アンダーサイカ -旧南岸線斎珂駅地下街-

唄うたい

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第5章 吻【ちゅー】

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「…ただいまぁ。」

 誰もいない家に帰ってくるのは久しぶりな気がする。
 暗くて、がらんとして、私一人が世界に取り残された気分だ。

 それにしても、鍵を持ってて良かった。
 いつもならお母さんが家にいるから必要ないんだけど、今日に限って私は鍵を持ち歩いていた。
 まさか帰宅直前に親が出掛けるなんて思いもしなかったけど。

 ひょっこりと台所を覗く。
 ピカピカのシンク。綺麗なレンジ。静かな炊飯器。
 …ご飯の用意は、残念ながらまだみたい。
 すると余計に「くうぅう…」と私のお腹がSOSしてくる。そんなこと言ったって…。

 お母さんは冷凍食品もインスタントも嫌い。だからこの家にあるのは野菜や肉なんかの材料だけ。
 …不器用な私が作れるものといったら、いびつなおにぎりくらい。
 万事休すとはまさにこのこと。

 時計に目をやる。午後6時15分…。さっきの二人の様子だと1、2時間じゃ帰って来られないだろう。
 それまで大人しくしていよう。それがいい。腹の虫をなんとかなだめて、お母さんが帰ってくるその時まで……。

「………あれ?」

 めぼしいものは無いかと無意識に部屋中を見回していた私の目に、あるものが映った。
 いつもご飯を食べるテーブルの上。
 そこに、何やら大量のパンフレットが広げてあるんだ。

「変だな…。お母さんが散らかしっぱなしにするなんて。」

 何となく嫌な予感を覚えて、私はパンフレットの一枚を手に取り眺めてみた。
 そこにあったのは、

「…………お寺?」

 厳格な字。そして大きめの写真つきで、県内にある様々なお寺が紹介されていた。
 まさか2人して、こんな時間から寺社巡りしに行ったとか…?

 いやいやまさかまさか。両親は二人とも真面目な人だ。
 思いつきで行動するわけない。

 ―――でも、それじゃあこれは何のために…?

 お寺にそんなに興味はなかったからパラパラと流し読みをする。
 参拝の手順。仏教に関すること。難しいことばっかり…。

 でもその中でひとつだけ、私くらいの年の子には興味のある単語を見つけた。

「…お祓い……?」

 厄除けみたいな生温いものじゃなくて、人に取り付いた悪い霊を丸ごと祓い去る。
 魔法とか幽霊とかは、小学生から中学生まで皆が好きな話題だ。

 でもやっぱり、お母さんたちが興味本位で行ったとは考えられなくて。

「…お祓い…。
 どっちか、悪い霊でも憑いてるのかな。」

 本当にそうだったら深刻な問題だけど、これを言う私自身、何も本気にしてるわけじゃなかった。

 魔法や幽霊は好きだ。
 でも好きなのと信じてるのとは違う。
 それに今更我が家とお寺を繋ぐものなんてひとつしかない。

 ―――死んだ、稔兄ちゃんに関係あること…………?

 胸がざわついて落ち着かない。
 稔兄ちゃんがもし幽霊でも、

「…お母さんやお父さんを困らせたりしないでしょ…?」



 また気分が沈み始めてきた頃だ。

「…?
 何か聞こえた……?」

 静かな部屋の中で耳をかすめた微かな音。

 物音でも電子音でもない。
 どこか聞き覚えのあるそれは、


【豊花ちゃん、お仕事ですよ。早く来てください。】


「!!」

 ―――ヨシヤだっ!

 そう頭の中で叫んだ直後、またゴオッと強い風が吹きすさんだ。

 室内で風が巻き起こるなんて普通ありえない。
 風は家具や食器には目もくれず、バタバタと私の髪や服を踊らせている。

 ギュッと目をつぶった私は頭の隅っこで、

 ―――なんでこんな時間に…!?

 ヨシヤの理不尽な要請に、不満と不安を募らせた。
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