最後のひと押し

唄うたい

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翌日。
死刑囚リリー・ヴァリーは、刑務局監視の下、絞首台へ立たされた。

覆面は無し。これは彼女の希望であり、僕の提案でもあった。
死の瞬間が暗闇だなんて、あまりに不憫だから。

窓ガラス越しに、僕とリリーの目が合う。
僕達を隔てる強化ガラスは、銃弾は勿論のこと、互いの声さえも通さない。でも不思議と、彼女とは目と目で会話ができる気がした。

「リリー。」

僕は意中の相手の心を得るために、最後の一押しを試みる。

スイッチだ。
僕の手元に用意されたスイッチは、死刑囚の足元の床に連動していて、この一押しで絞首刑が執行される仕組みになっている。
科学技術の発達した現代でも、死刑の手法は大昔から変わっていない。
唯一変わった点は、その断罪を人間ではなく、良心を持たぬアンドロイドに委ねるようになったことか。

【HA-03G】。
hangを由来とする僕達【HAシリーズ】は、死刑囚が心穏やかに逝くためのメンタルケアと、死刑執行官とを兼任しているのだ。

こんなこと、生身の人間では絶対に出来ない。


「これが、僕から貴女への愛です。」

スイッチを押し込み、連動して床が開くのに、タイムラグはほとんど無かった。

自重に苦しむリリーの姿。
しかしその表情はどこか、多幸感に満ちていた。綺麗なブルーの瞳は瞬きもせず、僕の姿を一心に見つめてる。

心が通じ合った。
心を持たない僕が言うのは滑稽な話だが、それ以外に無いという確信があったのだ。

「リリー。」

激しくもがいていたリリーの動きがだんだんと鈍くなり、やがてぴくりとも反応しなくなってしまった。

「…リリー。」

何度も呼んだ名前を口にする。
消えないように、電子回路の奥深くに何度も、その音声と最期の光景を記録していく。忘れないように。

僕はスイッチから離した手を、ゆっくりと握り込んだ。
宗教史でたびたび目にした“魂”というものが、僕の右手の中に、確かに宿った気がした。

〈了〉
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