縁は異なもの、味なもの

坂巻

文字の大きさ
上 下
8 / 28

第8話 揺蕩う寄る辺

しおりを挟む
「うち、暦 右夜こよみゆうや。基本的にはこっちの名前でええけど、仕事中は『月牙』呼びがええな。日常と非日常で使い分ける感がやっぱかっこええし」
「わかりましたわ。暦さん、よろしくお願い致します」
「よろしくみこっちゃん!」
「……みこっちゃん」

人生初めてのあだ名というものの距離感にびっくりする。クラスメイトたちからも『櫛笥さん』としか呼ばれたことがない。

「みこっちゃんも締結師よな? 露払一門なん? あんま見たことない巫女服やけど」
「いえ、わたくしは破邪師で――」
「えええ!? 妖・即・殺の!?」
「破邪師の認識が物騒すぎませんか」

わたくしと露払はすでに昼食を終えたが、月牙――こよみは未だにからあげを食べ続けている。その華奢な身体のどこに大量の揚げ物が収納されてくのか原理は不明だ。ちなみに、からあげ弁当は、からあげ・白米・少量のごまで構成されており、野菜の類は一切入ってない。

「それが露払せんせのとこにねえ……どしたん?」
「色々とありまして」

陰陽寮には説明したので露払には伝わっているだろうが、暦を大須賀家の事情に巻き込んでしまっていいものか。そう逡巡し無難に返しておく。詳しく語ろうとしないわたくしに、露払は何も言わなかった。

「ふうんわけありなんや。やっぱ秘密ある方が、かっこええよな」
「はい? そうですか……?」
「でも妖嫌いの破邪師から締結師へ転向かぁ。式神契約もしとるみたいやし、いけるんかなぁ」

わたくしの隣で丸まっている村雲へと、暦の目線が移動する。どうやら彼は破邪師を含め色々と誤解しているようだ。

「知識を得ることで戦闘の幅は広がりますが、わたくしの能力では締結師にはなれませんわ。それに村雲はわたくしの式神ではありません」
「はぁ!?」

何故か驚愕の声を上げたのは露払だった。

「ちょ、ちょと待て。その妖狐、櫛笥の契約下にないのか?」
「ええ。別のお方の式神です。ですが契約はもう切れてしまったので、普通の――なんというのでしょう……善良で協力的な妖ですわ」
「破邪の力を与えて、一時的に従わせているとか?」
「まさか。わたくしが村雲を? ありえません」
「……櫛笥は他の妖と式神契約は交わしているのか?」
「残念ながら。そんなことをする特異な妖とは出会ったことがありませんわね」

自身の話をしていると気が付いた村雲が、顔を上げる。考えたこともなかったが、術者と妖が懇意にしていれば式神だと勘違いされるのは仕方のないことかもしれない。

「連携も取れとるし契約しとるんかと思った。めずらしなぁ」
「だから破邪師でも俺に振ったと思ったのに、どうなってんだよ陰陽寮」
 また新たなからあげを食べながら感心する暦と、当てが外れたらしく眉間に皺を寄せる露払。
「じゃあなんだ、そこの妖狐は別に契約してねぇ嬢ちゃんに反抗もしないし戦闘にも協力するし常に身近に控えてるのか。契約してねぇのに」
「せんせ、契約してない2回も言うてる」
「とても良い子なのですわ」

村雲が本当に良い妖だというのは、ミチルに仕え続けているときからずっと知っている。さすがに、与えられてばかりというのは心が痛むので、金銭的が入り次第彼の大好きなチョコレートを返していくつもりだ。他に望む物があるならそれも用意してやりたい。

「今は助けられてばかりですけれど、できるだけ早く身体で返すつもりです」
「えっ」
「ああ、そういう……」
何故だか暦は顔を真っ赤にして固まる。露払はげんなりした表情になったが、何かに納得したようだった。

よくわからない沈黙がしばらく続く。

「……いやあー、うちにもいよいよ妹弟子ができるんやなあ」
急に暦が話題を変えてきた。

「おい右夜。積んできた経験も実力も、櫛笥の方が上だぞ」
 わたくしと暦が自己紹介しあった後だからか、露払の暦への呼び名が変わっている。もう仮名で隠す必要もないからだろう。
「それはわかっとるけど、立場的にはそうなるやろ? それに締結師についての情報量ならさすがにうちのほうが先輩やろ」
「たのむぞ先輩。櫛笥に俺の教えってたいしたことないんだなってって思われないようにほんと頼むぞ先輩」
「うん」
「不安」
「露原せんせはもちょっとうちのこと信用してくれてええんちゃうかな」
「昼飯買いに行って財布空にするやつは信用できねえな」
「数千円しか入ってなかったやん!! しかもカードとかつこてないし!!」
「当たり前だバカ!!」

目の前で繰り広げられるやりとりを、お茶を飲んで静観する。慣れ親しんだ師弟たちはだいぶ地が出ているようで、わたくしと対しているときの雰囲気ではない。初めは敵として遭遇した暦の本質も、こうやって過ごしてようやく掴めてきた。
仲良く言い争っていた2人はわたくしの視線に気が付くと、ぴたりと口を閉じた。露払の方は罰が悪そうに眼をそらしている。会話が止まったので、今度はわたくしから話題を変えることにした。

「ごちそうさまでした。お弁当代はお支払いいたしますわ」
「いや、いらん。どうせ今後の仕事の金も家賃とか諸々引いた額渡すし、俺の家で飯食う時にそんなこと考えなくていい」
「……感謝致します」

露払にそう言ってもらえるのは正直とてもありがたい。持ち出した現金はかなり減っている。住処もなくお金が手に入れられない状態が続くなら、野宿することも考えていたのだ。

「んで、みこっちゃんはどうすんの? ここ一緒に住むん?」
長い髪を時折邪魔そうに後ろに流しながら、暦に尋ねられた。彼は喋り終わった瞬間に口の中にマヨネーズをつけたからあげを放り込み、答えを待ちながら咀嚼している。
わたくしにわかるはずもなく、返答してくれたのは露払だった。

「いや櫛笥には、この近くの露払で管理してるアパートに住んでもらおうと思ってる。今窓とか開けて風通してるとこだ」
「なんや、みこっちゃんが来ればおっさんとばっか飯食う生活から解放されるって思たのに。最近は陽炎ちゃん全然うち来てくれへんし」
「あいつも大学が忙しいんだろ。それに見習いからは卒業したんだし、ここで学ぶ理由がない」
「さみしいなぁ」
「暦さんは、露払さんとこちらにお住まいなのですか?」
 お茶の注がれたコップに手を伸ばしながら暦は肯定した。
「うん。うちの親両方とも締結師で……むっちゃ忙しくてさ。今年から長期の仕事があって、うちのことどないしよってなってな。露払せんせなら親と仲いいし、うちも前から師事してたし、住み込みで修行もできるからちょうどいいなって。そういうわけで、親元から離れて大人の締結師としての? 輝かしいスタートを切ったわけや」
「去年までランドセル背負ってたやつが大人ぶるな」
「去年卒業したんやからええやん」
「お、おう……」

あまり否定しすぎるのも良くないと思ったのか、露払はそれ以上何も言わずに立ち上がった。その際に畳の上に放置していたスマートフォンを作務衣のポケットに突っ込んでいる。

「じゃあそろそろ櫛笥が住む家に案内して、近くのスーパーとかも連れてくか。右夜、留守番頼むぞ」
「え、うちも行きたいんやけど」
「本当なら学校行ってる時間だろ、大人しく出された課題やってろ」
「うへー」
「ほら櫛笥行くぞ」
「はい。あの暦さん色々とお話してくれてありがとうございました。これにて失礼致します」
「ん。またなーみこっちゃん」

少し不満げな暦を残し、わたくしと露払はやはり縁側からの庭という経路で出かけることとなった。村雲も尻尾を揺らしながら、ぽてぽてと後ろをついてくる。



新たな寄る辺は確保した。
後はどう利用し、利用され、生きていくべきか。
新生活は想像していたよりも平穏な始まりで、だからこそ忘れてはいけないと気を引き締める。

妖の傍らで生きていくということは、真の意味で平穏など決して手に入らないということだから。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜

なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」  静寂をかき消す、衛兵の報告。  瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。  コリウス王国の国王––レオン・コリウス。  彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。 「構わん」……と。  周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。  これは……彼が望んだ結末であるからだ。  しかし彼は知らない。  この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。  王妃セレリナ。  彼女に消えて欲しかったのは……  いったい誰か?    ◇◇◇  序盤はシリアスです。  楽しんでいただけるとうれしいです。    

選ばれたのは美人の親友

杉本凪咲
恋愛
侯爵令息ルドガーの妻となったエルは、良き妻になろうと奮闘していた。しかし突然にルドガーはエルに離婚を宣言し、あろうことかエルの親友であるレベッカと関係を持った。悔しさと怒りで泣き叫ぶエルだが、最後には離婚を決意して縁を切る。程なくして、そんな彼女に新しい縁談が舞い込んできたが、縁を切ったはずのレベッカが現れる。

婚約者の浮気相手が子を授かったので

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ファンヌはリヴァス王国王太子クラウスの婚約者である。 ある日、クラウスが想いを寄せている女性――アデラが子を授かったと言う。 アデラと一緒になりたいクラウスは、ファンヌに婚約解消を迫る。 ファンヌはそれを受け入れ、さっさと手続きを済ませてしまった。 自由になった彼女は学校へと戻り、大好きな薬草や茶葉の『研究』に没頭する予定だった。 しかし、師であるエルランドが学校を辞めて自国へ戻ると言い出す。 彼は自然豊かな国ベロテニア王国の出身であった。 ベロテニア王国は、薬草や茶葉の生育に力を入れているし、何よりも獣人の血を引く者も数多くいるという魅力的な国である。 まだまだエルランドと共に茶葉や薬草の『研究』を続けたいファンヌは、エルランドと共にベロテニア王国へと向かうのだが――。 ※表紙イラストはタイトルから「お絵描きばりぐっどくん」に作成してもらいました。 ※完結しました

十年目の離婚

杉本凪咲
恋愛
結婚十年目。 夫は離婚を切り出しました。 愛人と、その子供と、一緒に暮らしたいからと。

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

忘れられた妻

毛蟹葵葉
恋愛
結婚初夜、チネロは夫になったセインに抱かれることはなかった。 セインは彼女に積もり積もった怒りをぶつけた。 「浅ましいお前の母のわがままで、私は愛する者を伴侶にできなかった。それを止めなかったお前は罪人だ。顔を見るだけで吐き気がする」 セインは婚約者だった時とは別人のような冷たい目で、チネロを睨みつけて吐き捨てた。 「3年間、白い結婚が認められたらお前を自由にしてやる。私の妻になったのだから飢えない程度には生活の面倒は見てやるが、それ以上は求めるな」 セインはそれだけ言い残してチネロの前からいなくなった。 そして、チネロは、誰もいない別邸へと連れて行かれた。 三人称の練習で書いています。違和感があるかもしれません

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

【R18】散らされて

月島れいわ
恋愛
風邪を引いて寝ていた夜。 いきなり黒い袋を頭に被せられ四肢を拘束された。 抵抗する間もなく躰を開かされた鞠花。 絶望の果てに待っていたのは更なる絶望だった……

処理中です...