アンダーサイカ -旧南岸線斎珂駅地下街-

唄うたい

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第8章 嘘【うそ】

8-1

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 オレは吉沢よしざわ。社会人一年目の、どこにでもいるような普通のサラリーマン。
 …それでも普通じゃない部分を上げるとするなら、小学時代、ある一人の生徒に酷いイジメを受けたことだろう。

 いいや、オレだけじゃない。
 クラスの半分以上がその生徒に怯えて、奴隷か何かみたいな扱いを受けてた。
 その中でもオレと親友の住田すみだは特に酷かった。

『お前たちはずっとボクの犬だ。いいな?』

 今でもあいつを怖がる奴は大勢いる。
 死んでから10年も経つはずなのに、あいつの…、…稔のトラウマはずっと心に刻み込まれているんだ。


「吉沢、ボクの机が曲がってるよ。」

 稔が少しだけ不機嫌そうにオレに言った。見れば確かに、一番後ろの稔の机が、列からほんの少しずれている。
 だがそんなの普通じゃないか?もっと歪んでる机なんてそこらじゅうにある…。

 ……なんて指摘を、オレができるはずなかった。

「…あ、あぁ。悪い、稔…。」

 何も関係ないのに、慌てて稔の机を周りにピッタリと合わせる。
 すると稔はやっと笑顔になって、

「ポイント追加しとくから。」

 それだけを告げた。

 ポイントっていうのは、稔が独自に生徒どれい一人一人を数値化していること。
 稔の役に立てばポイントが貰え、一定のポイントが貯まった奴は…、

長井ながい、これ欲しがってたCDだよね。あげるよ。」

「…えっ?
 ぁ、あ、ありがとう…!」

 長井は、真っ青になったり真っ赤になったり忙しなく表情を変えて、稔から与えられた報酬を受け取っていた。
 “稔に良くすればご褒美が貰える。”
 そんな、犬の調教みたいなルールがこのクラスには出来上がっていた…。

 ポイントが多い奴にはご褒美が出る。
 逆にポイントが下がった奴にはペナルティ……早い話が、お仕置きが待っている。

「…住田、ボクの代わりに委員会の資料作っといてって言ったよね?ボクは忙しいから、同じ委員のお前に頼んだんだけど。」

 頼んだじゃなく、“命じた”だろ。
 そう思っても、間違っても口にしちゃいけない。クラス全員が思ったことでも…だ。

「…知らねぇよ。おれだってサッカーの練習があったんだ。もともとお前が任されたことだろ?」

 住田の反抗に、クラス中がざわめいた。
 一番仲良いオレは住田のことをよく知っていた。
 住田はかなり気の強い奴で、稔の絶対王政にはずっと不満を持っていたんだ。
 以前から何度か稔に命令され、その都度小さな反抗を繰り返してきた住田…。

 …だが、

「大将ぶってんじゃねぇよ。
 おれは絶対お前に従わねぇからな!」

 今回ばかりは、いつもに増してひどい反抗だった。

 ぴき…と、その本当に微かな音を聞いたのは、稔のすぐ横にいたオレだけだと思う。
 稔の顔から笑みが消えていた。

「住田、今謝るなら許してあげるけど。」

 声は穏やかだ。
 だが直感した。“稔は住田を許さない。”

 案の定、我を通そうとする住田の答えは、

「謝るようなことなんてしてないだろうが。バーカ。」

「ふぅん、そう。」

 稔はそう答えただけで、それ以上何も言わなかった。
 周りの生徒も、そして住田も、今ので稔を言い負かせたと思ったんだ。その時は。

 …けどオレは、一瞬だけ見えた稔の“嬉しそうな顔”に、吐き気にも似た不安感が込み上げて止まらなかった…。


 住田が一家心中したと知らされたのは、それから数日が経ってからだった。


「………あいつ、あいつが…あいつが…すみ、住田の、…、」

 あいつが住田の両親を犯罪者に仕立て上げた。
 電話番号や住所を変えても止まない誹謗中傷に精神を病み、両親の憔悴ぶりがストレスとなって疲弊しきった住田は、両親と一緒に自宅で首を吊った。

 あの日からオレ達にとって稔は絶対的な存在になったんだ。
 絶対的な支配者に。

「…もう、いやだ……いやだ!稔は…あんな想いはもう…!!」

「落ち着け吉沢…!稔はもう死んだんだよ…。こないだ俺達が見た稔の妹だって、稔とは全然違うじゃないか。」

 違うんだよ。

「……ちがう、ちがう…!
 “稔はいた”…!オレには見えたんだ…!!
 あの子の隣で12歳の稔が笑ってた…!!“嬉しそう”に!!」

 それから…、それから……―――、

「…稔を見たとたん、体がうご…動かなく、なった…!
 あいつが何かしたんだ…!だってそうだろ?稔がいたんだから…っ、稔が…!!!」

「落ち着けって…!!さっきから変だよお前!
 馬鹿じゃねぇの…っ?
 俺だってもう聞きたくねぇんだよ、稔の話なんて!!」

 そう言われても、オレはしばらく譫言のように稔の名前を呟き続けた。

 …まだ瞼の裏に残ってるんだ。
 オレを嘲笑う、稔の顔が……。
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