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第三章 パーフェクト・マザー
第六話 行動
しおりを挟む「じゃあ私はそろそろ行くね」
「えっ、律ちゃん先輩、今日は先に帰っちゃうのですか」
「うん、今週は用事があるんだ。私の分の余ったお菓子は臨ちゃんにあげるね」
「わーい、やったー」
臨が入部してから二日、初日から三日続けて部室に顔を出している。俺の淹れた珈琲を飲み、片桐の用意したお菓子を食べ、結城とふざけあい五時前まで部室で過ごす。
「それではドロンさせていただきます」
「律ちゃん先輩、おやじ臭いです」
「なにをー、お母さん直伝の昭和ギャグだぞー」
ケラケラ笑いながら忍者走りで部室を後にする結城。すでに見えていないが軽く頭を下げ別れの挨拶をする臨の礼儀正しい性格が垣間見える。
「本当に律ちゃん先輩は愉快な人ですね、片桐先輩」
この部屋に居る時、臨は終始上機嫌だ。
「ええ、息吹君も少しは見習ったらどう」
「ああいうキャラは一人だから意味がある。四人中二人がああだと収拾がつかなくなるぞ」
「それもそうね」
「二人とも辛辣です。いない人の陰口は駄目なのです」
「陰口じゃないさ。褒めているんだ」
「そうよ、律子は唯一無二の存在だって」
「それなら問題なしです。確かに、律ちゃん先輩のような愉快な人に出会ったのは初めてです」
昨日の昼休みも臨は隠れて昼食に駄菓子を食べていた。今日の昼休みは結城が偶然を装い、買い過ぎたと言って購買部で買ったパンを一緒に食べたらしい。
その結城には現在単独で動いてもらっている。つい最近まで兄に守られてきた結城は、妹のように懐いてくれる臨が可愛くて仕方ない様子だ。だからこそ、俺の指示に従って精力的に動いてくれている。
「ねえ臨、今度の土曜、家に来ない」
「片桐先輩のお宅にですか」
「ええ、もうすぐ衣替えだからクローゼットの整理をしたのだけれど、その時サイズが小さくてなって着られなくなった服が結構あったのよ。捨てるのも勿体ないし、臨が気に入る物があれば貰ってほしいの」
女性陣が着衣の話をしだしたところで俺は席を立ち日課の筋トレを始める。勿論聞き耳を立てて。
「本当ですか、是非お願いします」
実に上手い誘い文句だ。ただ遊びに誘うだけでは、忙しい臨は首を縦に振らない。だが服を貰えるのならばその話に乗らない訳にはいかなくなる。何せ食事を抜くのとは比べ物にならない節約が出来るのだ。しかも、臨が貰わなければ捨てられる衣類、負い目は全くない。
「じゃあ、土曜のお昼過ぎに。場所は中学校の隣の・・」
「え、そこって片桐グループ会長の・・え、え、えー。片桐先輩は、あの片桐グループのお嬢様だったのですか」
「お嬢様って大げさね」
「どおりで品があると思いました。私、生のお嬢様を見るのは初めてです」
「何言っているのよ。私はお嬢様などではないわ。ただの高校生で、貴女の先輩よ」
臨は知らない。片桐が現在の生活を始めたのが、ほんの一か月程度前だと。そこに行きつくまで、どの様な生活を強いられてきたのかを。
「あのー、お伺いするのに何かお土産を・・」
「そんな物いるわけがないでしょ。ただ後輩が先輩のお古を貰いに来るだけなのだから。お土産なんて持ってこられたら、こちらが困ってしまうわ」
それを聞いて安堵した臨が、結城から貰ったお菓子を大事に鞄に仕舞い姿勢を正す。
「それでは、私もそろそろ失礼させていただきます」
「ええ、お疲れ様。カップは片付けておくから、そのままでいいわよ」
「あ、すみません。私ったら、頂くだけ頂いておいて」
「後片付けはこの部での唯一の私の仕事よ。気にしないでお姉さんに任せなさい」
「・・お姉さん」
呟くと頬に赤みがさす。
「あ、ありがとうございます。それでは失礼します」
もう一度姿勢を正しペコリとお辞儀すると、トタトタと音を立て逃げるように部室を後にした。
俺達は土曜日に全てを解決できるよう動いている。今日は木曜、残された時間は後二日だ。筋トレを終え席に戻ると、片桐もカップの片付けを終え席に着く。
「春京さんの協力を仰ぎたい。今日、家に行ってもいいか」
「ええ、勿論」
「前もってアポを取っておくべきだったな。急に行って大丈夫だろうか。何なら一度家に帰って出直すが」
「息吹君が御祖母様を訪問するのにアポなんて要るものですか。どんな大切な用があったとしても、キャンセルして貴方を優先するに決まっているもの」
さも当然のように言い切る片桐に、それはそれで不安を感じるが春京さんならやりかねない。どうも彼女には変に気に入られている。
たとえ春京さんとはいえ大人に借りを作りたくはないが今回は仕方がない。完全下校時刻まで部室で過ごし、二人で片桐邸へ向かった。
律子は胸が張り裂けそうな思いで校門を抜ける。
昼休み、初めてできた後輩はその小さな体をさらに小さく丸め、一人隠れるように駄菓子を齧っていた。二日目には偶然を装い、買い過ぎたことにしたパンを強引に受け取らせた。何度もお礼を言われた後、物凄い勢いでパンを食べ始めた後輩の背中は、触れば骨が砕け落ちてしまいそうなほど痩せ細っている。
部室での後輩は昼休みとはまるで別人だ。どんな話をしても楽しそうに受け答えし、明るく可愛らしい。せめてこの部屋の中だけでもと律子はおどけて後輩の笑顔を誘う。
自分に考え付くことはこの程度だ。だが、竹ヶ鼻商店街歴史文化研究部には入間川息吹が居る。
入間川君は言った。
「この役は結城が適任だ、お前に任せる」と。
無意識に歩幅が広がり歩む速度が上がる。
どうしても救いたい後輩ができた。信頼してくれる仲間がいる。自分の行動を躊躇させるものは何も無い。
「ヘイ、そこの少年」
臨が住む市営団地からそれ程離れていないサッカーゴールが二台設置された広場。入間川君に言われた場所には、入間川君が言ったとおり一人の少年が佇んでいた。
「なんだよ、お前」
「私は結城律子。律ちゃんでいいよ」
後輩の面影を色濃く持つ少年は、訝しげにこちらを窺う。
「それ、やらないの」
少年の隣に転がるサッカーボールを指さし問うが、少年はいまだ目を細めている。
「私が教えてあげようか。君、下手そうだし」
「なんだと、お前なんかより俺の方が上手いに決まっているだろ」
「口では何とども言えるものね。ヘイ、カモーン」
顎を突き出し右手で「来てみろ」と煽る律子に、少年も重い腰を上げる。
「やってやるよ。変な女」
「変な女じゃない、私は律ちゃん。少年を倒す女だ」
二人はボールを持って誰もいない広場へ駆けだす。日が落ちるまでにまだ時間は充分ある。
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