アンダーサイカ -旧南岸線斎珂駅地下街-

唄うたい

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最終章 咲【さく】

12-1

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「……大統領に、スーパーマンに…せ、石油王ぉ?
 ちょっと拓哉、あんたちゃんとクラスメートに電話して調査したんでしょうね!?
 マトモな回答が半分もないじゃない!!」

 照り付ける太陽の下、冷房の効いた涼しい図書館のいつもの席で、潤子達三人はグループ研究を進めていた。

「…し、したって!!
 6年生だもんよ!そんなもんだって!!」

 いつになく真面目に調査した拓哉の報告を見た潤子が怒り出したのも無理はない。
 なぜならクラスメートのほとんどは、将来の夢と聞かれて「ハムスター」だの「預言者」だの、ふざけた答えを返してきたのだから。

「…な、なら潤子のほうはどうなんだよ!?
 どんな答え返ってきた!?」

 反撃しようと、拓哉が潤子のノートに手を伸ばす。
 しかし潤子に紙一重で取り上げられてしまった。

「…あ、あたしのほうは問題無しよ!
 皆、そりゃあ…もう、まともな答えを返してくれたわっ…。」

 なぜかところどころ言い淀む潤子。まともな答えなら、どうしてハッキリと自慢しないのだろう。
 その理由を拓哉は薄々勘づいた。

「……ははあ。お前もか潤子。」

「ちっ、違うわよ!!一緒にしないでよ!」

 潤子の鉄拳が飛ぶ。それをギリギリでかわした拓哉は、一瞬の隙をついて潤子のノートを奪い取った。

「あ!!」

 取り返そうと手を伸ばすが、男子と女子では体格に差があるため失敗に終わる。
 拓哉はちょっとだけ優越感に浸りながら、ノートを開いて調査結果を読み上げた。

「“エイリアン”に“組長”……。
 なんだよ潤子、おれのとそう変わんないじゃん。
 隠すことないだろ?」

 潤子のほうに顔を向ければ、

「ああぁぁ……。」

 珍しく、ひどく落ち込んでいた。比喩ではなく、椅子の下に潜って顔も見せたくない…といった具合だ。

「こんなのってないわよ…。皆まともだと思ってたのに、拓哉並みだなんて…。頭おかしくなりそう…。」

「ひどい言い様だなぁおい。
 ……なあ、お前もそう思わねーか?」

 ショックを受けた繊細なハートを慰めるために、拓哉は二人の脇で一番まともに作業していた“もうひとり”に声をかけた。

 振り返ったのは、

「それは困るなぁ。
 皆が拓哉のレベルに落ちたら、日本は滅んじゃうよ。」

 黒髪の少年だった。

 ぱっちりと大きな黒い瞳をした、12歳にしてはやや小柄な男子生徒だ。

「えぇ!?
 お前もひでえぞ、みのる!」

「良いわよ稔、もっと言ってやって!」

 二人のブーイングと声援を浴びて、稔は楽しそうに笑った。
 笑いながらも、手は真面目にパソコンのキーボードを叩いている。なぜなら彼は二人から、グループ研究の発表の構成を任されているから。何気に一番大変な作業だ。

「でも、結構早いうちに皆の回答が集まって良かったよ。資料がないとそもそも構成は完成しないもの。」

「む…。こんな回答でいいのかしら。
 皆不真面目すぎるわ。」

 潤子はやっぱり納得がいかないらしい。
 すると突然、

「そんなことねぇよ。
 これも立派な資料だって!」

 拓哉がパッと輝く笑顔を見せて、こんな話を始めた。

「大統領だって石油王だって、そいつ本当に楽しそうに語ってくれたんだ。
 偉い人になりたい。大金持ちになりたい。将来の夢なんて難しく考えるもんじゃない。そんな単純なもんでいいんだよ。
 潤子のほうだって、そうだろ?」

 潤子は否定しなかった。
 むしろ照れくさそうに頬を染めて、電話でクラスメートに語られた回答を思い出す。

「…ま、まぁ、そうね。
 麻里もさ、ちっちゃい体でたくましく動き回るハムスターが大好きなのって、嬉しそうに語っちゃって…。
 あの時ばっかりは、嫌な気はしなかったわね、うん……。」

「だろ?だからこれは立派な資料なんだよ!」

 胸を躍らせて語る拓哉と、頬を染めた潤子。
 楽しげな二人の姿を眺めながら、稔はなんとなくパラパラとノートをめくった。

「ふふ、夢かぁ……。」

 そして、あるページを目にした時、

「あれ?」

 稔の手が止まる。

「どうした稔?」
「なになに?」

 つられて拓哉と潤子がノートを覗き込む。
 そこには、調査を始める前に書いた三人の将来の夢と、“もうひとり”の回答が書かれていたのだ。

 小学生らしいまるっこい字と、つたないイラストが添えられたその書き込みの内容は、こう。

 “どこにいても、ずっと友達でいられますように。”


 その“誰か”の書き込みを目にしたとたん、拓哉と潤子が笑い出した。

「あはははっ!なんだよ、これじゃあ将来の夢っていうより短冊じゃん!
 本当に抜けてんだからなぁ、“豊花ゆたか”は!」

「うふふっ、もう、そんな分かりきったこと書かなくてもいいのに。
 ねえ、“豊花”!」

 ハタと気づく。
 二人がごく自然なことのように口にした「豊花」という名前。

「あれ…?あたし達今…。」

「お、おう、自然に口から出てきた…。なんでだろ…?」

 潤子も拓哉も、その少女のことを知らなかったのだ。

 知らないはずだ。
 しかし潤子も拓哉も、それを奇妙には感じなかった。

「…うふふ、なんでかしら。
 なんだか今、とても懐かしい感じがしたわ。」

 懐かしい。幸せな、大好きな響き…。
 二人は確認しあうように、もう一度名前を口にした。
 豊花、と。

「………ゆたか……。」

 ノートを見つめたままそう呟いたのは稔だ。
 潤子と拓哉だけではない。稔もまた、その響きに確かに心惹かれていた。

 字の周りに散りばめられた、たくさんの花のイラスト。
 豊かに咲き乱れる花々は、その少女を強く印象付けている。

 稔は二人と同じように、目を細めて“豊花”のイラストを見つめた。
 大切な人を想う…。そんな気持ちを抱いて。
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