マイティガード -赤毛の令嬢の絶対の盾-

唄うたい

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episode5【Game started】

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 厨房へ駆け付けた時には、もうそこは警官と館の使用人達でごった返しとなっていた。
 何が起こったのかと状況を知りたがる使用人達と、彼らを厨房に入れまいとする警官達。どうやらパーシバルの言った通り、本当に厨房でトラブルが起こったらしい。

「お、おい、何事だ。道を空けろ!」
「マドック刑事、こちらです!」

 警官の間を掻き分けて厨房を目指すマドック刑事。そのすぐ後ろを、パーシバルに護られながらアネリも続いた。

「さっきの悲鳴は何なんです!?」
「厨房で同僚がまだ仕込みをしているはずなんです……。何があったんですか?」

 使用人達は口々に質問をする。
 無理もない。本来なら起こり得ない停電が起き、おまけに“お嬢様”がいない場所で悲鳴が聞こえたのだから。
 彼らの不安を一身に受けた気分になりながら、現場を目にしたマドック刑事は、

「……なんてことだ……」

「マドック刑事、何があったの?」

 その直後、マドック刑事のすぐ後ろから顔を出したアネリは、彼が思わず二の句を失った現場を目にして、

「い、いけませんアネリさん!!」
「……お嬢様」

 マドック刑事とパーシバル、ふたりから同時に視界を遮られた。
 だがもう遅い。アネリは見てしまった。
 厨房に転がる、鋭利な鉄の矢に頭を貫かれた男性の死体を。

 服装から見てもこの館の使用人だ。
 通常の2倍近い太さの矢は、彼の脳に後ろから一直線に貫通している。まだ生きている…という見込みは無いだろう。
 マドック刑事は唇を噛み締め、懐から無線を取り出すと、

「……トレイシー警部、申し訳ありません。使用人のひとりが殺害されました……」

 監視室にいるトレイシー警部に、悔しげにそう報告した。
 無線からは、

《……ああ、すぐに向かう。廊下に溢れてる野次馬を散らしてくれ》

 快活さを失ったトレイシー警部の声。
 彼は監視室にいるのだ。つまり、この無惨な死体もカメラ越しに見えている。
 マドック刑事は無線をしまい、顔に影を落としたまま廊下へ出ていく。

「おい、何がどうなってるんだ!?」

 痺れを切らした使用人のひとりが声を荒げる。
 マドック刑事はひとつ息を吸い込むと、

「……館の使用人1名が殺害されました。今回の犯人による犯行と見て、間違いはないでしょう」

 トレイシー警部に止められていた秘密を、使用人達に打ち明けた。

『使用人達は命を狙われ慣れていないからな』
『仮に予告状のことを知らせてみろ。全員が保身に走ってパニックになるぞ。そいつだけは避けたい……』

「………警部、申し訳ありません……」

 当然、

「…ど、どういうことだ、それ…!?」
「犯人はお嬢様を狙ってるはずじゃなかったの!?」
「誰だっ、誰が死んだ!?」

 使用人達の恐怖は一層増長した。
 同時に、トレイシー警部が危惧していた通り。彼らはパニックを起こし始め、事実を確かめるために厨房に入ろうとする者や、館から逃げ出すために玄関扉へ駆け出す者まで現れ始めた。
 だが、絶対に彼らを館の外に出してはいけない。

『ウォーロック家に仕える者は館から1歩も出てはならない』

『もし忠告を破り、逃げ出す者が現れたら、私はその者を粛正の対象から外さねばならなくなる』

 犯人は手紙に“粛正の対象からは外す”と書いているが、“殺害対象から外す”とは、書いていないのだ。

「み、皆さんっ、待ってください!」

 先陣切って走り出した使用人達をなんとしてでも足止めしなくては。そう思い声を上げるが、大人数の駆け足の音にいとも簡単に掻き消されてしまう。

 しかして、それを一瞬にして律したのは、

「止まりなさい、あなた達! 見苦しい真似をしないで!」

「っ!」
「…っ、ア、アネリ…お嬢様…!」

 小さい体でありながら、皆の前に堂々と立つ主人……アネリだった。
 その凛と通る声を聞き、使用人達は皆面白いくらいに揃って足を止める。
 いつも自分達が世話してやってる、あんな小さい子どもから、あんなに迫力ある一喝が飛び出すとは思わなかった。皆、予想外の出来事に対する驚きで、逃げることを忘れているのだ。
 唯一驚かなかったのは傍らのパーシバルだ。それどころか、敬愛してやまないアネリの凛々しい姿に感激すら覚えている様子。
 アネリは続ける。

「見ての通り、聞いての通りよ。今回の暗殺者の狙いはあたしだけじゃない。あなた達の中から犠牲者が出るかもしれないの。いいこと? あなた達はこれから、生まれて初めて“命を狙われる立場”になるのよ」

 今までずっと傍観して安全な立場にいたのだ。常に命を狙われる人間の気持ちなんて、少しも考えず。
 ……だが、これは決して使用人達を絶望させるために言っているのではない。

「だけど、そんな状況でも合理的に冷静にそして保身的になりなさい。あなた達の得意技でしょ。今後1歩も館から出てはだめ。警察の指示に従って行動して。いい? あたしの命令は絶対に守らなきゃだめよ。パパに仕える使用人ならね」

 その間、アネリは一切表情を変えなかった。氷のような美しさすら感じる冷静な表情で、使用人達に命令を下した。
 とても、13歳の少女とは思えない。

 使用人達は初めこそ狼狽え、進むことも戻ることもしなかったが、

「………か、かしこまりました。お嬢…様」

 やがて絞り出すように、そう答えた。
 呆気に取られる者や、どこか悔しげな者。反応は様々だ。だが一貫して、

「……承知いたしました…。お嬢様」

 使用人達は全員、声に出して“お嬢様”と呼んだ。

 一気に鎮静化された集団を誘導するのは簡単だった。
 警官何人かに分かれて、使用人達に部屋で待機するよう指示を出す。
 日中は普段通りに仕事をし(ただし外出は厳禁)、夜は速やかに部屋に戻ること。
 そう説明を受けた使用人達は、さっきまでのパニックが嘘のように、それぞれの部屋へ戻って行った。

「ありがとうございます、アネリさん。私だけではどうにもできませんでした……」

 マドック刑事は、人が散ったあとの広々とした廊下の真ん中で、アネリにお礼を言う。
 自分に情けなさを感じているのだろう。彼の表情は浮かない。

「いいえ。使用人の醜態は主人の責任だもの。それに、大声出したらちょっとスッキリしたわ」

 ふふ、とはにかむ顔は、紛れも無く年相応の少女の表情だ。
 そんなアネリを見ていてマドック刑事は、なんだか不思議な気持ちになった。
 つい言葉をなくして、アネリをじっと見つめてしまう。

「ご立派でしたよお嬢様。さあ、日も変わってしまいました。そろそろお休みになってくださいませ」

 沈黙しだしたふたりの間に割って入るようにして、パーシバルが手元の時計をアネリに見せてきた。
 針は0時をとっくに過ぎている。

「あ、本当だ。……んー。そういえばなんだか眠いかも。パーシバル、部屋まで運んで……」

 アネリは大きくあくびをしながら、「んっ」と両手を突き出して、パーシバルに抱っこを要求。
 こういうところだけは、箱庭で使用人達に甘やかされて育てられたお嬢様らしい。

「はい、喜んで」

 パーシバルは本当に嬉しそうに微笑み、アネリをその大きな腕の中に抱きかかえた。
 体格差のせいか。こうなるといよいよアネリが幼児か何かに見えてくる。
 眠い目をこするアネリ。そんな彼女の背中を優しく叩きながら、パーシバルは視線をマドック刑事に向けた。

「……………」

 その目は、とても冷たいものだった。

「…っ」

 だがそれも一瞬のことで、マドック刑事がひとつ瞬きをした後には、

「参りましょう、お嬢様」

 パーシバルは元来た道を真っ直ぐに戻って行く。

 こつん、こつん…

 こっ、…こっ……

 眠りの世界に落ち始めているアネリのために極力抑えていた靴音も、やがて闇の中に溶けて消えていった。
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