アンダーサイカ -旧南岸線斎珂駅地下街-

唄うたい

文字の大きさ
上 下
34 / 39
第10章 哩【とおいところ】

10-2

しおりを挟む
「豊花ー!こっちこっちー!」

 午前9時。図書館に行くと、もう潤ちゃんと拓くんが待っていた。

 暑いんだから屋内に入って待っててくれればいいのに、ガラスのドアの前に二人はいて、何より驚いたのは、遅刻常習犯の拓くんが、ちゃんと時間どおり集合場所にいたことだ。

「あー、今日は私がビリかぁ。
 ごめんね、待たせちゃったよね。」

 ちょっと申し訳なく謝ると、潤ちゃんは拓くんを指差しながら、

「んーん、全然オッケーよ!こいつが早すぎただけだから!」

「オイ、おれはちゃんと時間どおりに来たんだぞ?」

 ムスーッとふてくされる拓くんに、私は思わず笑ってしまった。

 いつもどおりの、皆でのお喋りのはずなのに、…それがなんだか、すごく懐かしく思えた。
 なぜかな?

 涼しい図書館の中のいつもの席に移動する。ここ最近通いだしてから、パソコンルームの窓際の席は私たちの特等席となっていた。

 早い時間だから、まだ人も少ない。三台のパソコンの電源を入れて、今日もグループ研究の始まりだ。

 …でも、

「……んん~、なかなか良いアイデア浮かばないわねぇ。
 草花研究よりもスタイリッシュでインパクトがある企画……企画…んも~…。」

「牛か。」

 余計な一言が引き金となって、潤ちゃんに首を絞められてる拓くんは自業自得だ。

 それにしても、…決まらない。
 夏休み前にいくつか研究の案を出した気がするんだけど、いろんな理由で却下せざるを得なくなってしまった。
 もうすぐ一週間が経とうとしてるんだ。
 そろそろテーマを固めてしまいたいところなのに。

「アレでいいじゃん。
 商店街のさ、ケーキ屋の看板猫のジロキチ特集とか。」

「それは優太ゆうたくんチームがやってたと思うよ。」

「え…。」

 すると拓くんが露骨に驚いた顔をした。

「なんだよおぉぉ…。
 もうこの町に調べられるモンなんて無いんじゃねえ?
 どっかのグループとカブるのも何かシャクだし……くそぉ、モヤモヤするなぁ。
 アイデアよ出て来いぃぃ…。」

「あら?拓哉、今日はえらく真面目ね。」

 確かに。いつもの拓くんなら「何でもいい」とか「面倒臭い」とか言いそうなものなのに。
 でもどうやら拓くんには、拓くんなりの事情があるようだった。

「…夏休み前に優太に聞いたんだけどさ、あいつ、卒業したら遠い中学行くらしいんだよな。」

「え?」
「そうなの?」

 私と潤ちゃんの声が揃った。
 優太くんは、拓くんとかなり仲の良い男の子だ。
 その優太くんが、卒業したら遠い所へ行ってしまうなんて…。

「全然知らなかったよ…。」

「だろうなぁ。
 …あいつまだ、おれにしか打ち明けてないんだよ。」

 やれやれまったく…と呟きながらも、拓くんの横顔はちょっと悲しげだ。
 拓くんには思うところがあるらしい。だってその呟きのあとに、

「……なぁ。
 もし、おれ達も遠くへ行くことになって、離れ離れになってもさ…、豊花も潤子も、おれのこと忘れないよな?」

 どこか弱々しい声で、そんなことを言うんだもの。

「優太、言ってたんだ。
 “遠くへ行ったら皆は自分のことを忘れるかもしれない。それがつらくて、皆に言い出せない”…って。
 …おれ、友達と離れ離れになったことないからよく分かんねーんだけど…、でもきっと、大事な友達のことを忘れたりなんかしないと思うんだ。
 …だっておれさ、優太のことも、何より豊花や潤子のことも、すっげー大好きだからさ。」

 拓くんの「大好き」の台詞を聞いた時、潤ちゃんが目を更に丸くした。

 拓くんは馬鹿正直な部分がある。けどそれは、素直なとても良いお馬鹿さんだ。
 そんな拓くんが私たちを忘れるわけがない。

「…うふふふ。
 もちろんよ、拓哉。」

「私たちだって拓くん大好きだもの。忘れないよ。」

 “忘れないよ”。

 ―――あれ…?

 なぜか一瞬、その「忘れない」って言葉に引っ掛かりを覚えた。
 なんだろう…。私自身は今、何か忘れていることがある…?

「……?」

 無意識に胸に手を乗せる。
 こうして思い出せたら苦労はしないんだけど。
 それを見た潤ちゃんも拓くんも、

「豊花、どうしたの?具合悪いの?」

「どーした豊花?」

 心配そうに訊ねてくれた。

「…っ。」

 嬉しい。
 …けど心配させるのは良くないことだ。
 私は胸からパッと手を離し、「何でもない」の意味を込めてパタパタと横に振った。

「ううん、平気だよ。何でもないの。」

 思い出せないのは、本当だから…。

 もうひとつ。私は拓くんの話を聞いていて、ちょっと気にかかることがあったんだ。

「……………。
 ………あのね、潤ちゃん、拓くん。」

「ん?」
「なんだ?」

「もし離れ離れになって、一生会えなくなっちゃってもさ、私たち、ずうっと友達?」

 ―――長い長い時間とか、遠い遠い距離という壁は、…“友達”という称号を風化させてしまわない…?

 それが私の気がかりのひとつだった。
 しかし、

「なぁに言ってるのよ!!
 会いに行けないなら手紙や郵便があるじゃない。
 誕生日にはすんごいプレゼント送ってあげるわよ!」

 潤ちゃんは高らかにそう言い切り、

「へへん、電話だってあるぞ!!毎晩だってかけてやらぁ!
 …あ、でも朝っぱらは眠いから勘弁なっ。」

 拓くんは陽気に、そう答えてくれた。

 訊ねておきながら私はキョトンとしちゃって、予想外に楽しそうな顔の二人を見比べるばかりだ。

「ね、豊花。こうして四六時中ピッタリくっついてることばっかりが“友達”じゃないのよ。
 顔が見れなくたって、近況が分からなくたって、最悪今どこにいるか分からなくなったって、あたし達には豊花が一番大事な友達。
 あたしや拓哉が心に描く友達はいつも、あんたよ。」

 潤ちゃんは、いつもの元気な笑みを私に向けてくれる。
 心を潤してくれるその笑みが私は大好きで、大好きで…―――。

「…うん、そうだね…っ。
 えへへ…、ごめん、変な質問しちゃって…。」

 うつむいた瞬間、目頭がじんわりと熱くなったんだ。


「――あっ、そうだ!!
 なあ、おれ達のグループ研究のテーマさ、“クラスの皆の将来の夢調査”なんてどうだ!?
 卒業してクラスの皆がバラバラになってもさ、それぞれ夢に向かって頑張ってると思ったら寂しくないだろ!?」

 拓くんの提案に、潤ちゃんが思わず両手を叩いた。

「良いわね、それ!
 連絡網使って電話で聞き込みすればいいんだし、あちこち駆け回って調査するより効率的じゃない!拓哉にしては名案よ!」

「おいこら、“拓哉にしては”ってどういう意味だよ?」

 たちまちその場は笑顔と笑い声に包まれた。

「ねえ、豊花は将来何になりたいのよ?」

「えー、なんだろう。
 お店屋さんは何でも楽しそうだよね!」

「おれは絶対、特撮ヒーロー!」

「拓哉ったら陳腐ちんぷねぇ。」

「…ち、チンプ?よく分かんねーけどバカにするなよな!大事な夢だ!」

「あはははっ…――。」

 将来の夢…。ケーキ屋さんとかお花屋さんとか、素敵なものはたくさんだ。
 あれになりたい、これになりたい。その後の私たちの話題は、将来の夢一色に変わり、結局見かねた司書さんに「もう少し静かにね」と注意されるまで楽しいお喋りは続いた…――。


 ***


 グループ研究のテーマが“皆の将来の夢調査”に決まっただけでも、今日の大きな収穫だ。
 …私にはその前の、潤ちゃんと拓くんとの友情を再確認できたことが何よりの…大切な経験だったけど。

 ノートにまずは私たち三人の将来の夢を書いてから、この日は解散することになった。
 夏の夕方の、まだ辺りが明るい時間帯だ。

「じゃあ、ノルマね!
 あたしと拓哉で、クラスメートの将来の夢を電話で聞くから、豊花は発表の構成を考えといて!しばらくは集まりは無しだから!
 じゃあ、解散!」

 潤ちゃんのよくとおる号令に従い、私たちは各々の帰路につく…

 …のだけど、私はいつまでも、反対方向へ帰っていく潤ちゃんと拓くんに大きく手を振っていた。

「……そうだよね。
 忘れたりなんかしない。大好きな人たちだもの…。」

 それは自分自身に言い聞かせるような呟きだった。

 と、同時に…、

「…でも、なんでこんな…焦ってるの?私………。」

 心に不可解なざわめきが溢れて、落ち着かなくなっていた。
 潤ちゃんたちと話していた時にもあった感覚。それがどんどん…強く大きくなってくる。

「………なんなの……っ?」

 早く、早く、急がなきゃ。
 私は“何か”をしなくちゃいけない。
 “何か”を思い出さなくちゃいけない。

 それが何なのかも分からないのに、“何かを忘れてる”ことだけはハッキリと意識できた。

「うぅぅっ……!!」

 頭が痛い。まるで誰かが、脳みそを突き破ってでも外に出て来ようとしてるみたい。

「…いたいっ…、やめてよ、やめて…!!痛い…ッ!」

 ギュウッと頭を抱えてその場にしゃがみ込む。
 頭痛はどんどん激しくなっていって、あまりの恐怖に“死”さえ意識してしまった。

 ……その時だ。


「―――…ヨ シヤ………?」


 ふっと、浮かんだひとつの名前。
 誰かも分からない名前のはずなのに私は、それを口にした瞬間、

「……あっ、あぁぁあ…!!」

 ぴったり閉じられていた宝箱の蓋が、開くように、

「…あぁ、…あぁぁ…!!
 …ヨシヤ…!ヨシヤ……!」

 思い出した。
 全部、全部、全部。
 あの奇妙な世界のことも、奇妙なオバケたちのことも、稔兄ちゃんのことも、そして、身代わりとなって私を逃がしてくれた、優しいヨシヤのこと。

 どうして忘れていたんだ。こんな大切なこと。
 ヨシヤの最後の言葉が、私の胸を強く強く打つ。

『…どうか僕のこと、忘れちゃったりしないでくださいね―――。』


「…忘れないでって…ヨシヤ言ってたのに、私は……!!」

 いても立ってもいられなくなった。
 私は踵を返すと、そのまま力の限りに走り出す。
 目指すは……旧斎珂駅地下街。

 アンダーサイカへ。
 私とヨシヤが出会った、あの世界へ。

「…ヨシヤッ…、稔兄ちゃん、みんな待ってて……!きっと…!!」

 方法なんか分からないけど、きっと私が、

 ―――助けるから…っ!!


 ヨシヤが助けてくれたように。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

借金した女(SМ小説です)

浅野浩二
現代文学
ヤミ金融に借金した女のSМ小説です。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

女豹の恩讐『死闘!兄と妹。禁断のシュートマッチ』

コバひろ
大衆娯楽
前作 “雌蛇の罠『異性異種格闘技戦』男と女、宿命のシュートマッチ” (全20話)の続編。 https://www.alphapolis.co.jp/novel/329235482/129667563/episode/6150211 男子キックボクサーを倒したNOZOMIのその後は? そんな女子格闘家NOZOMIに敗れ命まで落とした父の仇を討つべく、兄と娘の青春、家族愛。 格闘技を通して、ジェンダーフリー、ジェンダーレスとは?を描きたいと思います。

坊主女子:スポーツ女子短編集[短編集]

S.H.L
青春
野球部以外の部活の女の子が坊主にする話をまとめました

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

秘密のキス

廣瀬純一
青春
キスで体が入れ替わる高校生の男女の話

処理中です...