アンダーサイカ -旧南岸線斎珂駅地下街-

唄うたい

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第4章 囈【たわごと】

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 潤ちゃんの提案通り、お昼は図書館近くのファーストフードに入った。
 ここのメニューはちょくちょく変わる。
 流行に敏感な潤ちゃんはしょっちゅう新メニューを頼んでるらしいけど、特にこだわりのない私は無難にハンバーガーのセットだ。

「うーん、なかなかピンとくる事件がないのよねぇ。
 どれも地味だったりショボかったり。」

 潤ちゃんは、事件をメモしたノートと睨めっこ中。
 ページにびっしり字が書いてあるけど、その中にも心に響くものは無いみたいだ。
 …難しい性格だしなぁ。

 私も自分のノートに目を落とす。
 ボヤ騒ぎ、万引き、スリ。どれも潤ちゃんがイヤって言いそうなのばっかり。
 中には殺人事件も含まれていたけど、それの犯人はとっくに捕まってた。

 そして後ろのほうまでパラパラめくっていって…、

「あ。」

 ある単語を目にする。
 ピンときた…っていうよりは、今まで忘れてたものを思い出した感じだ。

「潤ちゃん、これは?
 斎珂駅の飛び込み自殺。
 実は斎珂駅は自殺の名所で、ここで自殺した人があまりに多かったから、5年前に駅封鎖されちゃったんだって。」

 お巡りさんには「やめといたほうがいい」と言われたけど。潤ちゃんの反応やいかに。

 潤ちゃんは腕を組んで、何か黙々と考え込んでる感じだった。やがて、

「そうね。ソレいいかも。
 そんな大量自殺があったこと、あたし知らなかったし。
 きっと大人達が子どもから必死で隠そうとしてるのねっ!」

 鼻息荒く、私の提案に賛成してくれた。
 なんていうか潤ちゃんは将来敏腕のゴシップ記者になると思う。

 でも私自身、提案を受け入れてもらってすごくホッとしていた。
 私一人じゃ大変だけど、こうして潤ちゃん(や今はいない拓くん)が手伝ってくれるなら心強い。

 なぜか分からないけど、アンダーサイカの正体を知りたいという気持ちの反面、その正体を知るのがとても怖い。
 そんな時にも、きっと潤ちゃんたちは付いててくれる。
 …例えアンダーサイカの記憶が無くたって。


 いろんな意味で渇いてた喉を潤すために、私はコーラを一口飲んだ。

 その時だ。


「………え?
 ……“みのる”………?」


 離れた場所から、誰かの震えるような声が聞こえた。
 震えるような声で、確かに今、“稔兄ちゃん”の名前を呼んだ。

「………ッ!?」

 反射的にそっちを向く。
 たまたまお店の前を通りかかったらしい、背広姿のお兄さん二人が、私のことを凝視していた。
 …とても、怯えた目をして。

「…なあ、アレ、…稔…?」

「ば…っ、馬鹿言うなよ…!
 いるわけねーだろ。稔はとっくに………、」

 私を指差し、端から見ても動転してるのが分かるくらい怯えて。
 私は潤ちゃんをその場に残し、吸い寄せられるように…お兄さんたちのほうに駆け出した。

「ちょっと、豊花…!?」

「あの……っ!」

「ッ!!」

 私が呼びかけるとお兄さんたちはビクッと肩を震わせ、さっきよりも更に狼狽えた。
 片方が「さっさと行こう」と手を引くのを、

「ま、待って…!!」

 私は即座に引き止めた。
 お兄さんのもう片方の手を掴んで。

「ヒッ…!!」

 掴んだ私の手を、お兄さんは反射的に振り払った。まるで化け物を前にしたように。

 私は当然わけが分からなくなる。
 それは向こうも同じこと。でも、私だって意味不明だ。

「…お、お兄さんたち………、」

 視界がぐらぐらする。
 自分でも意識しないで、目が揺れてるんだ。
 ふらつきそうなのを我慢して、私は意を決して2人に訊く。

「稔兄ちゃんのこと知ってるの…!?」

 知ってるならなぜ、稔兄ちゃんわたしを見て怯えるの?

「え…………?」

 私の口から稔兄ちゃんの名前が出た時、お兄さんたちの顔からほんの少しだけど恐怖の色が消えた。

「稔“兄ちゃん”って……、お前まさか、稔の妹……?」

 私が“稔”じゃないと気づいたからその恐怖は僅かに引いた。
 …でも、それは何を意味しているのか。

「…うん!そう!
 お兄さんたち、稔兄ちゃんのこと知ってるんだね?友達?クラスメートだった…!?」

 享年12の稔兄ちゃんが亡くなったのが、今から10年前。
 もし亡くならず今も生きてたら、ちょうどこのお兄さんたちくらいの歳だ…!

 …やっとだ。

 ―――やっと、お父さんとお母さん以外で、稔兄ちゃんを知ってる人に会えた…!


 でも、お兄さんたちは、私の予想していた答えとは、遥かに次元の違う答えを用意していた。

「……お前、…自分の親に何も聞かされてないわけ…?
 稔が…小学生だった俺達に何をしたか…!
 どんだけ胸糞悪いことをしたか…ッ!」

「…っ?」

 ―――胸糞、悪い…?

 何それ。

「うそ…、だってお母さんは稔兄ちゃんのこと、優しい子だって…。」

 思いやりがあって、クラスの皆に頼られる特別な存在。私は小さい頃からそう聞かされてきた。
 そう、聞かされて……。

「…バッカじゃねえの…ッ?
 子供が子供なら、親も親だな!
 あのクソみてえな兄貴、どれだけ美化してきたんだよ!?」

 さっきまで怯えていたお兄さんたちの目が、変わった。
 私を見る目つきには深い憎しみがこめられている。
 それはまるで、私に稔兄ちゃんを重ねているかのようで、お兄さんたちがどれだけ稔兄ちゃんを憎んでいるかが、残酷なほど理解できた……。

 ―――何がなんだか分かんない…。稔兄ちゃんはずっと、私のヒーロー…だよね?

 自問自答する。
 けど答えなんか出てこない。

「…………っ。」

 …目の前のお兄さんたちに訊かない限りは。

 ―――知りたい……。

 お兄さんたちの顔は真っ赤で、息も荒い。憤りを抑え込んでいるんだ。
 そんな状態の大人の男の人に水を差すような真似をしたら、きっと殴られる。酷い目に遭う。

 それでも。

 ―――知りたい…っ!!


「稔兄ちゃんは、お兄さんたちに何をしたのっ…?」


「……なんでだよ、なんで……、今更、稔のことを思い出さなきゃなんないんだよ…ッ!?」

 二人のうち一人が、くらりとよろめいた。
 でもそれはバランスを崩したんじゃなくて、

 ―――腕を…振りかぶってる……?

 ギュッと握りしめた拳が目一杯体の後ろに引っ張られてる。
 その標的は恐らく………いや、間違いなく、“私”。

 お兄さんは怒りとか憎しみとかそんな強気な感情は保っていられなかったらしい。
 代わりに目にうっすら涙を滲ませて、ギリギリまで追い詰められた最後の手段として、相手に反撃するネズミみたいな……。

 つまり、このままじゃ、

 ―――殴られる…っ!

 顔を庇う暇すらなくて、私はお兄さんの動きをただ食い入るように見つめるしかなかった。


 その時だ。

「………ッ!?」

 ピタッと、振りかぶるお兄さんの動きが止まった。

 私を殴る一秒前。
 その状態で、まるで時計の秒針を止めたように、ピクリとも動かなくなってしまった。

「え……?お、おい…!?」

 後ろのもう一人のお兄さんもわけが分からず困惑してる。
 揺すったり、声をかけたりしても、振りかぶったままお兄さんは動かない…。
 立ったまま昏睡状態にでもなったみたい。

「…おい!なあっ!どうしたってんだよ、おい…!」

 お兄さんの縋るような目が私に向けられる。
 …でも私にだって、

「…わ……かんないよ…。」


「豊花……っ!!」

 困惑する状況の中で、潤ちゃんが私の傍に駆け寄ってきた。らしくない焦った顔をして。
 そんな潤ちゃんを見返す私も、理解できない状況に焦りを見せていると思う。

「…じ、潤ちゃん………。」

「豊花、行くよっ…!!」

 端から見ていた潤ちゃんには、これがどれだけ異様な光景かがよく分かっていただろう。
 二人の大人に明らかな敵意を向けられる小学生わたし
 そして突然静止した男の人。

 潤ちゃんに手を引かれ、私たちは一旦この場所を離れた。

 去り際、振り返って見た石化の男の人は…、稔兄ちゃんに対して、本当に、憎しみを込めた瞳のままで…―――。


 ***


「……はぁ、はぁ、…な、何なのあいつら、こっわ~!」

「……ハァ、ハァ……。」

 さっきの場所からずっと走ってきたから、私も潤ちゃんもすっかり息切れ。
 図書館まで戻ってきたところで、やっと一息つくことができた。

「…ねえ豊花、さっきの人達って知り合い…?」

「………ううん、知らない人。」

「じゃあなんで………。」

 潤ちゃんは本当に心配そうだった。
 申し訳なくなる。はたから見てたんじゃ、まるで状況飲み込めないもんね。

「…私のお兄ちゃんのこと、知ってると思ったから……。」

 ふと、そういえば潤ちゃんには稔兄ちゃんについて詳しく話したことがなかったな…と思った。

 潤ちゃんだけじゃない。誰にも詳しく話したことなんてない。
 私自身よく知らないから、知ったふうにはどうしても話せなかった。

「豊花のお兄ちゃん?
 昔亡くなったっていう…?」

「うん…。」

 私は昔から……、物心ついた頃から、稔兄ちゃんの良いところをたくさん聞かされて育った。
 それが当たり前だったし、皆も同じ認識だと思ってた。

 でも、今回のことで…、

「分かんなくなっちゃった…。
 私は稔兄ちゃんのことヒーローみたいに思ってて、大好きなのに……あの人たちは違うって言う…。
 稔兄ちゃんのこと信じたいのに、あの人たちの話聞いたら、信じていいのか分からなくなってきちゃった…。」


『胸糞悪い…!!』


 あんなに怒るなんて、どう考えても嘘とか勘違いとかじゃない。
 本当に嫌な目に遭ったことによる…トラウマ……?
 どっちにしたって…。

「私も…気分悪い…っ。」

 今まで感じたことがないくらいに胸が締めつけられる。
 大切な家族を悪く言われるのが、こんなに気持ち悪いなんて。

「…だ、大丈夫だって…!
 豊花はパパとママに、“お兄ちゃんは良い子だー”って教えられたんでしょ?
 なら、パパとママを信じればいいじゃん。あんな変な人の話、聞くことないって。」

「潤ちゃん………。」

 にへっと笑ってみせる潤ちゃん。
 変な顔…。でも、今の私にはそれが何よりも頼もしい救いの手に見えた。
 つられて、私もへらっと笑う。

「…うん。
 ありがと、潤ちゃん…。」

「ぷっ…………。豊花なにそれ、変な顔~。」

「…うふふっ、潤ちゃんだってヘンな顔してたよ。」


 ―――気にすることない。

 そう自分に言い聞かせるけど、さっきのお兄さんたちに言われた言葉は、油汚れみたいに私の耳にこびりついたままだった。


 ***


「じゃあ豊花、明日も図書館集合ね~!」

 潤ちゃんとは結局夕方くらいに別れた。
 明日も明後日も、皆ーーというかきっと拓くんは明日も来ないだろう…ーーの予定を合わせつつ、町内事件調べはまだまだ続けてくつもりだ。

 潤ちゃんの家の前まで見送りに行って、そこから私の家までのおよそ15分は一人で帰る。
 夜中だったら怖いけど、夏の夕方はまだ太陽が沈んでいないままだから充分明るかった。

「あ、きれーな雲。」

 私は、空を埋め尽くすちぢれた雲を目で追った。
 夕焼けと夜闇が混じって薄紫色に染まる雲と空。綺麗だし、どこかサツマイモのデザートのようで美味しそう。
 お昼に食べたハンバーガーはとっくに消化されてたから、サツマイモ雲に刺激された私のお腹は「くうぅ」と弱々しい悲鳴を上げた。

 早くおうちに帰ってご飯食べよ。今日のお夕飯は何だろう。
 ウキウキと足取り軽く、私は帰路を真っ直ぐ進んだ。

 昼間に酷いことを言われたショックがすっかり無くなったわけじゃなかった。
 でも、大して気にならなくなったのは本当。

 坂道の無い平坦な道を15分かけて歩き続け、私は家に到着した。


 でも、

「…あれ?お母さんに…お父さん?」

 少し先に見える家の玄関から出て来た二人は、間違いなく私の両親。
 二人はどこか思いつめた表情で家に鍵をかけ、

「あ、あれ?あれ…っ?」

 家の前に呼んでたらしいタクシーに乗り込んでいく。

 ―――どこか出掛けるなんて聞いてないけどな……。

 狼狽えてる間に、タクシーはエンジンを吹かして今にも発車せんとしている。

「!
 …お、お母さん!お父さん!」

 私は慌てて声を上げたけど、

 ――ブロロロッ…

「あ…………。」

 タクシーは2人を乗せると早々にどこかへ走り去ってしまった。
 置いてきぼりをくらった私は、ただ唖然と立ち尽くすだけだった。


「…お、お夕飯は……?」
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