アンダーサイカ -旧南岸線斎珂駅地下街-

唄うたい

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第6章 嚇【おどす】

6-1

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 夏はまだまだこれから。
 クーラーの効いた涼しい図書館で、私たちはまた、

「ちょっとちょっと豊花!
 20年前に惨殺事件があったんだって!隣町だけど!…コワ~!」

「…………。」

 過去に町内で起こった事件を調べ続けていた。

 潤ちゃんはいざ肝試しになるとビクビクするくせに、こういう調べ物はいやに乗り気。
 さっきから続けざまに聞かされた「猟奇事件」とか「惨殺事件」とかの単語のせいで、私は早くもやる気を削がれつつある…。

 それに今日は、潤ちゃんと私の二人だけじゃなかった。

「…なあなあ、こんなん調べて何が楽しいんだよ?何か意味あんの?」

 昨日は結局丸一日家で寝ていたらしい拓くんが、今日は朝からグループ研究に参加していたんだ。

「…あのねぇ、それを言ったら野山のお花研究とか何の意味があるのよ?
 そうそう山なんか行かないってのよ。ここ東京よ?」

麻里まりちゃんグループの悪口言っちゃダメだよ。」

 ちなみに麻里ちゃんっていうのは同じクラスの別のグループの班長。潤ちゃんはあんまりこの子が好きじゃないらしい。

 その例えに納得したのかしてないのかは分からない。
 拓くんはパソコンの画面と睨めっこしていたと思ったら、次の瞬間には「だぁー」と叫んで椅子にもたれ掛かってしまった。
 “飽きた”。体がそう表していた。

「なあ、正直に言えよ~。何も無いんだろ?そんな大袈裟な事件なんて?
 ならそれでいいじゃん!平和が一番じゃん!」

 拓くんの泣き言は半分図星を突いていた。
 確かに惨殺事件も猟奇事件も起こったのは別の町。
 この町で起こったことといったら車の接触事故とか、あるいは……、

「旧斎珂駅の大量自殺くらいねぇ。」

「うえっ、自殺…?気味わりぃなぁ…。」

 拓くんの言った「気味悪い」とは大量自殺に対してなのか、はたまた平然と言ってのけた潤ちゃんに対してなのか。

「これ以外には特集できそうな事件は無いし。
 それに斎珂駅なら、アンダーサイカの都市伝説とも絡められそうじゃない?」

 私の言葉に、潤ちゃんも拓くんも特に否定的な様子はなく、「うんうん、それもそうだ」と鳩みたいに頷いていた。

「あたし夕べ、パパのパソコン借りてちょっと調べてみたんだけどさ、スゴイのよ。
 大量自殺と呼ばれたのはここ数年らしいんだけど、実はそれよりずっと昔から、自殺自体は定期的にあったんだって。」

 潤ちゃんの目の色が変わる。
 探偵かはたまた、秘密警察の調査員にでもなったかのようだ。

「そりゃあるだろ。
 うちの父ちゃんもしょっちゅう人身事故で電車止まって、まいってるし。」

「都会の中心とか人が多い駅ならね。
 でもここは東京といっても田舎に片足突っ込んでる辺鄙へんぴな土地なのよ?」

 潤ちゃん…それは言い過ぎだ。

「そんなところで自殺が頻繁にあるなんて変でしょうが。」

「うーん、そんなモンかぁ…?」

 拓くんはいまいち納得いかない様子だけど、私は筋が通ってると思った。
 お巡りさんも言ってた。…自殺ブームって。
 こんな半田舎でそんなブームが起きるなんて異常事態だ。
 そしてその兆候が何年も前からあったとしたら…、

 ―――あの世界アンダーサイカが関係してたって、何もおかしくない。

 でも一体、自殺事件の何を調べるべきなんだろう。
 日付?時間?…それとも、自殺者?
 私の抱えていた疑問の答えをくれたのは、やっぱり潤ちゃんだ。

「ネットで調べてみたんだけど、やっぱり似たようなこと考えるやつっているのね。
 斎珂駅での自殺者をリストアップしてる個人サイトがあったのよ。」

 潤ちゃんがカタカタッとキーボードを打ち込んで、その個人サイトを開いてくれた。
 それを見た瞬間、私は気味悪くて眉をひそめてしまった。

 まず、背景が真っ暗。タイトルらしい大きな赤字は意味不明の文字で、その下にズラリと人名と…時間、日付が書かれてる。

「…………。」

 イケダ タロウ…昭和XX年、5月20日、午後8時。
 モリタ ケンジ…昭和XX年。5月25日、午前11時2分。
 明らかにそれは、自殺者の名前と、死んだ日付だった。

「タイトル文字化けしてるでしょ?きっと“自殺者一覧”とでも書いてあるのよ。きっと検索避けもついてるわね。
 あたしオカルト関連のBBS(掲示板)を巡って、古い書き込みにあったリンクで飛んで運良くたどり着けたの。
 …と言っても、もちろん斎珂駅が封鎖されたと同時に更新止まったまま。管理人もどうせ放置して逃げたんだわ。」

 やれやれと呆れ顔を見せる潤ちゃん。
 でも私は、そんな潤ちゃんを羨望の眼差しで見つめる。

「すごい…!よくこんなの見つけたね、カッコイイ!」

 パソコン初心者の私には、検索避けだのBBSだのという単語はまるで理解できない。
 それを平然と使いこなせる潤ちゃんが、遥かな未来の人のように輝いて見えた。
 潤ちゃんは照れ臭そうに「まぁね~」と口にした。

 彼女ほどパソコンIQが高くない拓くんは始終首を傾げていたけど、途中から私たちの間に割り込んで、マウスをぐりぐりいじり始める。自殺者リストを見てるんだ。

「本当だ。こんな昔から…。
 …ていうかあの駅、そんなに古かったのか。オレ使った記憶すらないのに。」

 あのおじさんお巡りさんが若い頃からあった斎珂駅。ということは少なくとも30年くらいは歴史があるはずだ。
 スクロールされていくリスト。それをじっと目で追う最中、

「…なあ、このマーク何だろうな?
 ほら、名前の横にある“未”って…。」

 拓くんが、さっきから自殺者名の横に飛び飛びで付けられている不可解なマークを指摘した。
 赤字で書かれた「未」という漢字。
 最初のほうは少ないのに、ページを読み進めて現代に近くなるにつれて、「未」のふられた名前が増えていく…。

「…何かしら。
 “ヤマナカ ゴサク”には無くて…、“オオワダ カレン”にはある“未”……。」

 潤ちゃんにも分からないようだ。
 なんだろう。全く差異が分からないリスト画面を覗き込んで、私は唸る。

 ゴサクとカレン…。
 そのふたつの名前から妙な違和感を覚え、私はひとつの可能性を思いつく。

「…これってもしかして、“未成年”の未じゃない?」

 管理人の申し訳程度の良心なのか、年齢公開はされてない。
 そしてゴサクなんて古風な名前と、カレンなんて奇抜でキラキラした名前。
 思い当たるのは、年代…つまり、年齢。

「ほら、こっちも!
 イケダ ポプラ、サイトウ レオン、どっちも“未”って付いてる。」

 最近の日本のおかしなブーム。
 それは、子供に日本人らしくない変な名前をつけること。
 大人になったら改名できるけど、子供のうちは名前なんて変えられない。

 私は確信した。
 この赤印が付けられているのは皆、自殺した未成年者だって。

 ―――でもどうして子どもが……。

 自殺したかった…とはどうしても考えられない。考えたくない。

 私もまだまだ子どもだし、つらいこともたくさん経験したけど、自分から命を捨てたいなんて考えたことは一度もない。

「ふうん、ポプラにレオンにライト…。
 これ皆、もし生きてたらあたし達より年上なんでしょ?
 唖然とするわぁ…さっきから普通の名前が見当たらないもん。」

 潤ちゃんの言う通りだ。
 潤子に、拓哉に、豊花…。どうやらこの変な名前ブームが去ったあとに私たちは生まれたみたい。
 普通の名前で良かった、…なんて、さすがに死んだ子たちに不謹慎だろうか。


「あ、普通の名前発見!!」

 ふいに。潤ちゃんがいっそう大きな声を出した。
 当時からしたら普通の名前のほうが珍しかったんだろうな。よく見つけられたな。
 声につられて、私も画面を覗き込む。

「どれ?なんて人?」

「えっとね………、」

 潤ちゃんが画面を指差す。



「“ニシジロ ミノル”。」



 私はこの時ほど、はっきり“目眩”というものを覚えたことはなかった。

 潤ちゃんの指し示すところには確かに“西城 稔”の名前があって、自殺した年も、稔兄ちゃんが死んだ頃と見事にかぶっていた。

「…………冗談だよね?」

 とても冗談なんかじゃない。けど認めたくない。
 潤ちゃんも、私が何に動揺してるのかを一拍遅れて理解して、

「……………っ、」

 言葉を詰まらせる。


「…な、なあ、別人じゃねえの?
 ミノルなんて、よくある名前だろ?」

 拓くんも稔兄ちゃんの名前だけは知ってるから、状況を早く理解してくれた。
 …でも、

「…西城にしじろって苗字、珍しいの。
 これ、間違いないよ………。
 稔兄ちゃんだ………。」

 非公式で更新の途絶えた不気味なサイト。
 でも私は、ここに書いてあることはすべて真実なのだと思った。

 お父さんとお母さんが頑なに隠した、稔兄ちゃんの死んだ状況。
 その真相が、斎珂駅での自殺だとするなら………、

 ―――なんで、死んだりしたの…稔兄ちゃん……っ。

 勉強もできて、友達にも慕われて、とっても優しい稔兄ちゃん。
 そんな彼にも、自殺したいと願う気持ちがあったってこと?

 分かんない。
 分かんないってば…。
 困惑する私の脳裏に、昨日の出来事が蘇る。
 怯え、敵意を剥き出しにした、稔兄ちゃんを知っていた二人のお兄さん…。


『稔が…小学生だった俺達に何をしたか…!どんだけ胸糞悪いことをしたか…ッ!』


 あの意味不明な言葉と関係があるの?

「…まさか……、」

 まさか本当は稔兄ちゃんは、


「良い子なんかじゃ……なかった……?」


 私のこれまでの記憶に、ほんの少しの亀裂が生まれた。
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