上 下
1 / 118
プロローグ

第一話 妹よ、俺は今一人です。

しおりを挟む
 
 妹が死んだ。

 五歳の時発症した病で学校に通うことすら出来なかった妹が、一昨日息を引き取った。


 世良知世(せら ともよ)享年十八歳。


 通夜、葬儀は家族葬で執り行った、と言えば聞こえはいいが家族は俺一人。
 病院関係者を除けば妹に知り合いは居ない。友人も恋人も出来ぬまま短い生涯を終えたのだ。

 遺骨を抱え家賃四万円のボロアパートへ帰る途中、可愛い妹と優しい両親に囲まれていた頃の思い出に浸る。



 小学校の教員をしていた両親のもと何不自由なく育った。父も母も明るい性格で家庭には笑顔が溢れていた。
 妹の病気が発症してからも両親は明るく振る舞い、週末には三人で見舞いに行って病院暮らしで退屈な日々を送る妹を散々笑わせる。
 よく未来の話をした。妹が病気を克服する未来。どこに行きたい、何をしたい。当時はそんな未来が当たり前にやって来ると信じて疑わなかった。

 その未来が閉ざされたのは三年前、俺が大学二年の春。

 両親の務める小学校が毎年行う自然の家研修。下見に向かった道中で崩落事故に遭い二人は帰らぬ人となった。

 悲しみに暮れる間もなく厳しい現実に直面する。

 妹の治療代や入院費はアルバイトで賄えるような金額ではない。さらに大学の授業料や生活費。生きるだけで金が必要だ。大学は諦めるしかない。自主退学の翌日から職業安定所通いが始まった。

 保険会社の営業職に就職が決まった。基本は企業回りだがノルマが達成できなければ一般家庭にも飛び込みで営業をかける。言わずもがなブラック企業だがノルマ達成後は歩合が跳ねあがるのが魅力だった。
 死に物狂いで働いた。朝早くに出社し帰るのはいつも午前様。年齢の割には稼げるようになった結果、またしても現実を思い知らされる。

 俺が身を粉にして稼ぐ給料程度では妹の治療は継続できない。

 思い出のたくさん詰まった家を手放した。ようやく下りた両親の保険金と合わせると相当な額になるが、妹の治療を継続するのに十分とはいえない。この金が尽きる前に次の金を用意しなければならない。爪に火をともす生活を余儀なくされる。

 生活は苦しくとも不幸だと思ったことは無い。妹が居てくれたから。

 週末は欠かさず見舞いに行き一日中妹と過ごす。その時に持っていく古本屋で買ったライトノベルを二人で回し読みするのが妹と俺のたった一つの贅沢。物語に感情移入する妹がニヤついたり目を細めたりして、読み終えた後は熱く語る。俺も自分の感想を妹に語る。共感することもあれば意見がぶつかることも。だが、最後は決まって二人とも笑顔になる。その時間が好きだった。

 妹の笑顔さえあれば俺は頑張り続けられる。

 妹が起き上がれなくなった。目もほとんど見えていない。それでも妹は物語を欲した。妹の枕元に座り読み聞かせる。力なく青白い顔、それでも妹は笑ってくれる。



 そんな妹が死んだ。

 なあ、妹よ。俺はこれから何の為に生きて行けばいいのだ。



 横断歩道の赤信号に足を止め自問自答してみるが答えは出ない。出る筈がない。答えなど無いのだから。

 母親と手を繋いで信号を待つ幼い少女と目が合う。四五歳だろうか、もう一方の手には赤い風船。妹もこれぐらいの頃は元気に走り回っていた。

「あっ」

 少女の声と共に風船が宙を舞う。

 母親の手を放し、風船を追う少女が車道へ飛び出す。

 反射的に俺も車道へ飛び出し、少女を捕まえ母親の方に放り投げた。

 ドスンッ!

 悲鳴を上げる母親。何が起きたのか分からず泣き叫ぶ少女。
 狭まっていく視界に映る赤い風船。

 ああ、俺は死ぬのか。まったく、神も仏も無い。
 知っているさ。もし、本当に神様がいるのなら妹にあんな仕打ちをするものか。

「神なんて・・・・・いない」

 ・
 ・
 ・
 ・
 ・
 ・
 ・
 ・
 ・
 ・
 ・
 ・
 !?

「・・・・・初めまして。神です」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

幸福の魔法使い〜ただの転生者が史上最高の魔法使いになるまで〜

霊鬼
ファンタジー
生まれつき魔力が見えるという特異体質を持つ現代日本の会社員、草薙真はある日死んでしまう。しかし何故か目を覚ませば自分が幼い子供に戻っていて……? 生まれ直した彼の目的は、ずっと憧れていた魔法を極めること。様々な地へ訪れ、様々な人と会い、平凡な彼はやがて英雄へと成り上がっていく。 これは、ただの転生者が、やがて史上最高の魔法使いになるまでの物語である。 (小説家になろう様、カクヨム様にも掲載をしています。)

元銀行員の俺が異世界で経営コンサルタントに転職しました

きゅちゃん
ファンタジー
元エリート (?)銀行員の高山左近が異世界に転生し、コンサルタントとしてがんばるお話です。武器屋の経営を改善したり、王国軍の人事制度を改定していったりして、異世界でビジネススキルを磨きつつ、まったり立身出世していく予定です。 元エリートではないものの銀行員、現小売で働く意識高い系の筆者が実体験や付け焼き刃の知識を元に書いていますので、ツッコミどころが多々あるかもしれません。 もしかしたらひょっとすると仕事で役に立つかもしれない…そんな気軽な気持ちで読んで頂ければと思います。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

魔境に捨てられたけどめげずに生きていきます

ツバキ
ファンタジー
貴族の子供として産まれた主人公、五歳の時の魔力属性検査で魔力属性が無属性だと判明したそれを知った父親は主人公を魔境へ捨ててしまう どんどん更新していきます。 ちょっと、恨み描写などがあるので、R15にしました。

異世界に転生した俺は農業指導員だった知識と魔法を使い弱小貴族から気が付けば大陸1の農業王国を興していた。

黒ハット
ファンタジー
 前世では日本で農業指導員として暮らしていたが国際協力員として後進国で農業の指導をしている時に、反政府の武装組織に拳銃で撃たれて35歳で殺されたが、魔法のある異世界に転生し、15歳の時に記憶がよみがえり、前世の農業指導員の知識と魔法を使い弱小貴族から成りあがり、乱世の世を戦い抜き大陸1の農業王国を興す。

『スキルの素』を3つ選べって言うけど、早いもの勝ちで余りモノしか残っていませんでした。※チートスキルを生み出してバカにした奴らを見返します

ヒゲ抜き地蔵
ファンタジー
【書籍化に伴う掲載終了について】詳しくは近況ボードをご参照下さい。 ある日、まったく知らない空間で目覚めた300人の集団は、「スキルの素を3つ選べ」と謎の声を聞いた。 制限時間は10分。まさかの早いもの勝ちだった。 「鑑定」、「合成」、「錬成」、「癒やし」 チートの匂いがするスキルの素は、あっという間に取られていった。 そんな中、どうしても『スキルの素』の違和感が気になるタクミは、あるアイデアに従って、時間ギリギリで余りモノの中からスキルの素を選んだ。 その後、異世界に転生したタクミは余りモノの『スキルの素』で、世界の法則を変えていく。 その大胆な発想に人々は驚嘆し、やがて彼は人間とエルフ、ドワーフと魔族の勢力図を変えていく。 この男がどんなスキルを使うのか。 ひとつだけ確かなことは、タクミが選択した『スキルの素』は世界を変えられる能力だったということだ。 ※【同時掲載】カクヨム様、小説家になろう様

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います

霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。 得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。 しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。 傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。 基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。 が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。

いきなり異世界って理不尽だ!

みーか
ファンタジー
 三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。   自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!

処理中です...