アンダーサイカ -旧南岸線斎珂駅地下街-

唄うたい

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最終章 咲【さく】

12-2

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 ――ピリリリリ…

 ――ピリリリリ…

 携帯電話に着信があった。

「―――もしもし?
 あぁ、父さん。おはようございます。」

 電話の相手は、離れた実家に住む父だ。

「ええ、こちらの生活にもだいぶ慣れましたよ。
 来月には一度帰省しますから、そのつもりで。」

 艶やかな黒髪を揺らし、笑顔で近況報告をする。

 父は昔、立派な警察官だった。“彼”は、そんな父を尊敬して止まないのだ。
 時に厳しく、そして時に愛情を持って接してくれる家族…。

「はい、分かっています。
 “罪を犯さず、誰に対しても誠実に、義を持って接する”。
 父さんの教えは、ちゃんと守ってますよ。」

 そんな家族が、彼…義也ヨシヤの誇りだった。

「…ええ、それではまた。
 もうすぐ電車の時間なので。」

 名残惜しさは隠して、義也は通話を切った。
 もう駅が目前に迫っていたからだ。

 “南岸線・斎珂駅”。
 長らく封鎖されていた斎珂駅が、つい最近になって復活したのだ。
 電車も開通し、長年交通手段が自転車とバスに限られていたため、利用客が殺到。今や町で一番賑わう場所となったのは言うまでもない。

 義也も他の利用客と同じく電車に乗るために、改札へ急ぐ。

 しかし、

「………おや?」

 駅に入る直前、地下へ続く通路のフェンスが一箇所だけ外れていることに気がついた。

 電車が開通した斎珂駅だが、かつての名所であった地下ショッピングモールはまだオープンしていない。
 チラシでは近日オープンするらしいが、少なくとも今は部外者が入ることは許されないだろう。
 …それなのに、フェンスが開いている。

「…無用心ですね。
 子どもが入ってしまったらどうするつもりなんでしょう。」

 本当なら関係のない義也が、首を突っ込む理由なんてない。
 もうすぐ電車も来る。ショッピングモールのことは無視すればいい。

 だが、

「………うーん……。」

 気になって仕方がない。野次馬根性なのか、ただの興味本位なのか。とにかく強く惹かれるものがあったのだ。
 そうして迷った挙げ句に、

「…あぁ、僕はなんてことを…。」

 柄にもなく、義也は地下ショッピングモールにこっそりと入り込んでしまった。


 ***


 中は薄暗い。非常灯すら点いていないのだ。
 足元に充分気をつけながら、義也はショッピングモールの奥へ奥へと進んでいく。

 近日オープンと言うだけあって店の並びはお洒落で、おまけに清潔だ。
 だが清掃員などの人がいる気配はない。
 普通なら、こんな暗い場所を一人で歩くのは大人でも怖いはず。

 だが義也は、

「……なぜでしょう…。
 僕はここを…知っている気がします…。」

 道なりに歩き続けると思いきや、急に角を曲がり、入り組んだ道を行く。
 まるで店の位置を把握しているように。

 不思議な感覚にとらわれる反面、義也はとても安心していた。高揚すら覚えていたかもしれない。

「この角を曲がり…、あの道をずっと進む。次は…、」

 なぜなら、これを進んだ先に、自分が心の底から欲しているものがある気がするから。

 いつの間にか彼は走っていた。
 息が切れるほど走っているのに、笑みが止まらない。
 胸が高鳴って、止まらない。

「…もうすぐ…、もうすぐです…!」

 更に不思議なことは続く。
 彼が床を踏むたび、近くの店に独りでに明かりが灯っていくのだ。

 天井から垂れた照明もオレンジ色に光り、古めかしい字で「干物屋」や「家具屋」とだけ書かれただけの看板を照らしていく。

 …そして明かりが灯った店からは、

「ああーっ、今日も一日の始まりかぁ!」

「よーし、商売、商売!」

「よぉ、おはようさん!」

 各々の店の商売人達が現れ、通路に出たり他の店を覗いたりと次第に賑わっていった。
 義也の足も更に速くなる。

「どいたどいたーっ!!
 配達員にぶつかったら怪我するかんな!」

 向かいから猛スピードで走って来た配達屋の男を避け、

「寄ってってー!
 羊肉に熊肉も入荷したわよー。
 七色すき焼き作り放題!」

 肉屋のチラシを配る、元気なお下げ髪の少女の前を通り過ぎ、

「こら、お前達!!
 通路での客引きは他のお客様のご迷惑になるだろう!!」

 軍服に身を包んだ大柄な青年の後ろを、駆け抜けた。

 義也はただ前だけを見て、ただただ走り続けた。
 走って、走って、走って、そしてようやくたどり着いた。


 “薬屋”。


 古めかしい看板にたった二文字だけが書かれた、小さなその店に。

「はぁ、はぁ、はぁ………。」

 立ち止まり、息を整える。
 動悸が激しいのは走ったせいだけではないだろう。

 明かりは灯っているものの、引き戸がぴったり閉じられたままのそこに入るべきか迷った。
 おかしな話だ。ここまでは、何も考えずに走って来られたのに。

「………はぁ、はぁ……。」

 なかなか足を踏み出せない。

 すると、

【邪魔ダ、通ルゾ。】

「え? ……おっと!」

 足元を、黒い毛玉がサッと駆け抜けた。

 目を凝らすと、それはヒヨコくらいの大きさの生き物だった。
 黒い羽毛に紫色の目玉。そんな生き物がよちよちと、義也より先に薬屋に来店していった。
 僅かな引き戸の隙間から潜り込んだのだ。

「…………。」

 義也はしばし呆然とする。
 直後、中から話し声が聞こえてきた。


【客ガ来店シテイルゾ、早ク店ヲ開ケ。早ク!早ク!】

「はいはい、分かりましたよ、せっかちだなぁ。
 私だって準備とかいろいろあるんだよ?」

【イイカ、オ客様ハ神様ダ!
 神様ハ偉イノダ!
 待タセテハ駄目ナノダ!】

「私に言わせればあんたはちっちゃな暴君だけどね。」

【ナニ!?】


 ――カラカラカラ…

 そして引き戸が開かれた。

 中から出て来た商売人の姿を見て、義也は言葉を失う。

 12歳くらいの、小さな女の子だ。
 長く綺麗な黒髪に、椿模様の割烹着姿。肩にはさっきの黒いヒヨコを乗せている。
 紫水晶のような、大きくきらきらした瞳をした、とても可愛らしい女の子だ。

 太陽を思わせる素敵な笑顔を見せて女の子は言う。


「いらっしゃいませ!
 ようこそアンダーサイカへ!」


 義也は、女の子の楽しそうな…純粋な笑顔をじっと見つめて、それ以上の反応はしなかった。

「…………。」

 しかし女の子に気を悪くしたそぶりはない。
 照れ臭そうに肩をすくめて、人懐っこい笑みを見せる。

「えへへ…、これ言うの初めてなの。
 ねえ、ちゃんとできてた?」

 その問いに義也は、

「………っ。」

 …泣きたくなった。

「………っ!」

 …叫びたくなった。

 しかし最後は、


「……ふふっ…。
 …ええ、上出来です。」


 人生最高の笑顔で、彼女に心からの賛辞を贈ったのだった。



 〈了〉
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