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第3話 締結師、接敵
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陰陽寮からこの男の元で動く様に、と教えられた人物。
露払狗彦。
どこか惚けているようで気の抜けない相手、初対面はそんな印象だった。
本人が言った通り、家に勝手に入ってきたことに対しては特段気にしていなさそうだ。けれど、「破邪師」と呟いたときの鬱陶しげな態度からどう接するべきか迷ってしまう。
どこにも行く場所のないわたくしが、現状唯一示された関わってく相手だ。
できれば、友好的な関係を築きたい。
「露払さま、どうぞよろしくお願い致します」
「ええー、様はやめろよ。そんな立場じゃないし」
「では、露払さん……?」
「まあ、ましだな」
縁側で胡坐を組んでこちらを見上げる露払は、どうでもよさそうに頭をぼりぼりとかいた。もう昼近いというのにその目はどこか眠たげで、あまりやる気を感じない。
「陰陽寮の連中からどこまで聞いてんだ?」
「今後については、露払さんから説明があるから従う様に、と」
「ほぼ丸投げじゃねえか。めんどくせえ。――はああ、いいや」
盛大に息を吐き出した後、気持ちを切り替えるためか彼は膝を軽く叩いた。
「俺が、締結師っていうのは聞いてるか?」
その質問にわたくしは軽く頷く。
「じゃあ、締結師については詳しいか?」
「妖と契約を複数交わした式神の行使を得意とする術者、という簡単な知識ぐらいしかありません」
「そーかそーか、そんなもんかあ。俺も破邪師について詳しくねえから、とやかく言える身分じゃねえけど」
そう、陰陽寮から紹介された露払は『締結師』。
陰陽師のような、妖の扱いや結界術・占星術全てにおいて優秀な術者ではない。破邪師が妖を滅することに特化した者のように、締結師は妖と繋がり力を引き出すことに特化した人たちだ。どう考えてもわたくしの能力とは、水と油ぐらい相性が悪い。
「正直なところ、破邪師との親和性は最悪なんだわ」
「ええ、存じております」
何か考えがあるのだろうとここまでやって来たが、彼にそれを言われてしまうと肯定するしかない。
「だが、任された以上は俺が面倒を見るし、問題ない範囲で締結師の術も教える。不都合なことはその都度確認するから、櫛笥も質問や無理なことはその場で言ってくれ」
「はい」
「うん、素直でよろしい。で、さっそくなんだが櫛笥の新しい部屋とか日用品とか用意するのに時間がかかるから、ちょっと一仕事してきてくれないか」
「わたくしにできることでしたら、お任せください」
陰陽寮から聞いていた通り、住処や生活のための物は露払が準備してくれるらしい。その温情に答えるためにも、役立つことを示さなければ。
「妖退治、ですか?」
わたくしが、現状貢献できるのはこれぐらいだ。
「いや、護衛任務」
露払はにやりと悪い笑みを浮かべた。明らかに何かを企んでいるような面持ちだ。
彼はその場で身体を捻り、後ろの大きめの座卓へと手を伸ばす。立ち上がりたくは無かったのか、指先で机上の端にあるスマホを畳へ落とした。それを拾って画面を操作すると、保存してあったらしい写真をわたくしの前へと差し出す。
画面には2人の人物が写っていた。
1人は活発そうな可愛らしい少女。耳より上の位置で髪を二つ結いにし、何故かソースのボトルを右手に持っている。もう片方の手は変に見切れていて、おそらくこれは彼女の自撮りだ。
もう1人は、奥で控えめに微笑む女性。何か食べ物の入った皿を持って、カメラへと目線を向けていた。
「この2名に連れられてる男子高校生みたいな奴を、掻っ攫って守りながらここまで連れて来てほしい」
「かっさらう、のですか」
「ああ、奪ってきてくれ。ちなみに、彼女たちは激しく抵抗すると思うが、怪我はさせるなよ。あと、妖がいたとしても絶対に滅するな。後々、めんどくさいことになるから」
「……そのお仕事、犯罪とかではありませんよね?」
「心配するな、健全な任務だぞ。ただ、守秘義務があって現場に行く人間に詳細があまり話せなくてな」
しばらく、露払と視線を合わせ続ける。
彼の表情は少しにやけたままで、こちらを試す様に黙ったままだ。
「わかりました。行って参ります。さすがに情報が無さ過ぎですので、場所などは教えていただけますか」
「おお、そうかー。たすかるー」
露払は陰陽寮から紹介された人物だ。さすがに犯罪行為ではないと信じよう。
彼にスマホの類を現在所持していないと伝えると、メモ用紙に住所と簡単な地図を書いてくれた。どうやら近場の高校らしい。さらに、訪問する時間や事情を知る教師の名等、注意事項をいくつか口頭で伝えられる。
「服装は、そうだな――今みたいに、幻術で別の姿に見せてるならそのままでいい。さすがに破邪の装束は目立ちすぎる」
「やはり、わかるのですね」
「まあな」
村雲にはまだ、見た目を取り繕う術を解いてもらってはいない。破邪の力を見せる機会があるかもしれないと私服はやめて、朝からこの姿のままだ。
一般人や力の少ない術者は誤魔化せるが、さすがに実力者や上位の妖には通じない。村雲の消耗もあるので、そこまで高度な幻術にしなくていいとお願いしていたが、露払にはそちらも見破られてしまっただろうか。
「じゃあ、気を付けて行ってこい。怪我すんなよ。もしダメだったら無理せず、戻って来て一度報告してくれ」
「……はい」
抵抗する、怪我をするな、などあきらかに戦闘行為を予想させる注意ばかりだ。
未だに疑問だらけの初依頼に戸惑うわたくしへ、露払はさらに情報を付け加える。
「あと、櫛笥が会うことになる写真の2人組だけど、締結師だから。頑張れ」
◆ ◆ ◆ ◆
「……あら」
目的の教室へとたどり着く前に、わたくしは件の少女たちと出会うことになった。
学校関係者には立ち入り許可をとっているらしいが、あまり目立たないように裏門からこっそり侵入し事務室が目の前にある正面玄関を避け、校舎横の入り口からここまでやって来た。1階から2階へと階段を上る途中で話し声が聞こえて一瞬身構えるが、どうやら関係のない高校生たちではなかったようだ。
「ちょうどよかったですわ。そちらの少年をわたくしに引き渡していただけますか?」
「……姉ちゃん、なにもんや?」
露払からは、こちらの素性は一切明かさないようにと釘を刺されている。
別組織の締結師だから、あまり関わるな情報を与えるなとのことだ。
「お答えできません。できれば争いたくないので、黙ってその少年から離れて下さい」
「急に意味わからんわあ。ええよ、なんてゆうわけないやろ」
「……そうですわよね」
無理だろうな、と思った要求はやはり通るわけがなかった。
わたくしと話している二つ結いの少女はこちらを警戒中。その隣にいる護衛対象の男子生徒的存在は呆然と突っ立ったままで、少し後ろにいるスーツ姿の女性は緊張した顔で上段から見下ろしている。
「陽炎、何か聞いとる?」
じりじりと男子生徒を後ろに庇いながら、少女はわたくしから距離をとろうとしている。
「いいえ、何も」
「そうよなー。……この子頼むわ」
「……はい」
わたくしが階段上にいるスーツ姿の女性の様子を注視した一瞬。近くの少女が、わたくしの視界を遮るように手を広げ前に飛び出してきた。
「走って!」
「う、うわあ……!」
ばたばたと内履きが階段や床を蹴る軽い音、そして男子生徒と女性の後姿。
逃げられてしまう。
左へ重心を移し上へと駆け上がろうとして、再度二つ結いの少女が両手を広げて邪魔をした。
「おおっと、通すわけにはいかんなあ。不審者ちゃん」
「姉ちゃん」呼びから「不審者ちゃん」まで印象が落ちてしまった。当然彼女にとっては、わたくしは怪しすぎる人物なので仕方がない。
「ほら、まずは仲ようしよーや。うちの名前聞きたいやろ、聞きたいやんな?」
仲良くする気などさらさらない態度の少女と、踊り場で対峙する。
「うちは、月牙。あの有名な――疾風迅雷跳梁刺突の『月牙』様や!」
露払狗彦。
どこか惚けているようで気の抜けない相手、初対面はそんな印象だった。
本人が言った通り、家に勝手に入ってきたことに対しては特段気にしていなさそうだ。けれど、「破邪師」と呟いたときの鬱陶しげな態度からどう接するべきか迷ってしまう。
どこにも行く場所のないわたくしが、現状唯一示された関わってく相手だ。
できれば、友好的な関係を築きたい。
「露払さま、どうぞよろしくお願い致します」
「ええー、様はやめろよ。そんな立場じゃないし」
「では、露払さん……?」
「まあ、ましだな」
縁側で胡坐を組んでこちらを見上げる露払は、どうでもよさそうに頭をぼりぼりとかいた。もう昼近いというのにその目はどこか眠たげで、あまりやる気を感じない。
「陰陽寮の連中からどこまで聞いてんだ?」
「今後については、露払さんから説明があるから従う様に、と」
「ほぼ丸投げじゃねえか。めんどくせえ。――はああ、いいや」
盛大に息を吐き出した後、気持ちを切り替えるためか彼は膝を軽く叩いた。
「俺が、締結師っていうのは聞いてるか?」
その質問にわたくしは軽く頷く。
「じゃあ、締結師については詳しいか?」
「妖と契約を複数交わした式神の行使を得意とする術者、という簡単な知識ぐらいしかありません」
「そーかそーか、そんなもんかあ。俺も破邪師について詳しくねえから、とやかく言える身分じゃねえけど」
そう、陰陽寮から紹介された露払は『締結師』。
陰陽師のような、妖の扱いや結界術・占星術全てにおいて優秀な術者ではない。破邪師が妖を滅することに特化した者のように、締結師は妖と繋がり力を引き出すことに特化した人たちだ。どう考えてもわたくしの能力とは、水と油ぐらい相性が悪い。
「正直なところ、破邪師との親和性は最悪なんだわ」
「ええ、存じております」
何か考えがあるのだろうとここまでやって来たが、彼にそれを言われてしまうと肯定するしかない。
「だが、任された以上は俺が面倒を見るし、問題ない範囲で締結師の術も教える。不都合なことはその都度確認するから、櫛笥も質問や無理なことはその場で言ってくれ」
「はい」
「うん、素直でよろしい。で、さっそくなんだが櫛笥の新しい部屋とか日用品とか用意するのに時間がかかるから、ちょっと一仕事してきてくれないか」
「わたくしにできることでしたら、お任せください」
陰陽寮から聞いていた通り、住処や生活のための物は露払が準備してくれるらしい。その温情に答えるためにも、役立つことを示さなければ。
「妖退治、ですか?」
わたくしが、現状貢献できるのはこれぐらいだ。
「いや、護衛任務」
露払はにやりと悪い笑みを浮かべた。明らかに何かを企んでいるような面持ちだ。
彼はその場で身体を捻り、後ろの大きめの座卓へと手を伸ばす。立ち上がりたくは無かったのか、指先で机上の端にあるスマホを畳へ落とした。それを拾って画面を操作すると、保存してあったらしい写真をわたくしの前へと差し出す。
画面には2人の人物が写っていた。
1人は活発そうな可愛らしい少女。耳より上の位置で髪を二つ結いにし、何故かソースのボトルを右手に持っている。もう片方の手は変に見切れていて、おそらくこれは彼女の自撮りだ。
もう1人は、奥で控えめに微笑む女性。何か食べ物の入った皿を持って、カメラへと目線を向けていた。
「この2名に連れられてる男子高校生みたいな奴を、掻っ攫って守りながらここまで連れて来てほしい」
「かっさらう、のですか」
「ああ、奪ってきてくれ。ちなみに、彼女たちは激しく抵抗すると思うが、怪我はさせるなよ。あと、妖がいたとしても絶対に滅するな。後々、めんどくさいことになるから」
「……そのお仕事、犯罪とかではありませんよね?」
「心配するな、健全な任務だぞ。ただ、守秘義務があって現場に行く人間に詳細があまり話せなくてな」
しばらく、露払と視線を合わせ続ける。
彼の表情は少しにやけたままで、こちらを試す様に黙ったままだ。
「わかりました。行って参ります。さすがに情報が無さ過ぎですので、場所などは教えていただけますか」
「おお、そうかー。たすかるー」
露払は陰陽寮から紹介された人物だ。さすがに犯罪行為ではないと信じよう。
彼にスマホの類を現在所持していないと伝えると、メモ用紙に住所と簡単な地図を書いてくれた。どうやら近場の高校らしい。さらに、訪問する時間や事情を知る教師の名等、注意事項をいくつか口頭で伝えられる。
「服装は、そうだな――今みたいに、幻術で別の姿に見せてるならそのままでいい。さすがに破邪の装束は目立ちすぎる」
「やはり、わかるのですね」
「まあな」
村雲にはまだ、見た目を取り繕う術を解いてもらってはいない。破邪の力を見せる機会があるかもしれないと私服はやめて、朝からこの姿のままだ。
一般人や力の少ない術者は誤魔化せるが、さすがに実力者や上位の妖には通じない。村雲の消耗もあるので、そこまで高度な幻術にしなくていいとお願いしていたが、露払にはそちらも見破られてしまっただろうか。
「じゃあ、気を付けて行ってこい。怪我すんなよ。もしダメだったら無理せず、戻って来て一度報告してくれ」
「……はい」
抵抗する、怪我をするな、などあきらかに戦闘行為を予想させる注意ばかりだ。
未だに疑問だらけの初依頼に戸惑うわたくしへ、露払はさらに情報を付け加える。
「あと、櫛笥が会うことになる写真の2人組だけど、締結師だから。頑張れ」
◆ ◆ ◆ ◆
「……あら」
目的の教室へとたどり着く前に、わたくしは件の少女たちと出会うことになった。
学校関係者には立ち入り許可をとっているらしいが、あまり目立たないように裏門からこっそり侵入し事務室が目の前にある正面玄関を避け、校舎横の入り口からここまでやって来た。1階から2階へと階段を上る途中で話し声が聞こえて一瞬身構えるが、どうやら関係のない高校生たちではなかったようだ。
「ちょうどよかったですわ。そちらの少年をわたくしに引き渡していただけますか?」
「……姉ちゃん、なにもんや?」
露払からは、こちらの素性は一切明かさないようにと釘を刺されている。
別組織の締結師だから、あまり関わるな情報を与えるなとのことだ。
「お答えできません。できれば争いたくないので、黙ってその少年から離れて下さい」
「急に意味わからんわあ。ええよ、なんてゆうわけないやろ」
「……そうですわよね」
無理だろうな、と思った要求はやはり通るわけがなかった。
わたくしと話している二つ結いの少女はこちらを警戒中。その隣にいる護衛対象の男子生徒的存在は呆然と突っ立ったままで、少し後ろにいるスーツ姿の女性は緊張した顔で上段から見下ろしている。
「陽炎、何か聞いとる?」
じりじりと男子生徒を後ろに庇いながら、少女はわたくしから距離をとろうとしている。
「いいえ、何も」
「そうよなー。……この子頼むわ」
「……はい」
わたくしが階段上にいるスーツ姿の女性の様子を注視した一瞬。近くの少女が、わたくしの視界を遮るように手を広げ前に飛び出してきた。
「走って!」
「う、うわあ……!」
ばたばたと内履きが階段や床を蹴る軽い音、そして男子生徒と女性の後姿。
逃げられてしまう。
左へ重心を移し上へと駆け上がろうとして、再度二つ結いの少女が両手を広げて邪魔をした。
「おおっと、通すわけにはいかんなあ。不審者ちゃん」
「姉ちゃん」呼びから「不審者ちゃん」まで印象が落ちてしまった。当然彼女にとっては、わたくしは怪しすぎる人物なので仕方がない。
「ほら、まずは仲ようしよーや。うちの名前聞きたいやろ、聞きたいやんな?」
仲良くする気などさらさらない態度の少女と、踊り場で対峙する。
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