも知らない。
 基本を無視して応用からスタートしているようなものだ。足し算、引き算を学ばず、分数の割り算をしようとするようなもの、相当知力の高い者でなければスタート直後に挫折する。ミルのように子供のうちから感覚で水の循環を掴める知力の持ち主がゴロゴロ居るとも思えない。大人になってからレベルと伴に知力が上がっても、基礎が出来ていない為上手く使えていない。

 魔獣の大森林奥地が人類未開の地なのは、人類が上手く力を使えていないからだ。人類が伸び悩んでいる結果、自然が守られている。俺がミルのような子に知識を与えることによってこの世界は変わるかもしれない。責任は重大だ。

「どうだ、コタロー」

「はい、今日の分はまとまりました。購入してもいいと思われる書籍はこちらです」

 コタローのリストに記載された書籍のタイトルは百冊以上。その中から購入を勧められたのは、たったの五冊。俺が読んだもので購入してもいいと思ったものは三冊。それらは俺が作る学校の為ではなく、俺個人がこの世界を知る上で意味のあるもの。そもそも、この世界の本は子供が読むことを想定していない。
 サンセラに作ってやった教科書をもう少し簡単にして俺が作るしかなさそうだ。当然、絵本や児童文学も無かったから一緒に作るか。

 作り終えたマジックバッグ二つはマジックボックスへ、大量の玩具は大きな二つの箱に入れ肩に担ぎ孤児院へ向かう。

 子供達が喜んでくれるといいな。

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