アンダーサイカ -旧南岸線斎珂駅地下街-

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第10章 哩【とおいところ】

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「豊花ー!こっちこっちー!」

 午前9時。図書館に行くと、もう潤ちゃんと拓くんが待っていた。

 暑いんだから屋内に入って待っててくれればいいのに、ガラスのドアの前に二人はいて、何より驚いたのは、遅刻常習犯の拓くんが、ちゃんと時間どおり集合場所にいたことだ。

「あー、今日は私がビリかぁ。
 ごめんね、待たせちゃったよね。」

 ちょっと申し訳なく謝ると、潤ちゃんは拓くんを指差しながら、

「んーん、全然オッケーよ!こいつが早すぎただけだから!」

「オイ、おれはちゃんと時間どおりに来たんだぞ?」

 ムスーッとふてくされる拓くんに、私は思わず笑ってしまった。

 いつもどおりの、皆でのお喋りのはずなのに、…それがなんだか、すごく懐かしく思えた。
 なぜかな?

 涼しい図書館の中のいつもの席に移動する。ここ最近通いだしてから、パソコンルームの窓際の席は私たちの特等席となっていた。

 早い時間だから、まだ人も少ない。三台のパソコンの電源を入れて、今日もグループ研究の始まりだ。

 …でも、

「……んん~、なかなか良いアイデア浮かばないわねぇ。
 草花研究よりもスタイリッシュでインパクトがある企画……企画…んも~…。」

「牛か。」

 余計な一言が引き金となって、潤ちゃんに首を絞められてる拓くんは自業自得だ。

 それにしても、…決まらない。
 夏休み前にいくつか研究の案を出した気がするんだけど、いろんな理由で却下せざるを得なくなってしまった。
 もうすぐ一週間が経とうとしてるんだ。
 そろそろテーマを固めてしまいたいところなのに。

「アレでいいじゃん。
 商店街のさ、ケーキ屋の看板猫のジロキチ特集とか。」

「それは優太ゆうたくんチームがやってたと思うよ。」

「え…。」

 すると拓くんが露骨に驚いた顔をした。

「なんだよおぉぉ…。
 もうこの町に調べられるモンなんて無いんじゃねえ?
 どっかのグループとカブるのも何かシャクだし……くそぉ、モヤモヤするなぁ。
 アイデアよ出て来いぃぃ…。」

「あら?拓哉、今日はえらく真面目ね。」

 確かに。いつもの拓くんなら「何でもいい」とか「面倒臭い」とか言いそうなものなのに。
 でもどうやら拓くんには、拓くんなりの事情があるようだった。

「…夏休み前に優太に聞いたんだけどさ、あいつ、卒業したら遠い中学行くらしいんだよな。」

「え?」
「そうなの?」

 私と潤ちゃんの声が揃った。
 優太くんは、拓くんとかなり仲の良い男の子だ。
 その優太くんが、卒業したら遠い所へ行ってしまうなんて…。

「全然知らなかったよ…。」

「だろうなぁ。
 …あいつまだ、おれにしか打ち明けてないんだよ。」

 やれやれまったく…と呟きながらも、拓くんの横顔はちょっと悲しげだ。
 拓くんには思うところがあるらしい。だってその呟きのあとに、

「……なぁ。
 もし、おれ達も遠くへ行くことになって、離れ離れになってもさ…、豊花も潤子も、おれのこと忘れないよな?」

 どこか弱々しい声で、そんなことを言うんだもの。

「優太、言ってたんだ。
 “遠くへ行ったら皆は自分のことを忘れるかもしれない。それがつらくて、皆に言い出せない”…って。
 …おれ、友達と離れ離れになったことないからよく分かんねーんだけど…、でもきっと、大事な友達のことを忘れたりなんかしないと思うんだ。
 …だっておれさ、優太のことも、何より豊花や潤子のことも、すっげー大好きだからさ。」

 拓くんの「大好き」の台詞を聞いた時、潤ちゃんが目を更に丸くした。

 拓くんは馬鹿正直な部分がある。けどそれは、素直なとても良いお馬鹿さんだ。
 そんな拓くんが私たちを忘れるわけがない。

「…うふふふ。
 もちろんよ、拓哉。」

「私たちだって拓くん大好きだもの。忘れないよ。」

 “忘れないよ”。

 ―――あれ…?

 なぜか一瞬、その「忘れない」って言葉に引っ掛かりを覚えた。
 なんだろう…。私自身は今、何か忘れていることがある…?

「……?」

 無意識に胸に手を乗せる。
 こうして思い出せたら苦労はしないんだけど。
 それを見た潤ちゃんも拓くんも、

「豊花、どうしたの?具合悪いの?」

「どーした豊花?」

 心配そうに訊ねてくれた。

「…っ。」

 嬉しい。
 …けど心配させるのは良くないことだ。
 私は胸からパッと手を離し、「何でもない」の意味を込めてパタパタと横に振った。

「ううん、平気だよ。何でもないの。」

 思い出せないのは、本当だから…。

 もうひとつ。私は拓くんの話を聞いていて、ちょっと気にかかることがあったんだ。

「……………。
 ………あのね、潤ちゃん、拓くん。」

「ん?」
「なんだ?」

「もし離れ離れになって、一生会えなくなっちゃってもさ、私たち、ずうっと友達?」

 ―――長い長い時間とか、遠い遠い距離という壁は、…“友達”という称号を風化させてしまわない…?

 それが私の気がかりのひとつだった。
 しかし、

「なぁに言ってるのよ!!
 会いに行けないなら手紙や郵便があるじゃない。
 誕生日にはすんごいプレゼント送ってあげるわよ!」

 潤ちゃんは高らかにそう言い切り、

「へへん、電話だってあるぞ!!毎晩だってかけてやらぁ!
 …あ、でも朝っぱらは眠いから勘弁なっ。」

 拓くんは陽気に、そう答えてくれた。

 訊ねておきながら私はキョトンとしちゃって、予想外に楽しそうな顔の二人を見比べるばかりだ。

「ね、豊花。こうして四六時中ピッタリくっついてることばっかりが“友達”じゃないのよ。
 顔が見れなくたって、近況が分からなくたって、最悪今どこにいるか分からなくなったって、あたし達には豊花が一番大事な友達。
 あたしや拓哉が心に描く友達はいつも、あんたよ。」

 潤ちゃんは、いつもの元気な笑みを私に向けてくれる。
 心を潤してくれるその笑みが私は大好きで、大好きで…―――。

「…うん、そうだね…っ。
 えへへ…、ごめん、変な質問しちゃって…。」

 うつむいた瞬間、目頭がじんわりと熱くなったんだ。


「――あっ、そうだ!!
 なあ、おれ達のグループ研究のテーマさ、“クラスの皆の将来の夢調査”なんてどうだ!?
 卒業してクラスの皆がバラバラになってもさ、それぞれ夢に向かって頑張ってると思ったら寂しくないだろ!?」

 拓くんの提案に、潤ちゃんが思わず両手を叩いた。

「良いわね、それ!
 連絡網使って電話で聞き込みすればいいんだし、あちこち駆け回って調査するより効率的じゃない!拓哉にしては名案よ!」

「おいこら、“拓哉にしては”ってどういう意味だよ?」

 たちまちその場は笑顔と笑い声に包まれた。

「ねえ、豊花は将来何になりたいのよ?」

「えー、なんだろう。
 お店屋さんは何でも楽しそうだよね!」

「おれは絶対、特撮ヒーロー!」

「拓哉ったら陳腐ちんぷねぇ。」

「…ち、チンプ?よく分かんねーけどバカにするなよな!大事な夢だ!」

「あはははっ…――。」

 将来の夢…。ケーキ屋さんとかお花屋さんとか、素敵なものはたくさんだ。
 あれになりたい、これになりたい。その後の私たちの話題は、将来の夢一色に変わり、結局見かねた司書さんに「もう少し静かにね」と注意されるまで楽しいお喋りは続いた…――。


 ***


 グループ研究のテーマが“皆の将来の夢調査”に決まっただけでも、今日の大きな収穫だ。
 …私にはその前の、潤ちゃんと拓くんとの友情を再確認できたことが何よりの…大切な経験だったけど。

 ノートにまずは私たち三人の将来の夢を書いてから、この日は解散することになった。
 夏の夕方の、まだ辺りが明るい時間帯だ。

「じゃあ、ノルマね!
 あたしと拓哉で、クラスメートの将来の夢を電話で聞くから、豊花は発表の構成を考えといて!しばらくは集まりは無しだから!
 じゃあ、解散!」

 潤ちゃんのよくとおる号令に従い、私たちは各々の帰路につく…

 …のだけど、私はいつまでも、反対方向へ帰っていく潤ちゃんと拓くんに大きく手を振っていた。

「……そうだよね。
 忘れたりなんかしない。大好きな人たちだもの…。」

 それは自分自身に言い聞かせるような呟きだった。

 と、同時に…、

「…でも、なんでこんな…焦ってるの?私………。」

 心に不可解なざわめきが溢れて、落ち着かなくなっていた。
 潤ちゃんたちと話していた時にもあった感覚。それがどんどん…強く大きくなってくる。

「………なんなの……っ?」

 早く、早く、急がなきゃ。
 私は“何か”をしなくちゃいけない。
 “何か”を思い出さなくちゃいけない。

 それが何なのかも分からないのに、“何かを忘れてる”ことだけはハッキリと意識できた。

「うぅぅっ……!!」

 頭が痛い。まるで誰かが、脳みそを突き破ってでも外に出て来ようとしてるみたい。

「…いたいっ…、やめてよ、やめて…!!痛い…ッ!」

 ギュウッと頭を抱えてその場にしゃがみ込む。
 頭痛はどんどん激しくなっていって、あまりの恐怖に“死”さえ意識してしまった。

 ……その時だ。


「―――…ヨ シヤ………?」


 ふっと、浮かんだひとつの名前。
 誰かも分からない名前のはずなのに私は、それを口にした瞬間、

「……あっ、あぁぁあ…!!」

 ぴったり閉じられていた宝箱の蓋が、開くように、

「…あぁ、…あぁぁ…!!
 …ヨシヤ…!ヨシヤ……!」

 思い出した。
 全部、全部、全部。
 あの奇妙な世界のことも、奇妙なオバケたちのことも、稔兄ちゃんのことも、そして、身代わりとなって私を逃がしてくれた、優しいヨシヤのこと。

 どうして忘れていたんだ。こんな大切なこと。
 ヨシヤの最後の言葉が、私の胸を強く強く打つ。

『…どうか僕のこと、忘れちゃったりしないでくださいね―――。』


「…忘れないでって…ヨシヤ言ってたのに、私は……!!」

 いても立ってもいられなくなった。
 私は踵を返すと、そのまま力の限りに走り出す。
 目指すは……旧斎珂駅地下街。

 アンダーサイカへ。
 私とヨシヤが出会った、あの世界へ。

「…ヨシヤッ…、稔兄ちゃん、みんな待ってて……!きっと…!!」

 方法なんか分からないけど、きっと私が、

 ―――助けるから…っ!!


 ヨシヤが助けてくれたように。
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