マイティガード -赤毛の令嬢の絶対の盾-

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episode15【Last day】

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 1週間の休暇の、最後の日。
 外出を許されたアネリは、パーシバルだけを連れて市場に繰り出していた。
 今日は町でもっとも規模の大きな感謝祭の日。町を埋め尽くさんばかりの数の露店には、フルーツ飴や紙製のカンテラやガラス玉の飾りなど、子ども心をくすぐる商品がずらりと並べられている。
 そして広場の中央には、ふたり掛けの椅子のついた小さめの観覧車が1台、シンボルとして置かれていた。

「綺麗な赤毛のお嬢ちゃん、ちょっと乗ってかねぇかい?」

 観覧車の乗降係の男が、パイン飴を舐めながら歩く、赤毛の三つ編みの少女に声をかけた。

「え?」

 振り返ったアネリは、柄にもなく口の周りを水飴でベタベタにしていた。

「うわ、お嬢ちゃんその顔…。仕方ねぇな、ちょっと来い。拭ってやるから…」

 子ども好きらしい乗降係はくしゃくしゃのハンカチを取り出し、アネリの口元に宛てがおうとした。
 が、

「……失礼。見ず知らずの方に、お嬢様に触れさせるわけにはまいりませんので」

 すぐ後ろから、さっぱりとしたシャツとサスペンダー姿の、いつも通りのパーシバルが現れた。額の風穴も塞がって、痕も残っていない。
 ポケットから取り出した綺麗なハンカチで、アネリの口元を丁寧に拭った。

「ありがとうパーシバル。このお菓子……パイン飴って食べにくいのね。知らなかった」
出店でみせの食品は手早く作られているので、溶けるのも早いものですよ。はい、拭い終わりました」

 ハンカチが離されたあとには、もとの可愛らしいアネリの顔が現れた。
 世間知らずそうな少女と、やたら恭しい青年のコンビを端から不思議そうに見つめていたが、乗降係はふと自分の仕事を思い出す。

「…んじゃあ、まぁ、おふたりさん。観覧車乗っていきなよ。」

 ちゃりんっ

「おふたりさんご乗車~」

 市場へ出向き食べ歩きをすることはプランとして入っていたが、挙げ句ふたりで観覧車に乗ることになるとは予想外だった。
 観覧車は、ふたり掛けのベンチが剥き出しで吊されているタイプで、安全バーはあるものの地上からの高さはそれなりにある。

「………う…」

 観覧車どころか遊具自体に乗り慣れていないアネリは、恐々とベンチに座った。

「…パーシバル、これ高くなるの? あたし達、落ちない?」

 いつも凛々しく、悪くいえば尊大なアネリの口からそんな弱気な台詞。
 パーシバルは、周りをキョロキョロ見回している彼女に見えないように悶絶した。

「ご心配は無用でございますよ。何があろうとお嬢様は私がお護りいたします」

 そう頼もしく誓ったパーシバル。
 その言葉を信用し、アネリはなんとかベンチの中に収まる。
 時折、下を恐る恐る覗き見ては「ひっ」とか「きゃっ」とか声を漏らす。本当に珍しい光景だ。
 ふたりの座るベンチが頂上を越え、下りに差し掛かった頃…、

 ギ…、ギギイィ…。

 どこからともなく、金属のひしゃげていく音が聞こえてきた。

「…?」

 何事だろう。もう何度目かも分からないアネリのキョロキョロ。
 その目がパーシバルに向かった時、

 ガコンッ!!

「きゃっ…!!」

 観覧車が突然急停止し、その衝撃でふたりが乗っていたベンチの片側が、支えの金具から外れてしまった。
 それはアネリが座っていた側。重力に逆らえず、アネリはベンチの下へ投げ出される。

「お嬢様っ!!」

 アネリが落下すると同時だった。
 パーシバルは反射的に自分もベンチを蹴り、アネリと同じ方向へ落下していく。
 空中で、

「っ……!」

 アネリの体をしっかりと抱きしめ、ぐるんと自分の体を一回転させ、見事地面に着地を果たす。

「ほら、言った通りでございましょう? お嬢様」

 腕の中で目をぱちくりさせるアネリに向かって、パーシバルは嬉しそうに笑いかけた。

 その瞬間、ふたりは周囲から喝采を浴びた。
 パーシバルの神業的な救出劇。救われた幼いアネリ。
 割れんばかりの拍手や口笛を贈る観客達に向かってパーシバルはただ恭しくお辞儀をする。
 …だがアネリは晒し者のような気分を味わっていた。

「……パーシバル、もうここはいいから、早くどこかへ行きましょう」
「かしこまりました、お嬢様」


 ***


 人目を逃れたふたりがやって来たのは、この町一番の絶景を誇る高台。市場も観覧車もすべてを一望できるスポットだ。
 頬を撫でる風を存分に堪能して、

「はぁっ…!」

 アネリは大きく溜め息を吐いた。

「いかがされましたか?」

 悩み事だろうか。パーシバルが不安げに訊ねると、アネリは逆にとても清々しい顔で。

「不思議よね。休暇で来たはずの別荘で事件に巻き込まれて、使用人も殺されて、皆やあたし自身も危ない目に遭ったし、パパと一緒にいるためのお願いも全部パーになっちゃったのに、……あたしすごく満足してるの」

 体に感じる風が気持ち良い。
 観覧車に乗った時の、ほんの少しの恐怖と確かな期待。初めて出店のお菓子を食べたあの何とも言えない感覚。
 そして、隣に立つのは相変わらずのパーシバル。

「あたしが本当に心から楽しめるのは、パパと一緒にいる時だけだと思ってた。……でも今はね、隣にいるのがパーシバルで、すっごく嬉しい。ふたりとも無事に生き延びて、こうして一緒にお散歩するのがとっても楽しい。とっても…」

 両手をぎゅうっと握りしめる。心臓がドキドキとうるさいくらいだ。
 だがそのうるささも、今はとても心地好い。

「パーシバルは? あたしと一緒にいると、楽しい?」

 興奮さめやらぬ様子で、アネリはパーシバルを見上げた。
 愛しいアネリからそう問われれば、彼の答えはひとつしかない。

「もちろんでございます。光栄なのです。こうして私が、お嬢様のお傍にいられる瞬間すべてが」

 真っ直ぐで、嘘も曇りもない言葉。
 アネリは照れ臭そうに小さく笑い、一度は顔を背ける。

「えへ…。うん…、うん、そうよね。パーシバルならそう言ってくれるわね」

 今まで何度も言われてきた言葉を、アネリは今やっと本当の意味で理解できた気がした。

「…ふふ…。他の使用人は誰も言ってくれないから」

 他の使用人には寄せられなかった信頼。
 それは決して立場が下な彼らを軽蔑しているからではなく、幾度となく使用人達に裏切られたことによる、アネリの消えないトラウマ。

「体が頑丈なわけでも、痛みに強いわけでもない彼らに、身を呈して護ってほしいなんて、無理なお願いだって分かってるわ、本当は。……でも、それでもね、あたしは護ってほしかったの。助けてほしかったの。“旦那様の命令だから”じゃなくて、“アネリだから”って理由で、大事に思ってほしかったの…」

 ――ただ好きになってほしかっただけ…。

 過酷なものを望んでしまっただろうか。その証拠に、使用人達の心は結果的にアネリから離れていってしまった。
 けれど、

「アネリお嬢様。私には貴女様を護れる力も、…心もあります」

 そんなアネリを受け入れてくれる人物は、ひとりだけいた。

「…ええ、そうね。そこにはあなただけが含まれるわね、パーシバル」

 ――機械でもいい。

 ――怪物だっていい。

「あなたが“あなた”でいてくれるなら」

 ――あたしの大切な護衛ガードなら。


 パーシバルは胸を張って答えた。

「お任せくださいませ。私の、ただひとりのお嬢様」


〈了〉
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