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第7章 喰【たべる】
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長すぎる警鐘に早くも耳鳴りを起こしながら、僕は店の入り口から外を覗きます。
相変わらずの暗い廊下。しかし、周りの店からもちらほら顔を出している商売人が見受けられました。
「………。」
何が起こっているのでしょう。今まで経験したことのない事態に、僕は正直戸惑っていました。
―――豊花ちゃんだけは、何としても無事に帰さなければ。
アンダーサイカでの保護者のつもりです。
思い立つが早いか、僕は踵を返そうとして、
「…薬屋…!!聞け!緊急事態だ!」
「……警備員さん?」
豊花ちゃんに“キョウ”と名乗った警備員さんに呼び止められました。
軍服姿に銃剣装備はさっき会った時と変わりません。…しかし今は、だいぶ焦った顔をしています。
よく見れば、彼だけではありません。彼よりもずっと背の高い者、恰幅の良い者、女性も。1番街ではない他の区域を担当する警備員達が、こぞって1番街に押し寄せていたのです。
ここまで見せられては、通常事態と考えるほうが無理がありました。
「…何事ですか?」
警備員さんは息を整え、ハッキリと答えます。
「……人鬼だ。配達員が殺された。
…真っ二つに喰いちぎられ、上半身だけが持ち去られた。」
「え……?」
***
「うぅ………。」
警鐘は一向に止む気配がない。
耳が慣れてしまったのだろうか。痛みは無くなったけど不快感はずっと続いてる。
―――ヨシヤは大丈夫かな…。
心配になって見に行こうかとも思ったけど、
「…ダメだ。ここにいなきゃ。」
グッと我慢して、その場に収まる。
外のざわめきが警鐘よりも大きくなっていく。一体何が起こっているんだろう。ヨシヤにはここにいろって言われたけど、
「………うぅ……。」
この状況で一人ぼっちは…やっぱり怖いよ。
「……ヨシヤ。…キョウくん…。…マサちゃん…。」
聴こえるはずもないのに誰かの名前を呼んでいないと落ち着かなかった。
「潤ちゃん…拓くん……。
…お母さん…。……お父さん……。」
ここにいない人に無性に会いたいのも、寂しさのせいだきっと。
「………稔兄ちゃん…!」
「うん、豊花。
ボクはここにいるよ。」
「…………え?」
何の前触れもなく警鐘がピタリと止んだために、その知らない声は、ハッキリと私の耳に届いた。
知らない、男の子の声。
私の名前を知る、人…。
ゆっくりゆっくり顔をあげる。
対面に、知らない男の子が座っていた。
「……誰?」
同い年くらいで背も同じくらい。短い黒髪の、笑顔の素敵な男の子。
私が唖然としてると男の子は、
「ボクは稔。
お前のお兄ちゃんだよ、豊花。」
そう、名乗った。
―――稔、兄ちゃん…?
『10年前にミノルくんは自殺し、アンダーサイカに“商売人”として幽閉されました。』
ヨシヤの言葉が反芻する。
じゃあこの男の子は…、まさか本当の、本当に…?
「稔、兄ちゃん…?
本当の…、本物の稔兄ちゃん…!?」
「ああ、そうだよ。」
「本当に…!?
稔兄ちゃんなんだね…!?」
私は何度も確認した。何度も名前を呼んで、彼が…稔兄ちゃんだという証明が欲しかった。
「ふふ…。だから、何度も言ってるじゃん。
ボクは稔だよ。…久しぶりだね、豊花。」
「………っ!!」
胸がギュッと締め付けられる。
私はひどく感動していたんだ。だってこの人は…稔兄ちゃんは、私の思い描いていた優しいお兄ちゃんそのもので…。
堪えきれなかった。私は二人を隔てていたテーブルを乗り越えて、稔兄ちゃんのすぐ傍まで寄った。
「稔兄ちゃん…!」
近づくとよく分かる。稔兄ちゃんの顔立ちはどこか私と似通ってた。
背丈も体つきも、亡くなった12歳の時のまま変わらなくて。
その同じ体を、私はギュッと抱きしめた。
「…稔兄ちゃん!
良かった…やっぱり稔兄ちゃんは、ちゃんといたんだ…!
作り話なんかじゃなくてっ、ちゃんとここに…!!」
「豊花…。ずっとボクのこと、信じてたの?10年も?」
稔兄ちゃんの泣きそうな声。
でもそれに対しては、私は罪悪感を覚える。
「…本当はちょっとだけ、お母さんの嘘なんじゃないかって疑ったの…。
写真も見せてもらえなかったから…。ごめんね…。
…でも、稔兄ちゃんはちゃんといた!それが嬉しいの…!!」
ただ嬉しい。ずっと会いたかった人に会えた。それが例え死んでしまった人でも…確かにここにいる。
私が稔兄ちゃんの体に手を回しているのと同じように、稔兄ちゃんも私を抱きしめてくれた。
ひどく冷たい。けどそんなの気にならないくらい、私は夢中で。
「……そっか。
母さんたちはボクのこと、豊花にちゃんと教えてくれなかったんだね。
…まぁ、そうだろうね。そのほうが豊花のためだもの。」
「…っ、そんなことないよ!
私こうして稔兄ちゃんに会えて、すっごく嬉しいもの!悪いことなんてない!」
でも気になる。なぜお母さんは頑なに稔兄ちゃんのことを隠したのか…。
稔兄ちゃんは良い子だから嫌われるわけない…。じゃあどうして…。
「……稔兄ちゃん、何があったの…?
なんでお母さんたちは稔兄ちゃんの素顔を隠したりなんか…。
…それに、どうして稔兄ちゃんは自殺なんかしたの?」
「……………。」
稔兄ちゃんは答えにくそうだった。
やっぱり打ち明けづらいことなんだ…。
「……豊花。今、薬屋は?」
「え?」
ふいに稔兄ちゃんの口からヨシヤの話題が出た。
そっか、「友達だ」ってヨシヤ言ってた。
私は首を後ろに向ける。ここからじゃお店の入り口は角度的に見えないけど、たぶんまだヨシヤは戻って来ないだろう。
「ヨシヤはね、さっきの警鐘の様子見に行ってるの。
稔兄ちゃん友達なんだよね?
私、呼んで来ようかっ!」
我ながら良い提案だと思った。
ヨシヤにも改めて紹介したい。私のお兄ちゃんだって。
でも、稔兄ちゃんは首を横に振る。
「…いや、それならいいんだ。
ヨシヤって呼んでるんだね。
ボクは一度も呼ばなかった。」
「あ…。」
そうか。知り合った時、二人は商売人同士…。
名前の支配があるから。
―――ん?でも、じゃあなぜヨシヤは「ミノルくん」って…。
「ねえ豊花、今からボクの店に遊びに来ない?
…ここから少し遠いんだけど、どうしても豊花に見せたいものがあるんだ!」
私の胸に宿った小さな引っ掛かりは、稔兄ちゃんの笑顔の前には跡形もなく消されてしまった。
稔兄ちゃんと一緒にお出かけできる。それがまた嬉しくて、余計なことを考えるのが馬鹿らしく思ってしまったんだ。
「…あ、でもヨシヤにここにいろって…、」
「大丈夫だよ。ボクが付いてるんだから。
ね?おいでよ豊花。」
「うーん………。…うん、じゃあちょっとだけ!」
稔兄ちゃんに手を引かれて、私はお店の裏口から廊下へ出た。
それは、ヨシヤがいる場所とは真逆の方向…―――。
***
「…そうですか。どうりでさっき電話で頼んだ段ボール箱が、まだここにあるはずです。」
憎々しく足元の箱を見下ろします。
口調は軽めですが、内心僕はひどい焦りを感じていました。だって、僕が聞いた人鬼の目撃場所は15番街…。ここ1番街から遠く離れた場所だったのですから。
―――もうこんな所まで来ているなんて…。
「現在、アンダーサイカ中の警備員を集め、1番街中を捜索している。
…じきにお客様方も到着する。
それまでに、人鬼の捕獲に至らないまでも、せめて犠牲者は増やさんようにしなければ。」
「……ええ。同感です。」
正直なところ、商売人が何人喰われようがお客様にバレようが、僕にとっては大したことではありません。
…ただ問題なのは、その人鬼によって豊花ちゃんが殺されないか…ということ。
「…薬屋。まさかとは思うが、ユタカは無事だろうな?」
警備員さんが神妙な顔つきになります。
そうでした。この人は豊花ちゃんを気にかけていた…。安否を知りたがるのも当然です。
なぜか僕は胸を張って答えました。
「ええ、大丈夫ですよ。
居間で待っているよう伝えましたから。
豊花ちゃんは賢い子なんです。こんな状況の中、僕の言い付けを破って外へ出るなんて有り得ませんよ。」
そう。有り得ません。
“向こう”が意図的に接触を試みない限りは。
…しかし念のため。
僕は警備員さんを連れ居間に向かいます。
そこで大人しく待っていてくれる豊花ちゃんの姿を思い浮かべながら。
「豊花ちゃん。」
しかし、どうしたことでしょう。
「え…………?」
居間はもぬけの殻でした。
飲みかけの湯呑みがふたつ置いてあるだけで、そこに豊花ちゃんの姿は無かったのです。
「……薬屋…、ユタカは…っ、ユタカはどうした!!…ここにいたんじゃないのかッ!?」
「…………。」
そんな。有り得ません。
―――目を離したのはほんの数分ほどですよ…?
警備員さんは物凄い剣幕で僕を怒鳴りつけますが、当然のごとく僕には、それを聴き入れる余裕なんてありませんでした。
豊花ちゃんの座っていた座布団を見下ろします。
「襲われた形跡は無い…。では豊花ちゃんは連れ去られたわけではなく、自分から…?」
冷静な分析をした次の瞬間には、
「…豊花ちゃん……ははっ…、どうして、こうなるんですか…?あはっ、ハハ……。」
僕は狂ったように、か細い笑い声をもらし始めました。
「……薬屋、どうなっているんだ?なぜユタカが…?」
「…ハハッ…ふ、くく…っ。」
―――笑いが止まらない。
可笑しいことなんて何も無いのに。
…ただ僕は怖くて怖くて怖くて怖くて怖くて怖くて怖くてひたすらに怖くて。
警備員さんを振り返って、明らかな答えをひとつ口にします。
「…人鬼が…、“ミノルくん”が、豊花ちゃんを殺そうとしています…。」
僕のヒーロー…。
このアンダーサイカから最も早く、地上人を喰べて人鬼に変貌した少年に。
―――勇敢で、そして恐らく、最も恐ろしい人鬼に。
相変わらずの暗い廊下。しかし、周りの店からもちらほら顔を出している商売人が見受けられました。
「………。」
何が起こっているのでしょう。今まで経験したことのない事態に、僕は正直戸惑っていました。
―――豊花ちゃんだけは、何としても無事に帰さなければ。
アンダーサイカでの保護者のつもりです。
思い立つが早いか、僕は踵を返そうとして、
「…薬屋…!!聞け!緊急事態だ!」
「……警備員さん?」
豊花ちゃんに“キョウ”と名乗った警備員さんに呼び止められました。
軍服姿に銃剣装備はさっき会った時と変わりません。…しかし今は、だいぶ焦った顔をしています。
よく見れば、彼だけではありません。彼よりもずっと背の高い者、恰幅の良い者、女性も。1番街ではない他の区域を担当する警備員達が、こぞって1番街に押し寄せていたのです。
ここまで見せられては、通常事態と考えるほうが無理がありました。
「…何事ですか?」
警備員さんは息を整え、ハッキリと答えます。
「……人鬼だ。配達員が殺された。
…真っ二つに喰いちぎられ、上半身だけが持ち去られた。」
「え……?」
***
「うぅ………。」
警鐘は一向に止む気配がない。
耳が慣れてしまったのだろうか。痛みは無くなったけど不快感はずっと続いてる。
―――ヨシヤは大丈夫かな…。
心配になって見に行こうかとも思ったけど、
「…ダメだ。ここにいなきゃ。」
グッと我慢して、その場に収まる。
外のざわめきが警鐘よりも大きくなっていく。一体何が起こっているんだろう。ヨシヤにはここにいろって言われたけど、
「………うぅ……。」
この状況で一人ぼっちは…やっぱり怖いよ。
「……ヨシヤ。…キョウくん…。…マサちゃん…。」
聴こえるはずもないのに誰かの名前を呼んでいないと落ち着かなかった。
「潤ちゃん…拓くん……。
…お母さん…。……お父さん……。」
ここにいない人に無性に会いたいのも、寂しさのせいだきっと。
「………稔兄ちゃん…!」
「うん、豊花。
ボクはここにいるよ。」
「…………え?」
何の前触れもなく警鐘がピタリと止んだために、その知らない声は、ハッキリと私の耳に届いた。
知らない、男の子の声。
私の名前を知る、人…。
ゆっくりゆっくり顔をあげる。
対面に、知らない男の子が座っていた。
「……誰?」
同い年くらいで背も同じくらい。短い黒髪の、笑顔の素敵な男の子。
私が唖然としてると男の子は、
「ボクは稔。
お前のお兄ちゃんだよ、豊花。」
そう、名乗った。
―――稔、兄ちゃん…?
『10年前にミノルくんは自殺し、アンダーサイカに“商売人”として幽閉されました。』
ヨシヤの言葉が反芻する。
じゃあこの男の子は…、まさか本当の、本当に…?
「稔、兄ちゃん…?
本当の…、本物の稔兄ちゃん…!?」
「ああ、そうだよ。」
「本当に…!?
稔兄ちゃんなんだね…!?」
私は何度も確認した。何度も名前を呼んで、彼が…稔兄ちゃんだという証明が欲しかった。
「ふふ…。だから、何度も言ってるじゃん。
ボクは稔だよ。…久しぶりだね、豊花。」
「………っ!!」
胸がギュッと締め付けられる。
私はひどく感動していたんだ。だってこの人は…稔兄ちゃんは、私の思い描いていた優しいお兄ちゃんそのもので…。
堪えきれなかった。私は二人を隔てていたテーブルを乗り越えて、稔兄ちゃんのすぐ傍まで寄った。
「稔兄ちゃん…!」
近づくとよく分かる。稔兄ちゃんの顔立ちはどこか私と似通ってた。
背丈も体つきも、亡くなった12歳の時のまま変わらなくて。
その同じ体を、私はギュッと抱きしめた。
「…稔兄ちゃん!
良かった…やっぱり稔兄ちゃんは、ちゃんといたんだ…!
作り話なんかじゃなくてっ、ちゃんとここに…!!」
「豊花…。ずっとボクのこと、信じてたの?10年も?」
稔兄ちゃんの泣きそうな声。
でもそれに対しては、私は罪悪感を覚える。
「…本当はちょっとだけ、お母さんの嘘なんじゃないかって疑ったの…。
写真も見せてもらえなかったから…。ごめんね…。
…でも、稔兄ちゃんはちゃんといた!それが嬉しいの…!!」
ただ嬉しい。ずっと会いたかった人に会えた。それが例え死んでしまった人でも…確かにここにいる。
私が稔兄ちゃんの体に手を回しているのと同じように、稔兄ちゃんも私を抱きしめてくれた。
ひどく冷たい。けどそんなの気にならないくらい、私は夢中で。
「……そっか。
母さんたちはボクのこと、豊花にちゃんと教えてくれなかったんだね。
…まぁ、そうだろうね。そのほうが豊花のためだもの。」
「…っ、そんなことないよ!
私こうして稔兄ちゃんに会えて、すっごく嬉しいもの!悪いことなんてない!」
でも気になる。なぜお母さんは頑なに稔兄ちゃんのことを隠したのか…。
稔兄ちゃんは良い子だから嫌われるわけない…。じゃあどうして…。
「……稔兄ちゃん、何があったの…?
なんでお母さんたちは稔兄ちゃんの素顔を隠したりなんか…。
…それに、どうして稔兄ちゃんは自殺なんかしたの?」
「……………。」
稔兄ちゃんは答えにくそうだった。
やっぱり打ち明けづらいことなんだ…。
「……豊花。今、薬屋は?」
「え?」
ふいに稔兄ちゃんの口からヨシヤの話題が出た。
そっか、「友達だ」ってヨシヤ言ってた。
私は首を後ろに向ける。ここからじゃお店の入り口は角度的に見えないけど、たぶんまだヨシヤは戻って来ないだろう。
「ヨシヤはね、さっきの警鐘の様子見に行ってるの。
稔兄ちゃん友達なんだよね?
私、呼んで来ようかっ!」
我ながら良い提案だと思った。
ヨシヤにも改めて紹介したい。私のお兄ちゃんだって。
でも、稔兄ちゃんは首を横に振る。
「…いや、それならいいんだ。
ヨシヤって呼んでるんだね。
ボクは一度も呼ばなかった。」
「あ…。」
そうか。知り合った時、二人は商売人同士…。
名前の支配があるから。
―――ん?でも、じゃあなぜヨシヤは「ミノルくん」って…。
「ねえ豊花、今からボクの店に遊びに来ない?
…ここから少し遠いんだけど、どうしても豊花に見せたいものがあるんだ!」
私の胸に宿った小さな引っ掛かりは、稔兄ちゃんの笑顔の前には跡形もなく消されてしまった。
稔兄ちゃんと一緒にお出かけできる。それがまた嬉しくて、余計なことを考えるのが馬鹿らしく思ってしまったんだ。
「…あ、でもヨシヤにここにいろって…、」
「大丈夫だよ。ボクが付いてるんだから。
ね?おいでよ豊花。」
「うーん………。…うん、じゃあちょっとだけ!」
稔兄ちゃんに手を引かれて、私はお店の裏口から廊下へ出た。
それは、ヨシヤがいる場所とは真逆の方向…―――。
***
「…そうですか。どうりでさっき電話で頼んだ段ボール箱が、まだここにあるはずです。」
憎々しく足元の箱を見下ろします。
口調は軽めですが、内心僕はひどい焦りを感じていました。だって、僕が聞いた人鬼の目撃場所は15番街…。ここ1番街から遠く離れた場所だったのですから。
―――もうこんな所まで来ているなんて…。
「現在、アンダーサイカ中の警備員を集め、1番街中を捜索している。
…じきにお客様方も到着する。
それまでに、人鬼の捕獲に至らないまでも、せめて犠牲者は増やさんようにしなければ。」
「……ええ。同感です。」
正直なところ、商売人が何人喰われようがお客様にバレようが、僕にとっては大したことではありません。
…ただ問題なのは、その人鬼によって豊花ちゃんが殺されないか…ということ。
「…薬屋。まさかとは思うが、ユタカは無事だろうな?」
警備員さんが神妙な顔つきになります。
そうでした。この人は豊花ちゃんを気にかけていた…。安否を知りたがるのも当然です。
なぜか僕は胸を張って答えました。
「ええ、大丈夫ですよ。
居間で待っているよう伝えましたから。
豊花ちゃんは賢い子なんです。こんな状況の中、僕の言い付けを破って外へ出るなんて有り得ませんよ。」
そう。有り得ません。
“向こう”が意図的に接触を試みない限りは。
…しかし念のため。
僕は警備員さんを連れ居間に向かいます。
そこで大人しく待っていてくれる豊花ちゃんの姿を思い浮かべながら。
「豊花ちゃん。」
しかし、どうしたことでしょう。
「え…………?」
居間はもぬけの殻でした。
飲みかけの湯呑みがふたつ置いてあるだけで、そこに豊花ちゃんの姿は無かったのです。
「……薬屋…、ユタカは…っ、ユタカはどうした!!…ここにいたんじゃないのかッ!?」
「…………。」
そんな。有り得ません。
―――目を離したのはほんの数分ほどですよ…?
警備員さんは物凄い剣幕で僕を怒鳴りつけますが、当然のごとく僕には、それを聴き入れる余裕なんてありませんでした。
豊花ちゃんの座っていた座布団を見下ろします。
「襲われた形跡は無い…。では豊花ちゃんは連れ去られたわけではなく、自分から…?」
冷静な分析をした次の瞬間には、
「…豊花ちゃん……ははっ…、どうして、こうなるんですか…?あはっ、ハハ……。」
僕は狂ったように、か細い笑い声をもらし始めました。
「……薬屋、どうなっているんだ?なぜユタカが…?」
「…ハハッ…ふ、くく…っ。」
―――笑いが止まらない。
可笑しいことなんて何も無いのに。
…ただ僕は怖くて怖くて怖くて怖くて怖くて怖くて怖くてひたすらに怖くて。
警備員さんを振り返って、明らかな答えをひとつ口にします。
「…人鬼が…、“ミノルくん”が、豊花ちゃんを殺そうとしています…。」
僕のヒーロー…。
このアンダーサイカから最も早く、地上人を喰べて人鬼に変貌した少年に。
―――勇敢で、そして恐らく、最も恐ろしい人鬼に。
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