アンダーサイカ -旧南岸線斎珂駅地下街-

唄うたい

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第8章 嘘【うそ】

8-4

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 語り終えた時、ヨシヤはとても満ち足りた顔をしてた。

 うっすら浮かべた笑みも自嘲なんかじゃなくて、この先の行く末すら見通したみたいで。

「…死にたくなかった。父さんや母さんの真っすぐな愛情を受けたかった。僕は誰かから愛されたかった…。
 アンダーサイカでの長い長い孤独の中で、僕はいつ壊れてもおかしくなかったんです。
 ……今の、ミノルくんのように。」

 焼け爛れた腕を押さえつけて、稔兄ちゃんは強く強くヨシヤを睨む。
 その姿はとても恐ろしい。稔兄ちゃんの、人の心が壊れたことを象徴しているようで、見ているだけで涙が出そうになった。

 それはヨシヤも同じ。悲しげに稔兄ちゃんを見つめている。憐れんでいることは、すぐに分かった。

「…薬屋…そんな、そんな目を向けるなよ…っ。
 お前は、ボクに憧れてたじゃないか!この姿に…なりたがってたじゃないか!!」

 その叫びに対するヨシヤの返答は、

「…ミノルくん、僕はきみの勇気に憧れたんです。
 人鬼に憧れたことなんて、一度もありませんよ…。」

 ただただ、苦しそうだった。

 その返答を聞いた稔兄ちゃんは言い返すこともできず、唇を噛み締める…。

 …ヨシヤも稔兄ちゃんも本当は分かっていたんだ。人鬼になったって幸せになれるわけじゃない。醜い姿になって、敵対されて、あとはただ食べるだけ…。
 そんなおぞましい存在にならないとアンダーサイカからは逃げられない。
 ヨシヤはそれが恐ろしかったんだ…。そして稔兄ちゃんはそれを知った上で、人鬼に…――。

 けれどもヨシヤの言葉は、稔兄ちゃんの感情を強く強く刺激した。

「ふざけるな…っ、今更…、今更お前まで…!!
 お前まで、ボクを独りにするのかよッ!!!」

 突然、稔兄ちゃんが両手を大きく広げた。
 それに呼応するように、背後の壁に整列していた包丁すべてが宙に浮き、稔兄ちゃんの傍らに控える。
 切っ先を、私とヨシヤに向けて。

「…ひっ…!」

 思わず声を上げた私を、

「…っ!」

 ヨシヤはとっさに強く抱きしめ、庇おうとした。

 その直後だ。
 包丁が、敵を見つけた蜂の群れみたいに、私たち目掛けて飛び掛かってくる。
 無数の風切り音が、獣の唸り声のよう。

「…稔兄ちゃん…っ!!!」

 私はヨシヤの頭に手を回し、しがみついた。


 けれど包丁の猛攻は、バババババッ――という更に大きな音によって消された。

「っ!?」

 稔兄ちゃんが息を呑むのが分かった。

「ユタカ!薬屋…!!早く離れろ!!」

「っ、キョウくん…!」

 顔を上げた私が見たのは、キョウくんを中心に真横二列に整列し、銃剣を構えた警備員さんたち…警備隊だった。

 すべての銃口から細い煙が立ち上っている。
 皆が一斉に銃を撃った理由は、

「…さすが、伊達だてに数百年も警備員をしているだけのことはありますね…。」

 呆れとも感心ともとれる声を出したヨシヤが説明してくれた。
 まさに神業。キョウくんたちはあの包丁すべてを“撃ち落とした”のだ。

「すごい……!」

 …でも、包丁に向かって銃を撃ったとすると、

「ッ、稔兄ちゃん……!!」

 その中央にいた稔兄ちゃんが無事で済むはずがない。

 硝煙の中に佇む、稔兄ちゃんの影に声をかける。
 影は、ゆらりとよろめいた。

「…っ!!
 稔兄ちゃん…っ、稔兄ちゃん返事して…!」

「…豊花ちゃん、まだ危険です…!」

 身を乗り出したところを、ヨシヤが強く押さえ付けた。

 …私の頭の中では恐怖と、不安が混乱し合っている。
 稔兄ちゃんがまた攻撃してくるのではという恐怖が強いのに、それ以上に、稔兄ちゃんが死んでしまったらどうしよう…とも思ってるんだ。

 どうしようもないのに。稔兄ちゃんが無事生きていたって、私にはその後の彼を救うことなんてできないのに、無責任にも私は“生きててほしい”と願ってる…。

 煙の中から一歩、また一歩と進み出てきた稔兄ちゃんは、

「……ゲホッ、…ぅぐ…、うぅぅ…う…。」

 大きく、いびつに変形した真っ黒な両腕を使って、顔や胴体を守っていた。
 それでも防ぎきれなかった弾が脚や脇腹をかすめていて、苦しそうな息遣いが聞こえてくる…。

「……くるしい…あつ、い……っ。あついよ…豊花…!」

「っ、稔兄ちゃん……!」

 稔兄ちゃんは泣いていた。苦しい、熱いと。
 私は稔兄ちゃんの傍に駆け寄りたかった。駆け寄って、抱きしめたかった。
 でもそれを、ヨシヤは許してはくれない。

「豊花ちゃん、お願いです。下がってください…。警備員さん達の近くへ。」

「…っ、で、でも…!
 稔兄ちゃんきっと、もう襲い掛かってこないよ…!」

「…そうじゃありません。」

 ヨシヤがつらそうに唇を噛み締めた。

 …のと同時に、


 ――ジリリリリリリッ!!!!


 警鐘が、鳴った。

 ヨシヤが決まりを破ってお店の外に出た時よりも、ついさっきのけたたましい警鐘よりも、ハッキリと頭の中に響いてくる。

 私にはその意味が分からなかったけど、つらそうにするヨシヤには分かるみたいだ。

「…ヨシヤ…。これは、何なの…?」

 ―――何が起ころうとしているの?

 私の問いを待っていたと言わんばかりにヨシヤは、無理矢理笑顔を作ってこう言い放つ。


「さあ。審判の時ですよ、ミノルくん…。」
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