最後のひと押し

唄うたい

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見慣れた真っ白なクッション張りの壁と床。
かつて精神疾患者用に設けられたこの独房は、現在では僕達【HAシリーズ】専用の仕事場となっている。

部屋の中央に、椅子が2脚置かれている。
片方には、僕が座っている。
もう片方には、口枷を装着され、身体拘束された芋虫のような格好の女性が座っている。
真っ白な長い髪に、澄んだブルーの瞳がぼうっと浮かぶ。年齢は20歳と若いが、僕を見つめる落ち着いた面持ちは、実年齢より大人びて見えた。

SNS上での彼女のファンは、口を揃えて「天使」と称していたっけ。
確かに、いかにも人間が、人外の存在に例えたくなりそうな神秘的な容姿だ。

「初めまして、リリー・ヴァリー。
僕は【HA-03G】。今日から2日間、貴女の精神治療を務める医療アンドロイドです。
どうぞよろしく。」

プログラムされている定型文を読み上げ、僕は数ある表情モーションの中から「笑顔」を実行する。

今回僕が設定した人物像ペルソナは、患者リリーよりも年若い、15歳の少年だ。ボディスキンもそれに合わせたものを纏っている。
彼女の故郷に多い人種を真似て、淡色の髪とブルーの瞳を、同じように僕も備えていた。

患者の緊張を解くために、僕達アンドロイドは毎回最適な人格を実装するのだ。

「……。」

リリーは無表情で僕を見ている。
彼女のバイタルを常に観察しているけど、警戒も憤る様子もない。僕に対して関心が無いようだ。

「ここには監視カメラも盗聴器もありません。
話した内容は決して外部に漏れないので、安心してください。」

僕はひとつ嘘を言った。
外部に漏れる要素が、例外的にたったひとつだけある。それは…

「………。」

リリーは少し首を傾け、眠そうに瞼を半分下げた。

可哀想に。疲れているんだろう。
連日尋問が続いた挙句、つい最近裁判を終えたばかり。いくら彼女が精神異常者でも、肉体は疲弊する。

「リリー、僕の質問に答えてもらえますか?
声を出すのが億劫であれば、まばたきで応えていただいて構いません。
イエスなら2回、ノーなら3回。」

やがて、リリーのブルーの目がゆっくり2回瞬いたのを確認し、僕は質問を始めた。

「死刑囚リリー・ヴァリー。
貴女が誘拐したメグ・エバンズについてお尋ねします。
彼女の身柄は、この国内にありますか?」

リリーの目が、再び2回瞬いた。
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