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第4章 囈【たわごと】
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「豊花、こっちこっち!」
9時ピッタリに着くよう家を出たつもりだった。
でも結局、一番ノリノリな潤ちゃんが1等賞。私は2等。
そしてビリは…
「あーもう拓哉のやつ!
8時半集合厳守って伝えたのにこれでも遅刻なの!?」
案の定、朝に弱い拓くんだ。
わざと30分早めの集合時間を伝えるっていう潤ちゃんの作戦も不発に終わってしまった。
「はあ、もうしょーがない。
来ない奴は放っときましょ。あたし達だけで調べるの。」
「そだね。」
図書館の壁に設置された時計が9時1分を指したと同時に、閉め切られていたガラスのドアの鍵が開かれた。
この町で時間にルーズなのは、きっと拓くんくらいだ。
中央図書館はこの町で一番大きな図書館だ。
地下2階から地上5階まであって、真ん中は1階まで吹き抜け。
小学校の図書室には絶対置いてないだろう本も、ここなら豊富に揃ってる。
宗教学や倫理学なんかの本が並ぶ棚を見ても私にはちんぷんかんぷんだけど、今回使うのはここじゃない。
更に奥の部屋を目指して行くと、開放的な大きな窓の前にずらりと並べられたパソコンたちが、私たちを迎えてくれた。
データ資料・PCルーム。
そんなちょっとカッコイイ名前が、私の密かなお気に入りだったりする。
「プリントアウトはお金かかるからねっ。豊花、ノートと鉛筆持ってきた?」
「バッチリ!」
一番日当たりの良い席をふたつ取って、私たちはさっそくグループ研究を始めた。
題して“町内怪奇事件特集”。
夏休みの研究テーマとしては、ボランティアよりずっと粋だと思い始めてきた自分がいる。
パソコンの使い方は、学校の技術の時間に教わったし問題ない。
それにあんまり馴染みないパソコンに触るっていうのが、なんだか偉い学者さんになったみたいで気持ち良い。
ちょっとニヤニヤしながら横を見ると、潤ちゃんが素早い指さばきでキーボードをカタカタッと打っていた。
そのあまりのスピードに学者気分は一瞬で吹っ飛び、私は目を見張る。
「とりあえず“町内 事件”で検索かけて、出てきたものは片っ端からメモしましょ。
普通じゃないちょっと不気味だったり奇妙な事件は詳しくメモねっ!」
「……潤ちゃんがイキイキしてる…。さすが現代っ子。」
…でも、良かった。いつもの潤ちゃんだ。
最初にアンダーサイカに入った時は拓くんも潤ちゃんもビクビクしっぱなしだったから。
いつもと同じ強気な潤ちゃんを見て、私の口から自然にホッと溜め息がもれた。
「………。」
潤ちゃんがこうしていつも通りに笑ってるのって、たぶん、アンダーサイカの記憶を無くしたからなんだよね。
地上人である2人は警備員さんに見つかった。ということは、2人のほうも本当は警備員さんの顔を見てるはず。
それすら忘れてるってことは…、
―――潤ちゃんと拓くんの記憶の中から、“アンダーサイカ”の存在が消えたってこと…。
「…ねえ、潤ちゃん。」
「ん?」
「…一昨日の夜さ、私たち、
一緒におうち帰ったよね?」
また新しい疑問が湧く。
潤ちゃんたちが記憶を消されたのなら、どうして、
「そうよーっ!!
あのあとあたし、家の目の前で親に見つかって、真夜中なのにすんごい声で怒鳴られたの!
豊花と拓哉、それ見て笑ったでしょ!」
「…………。
…あははっ、ごめん。
でも別に何事もなく帰れたんだから、良かったじゃん。」
どうして私だけ記憶を消されなかったんだろう。
***
お昼過ぎまで、潤ちゃんと私は調べ物に没頭した。
“図書館ではお静かに”が基本マナー。だからなるべくお喋りは控えて、パソコン画面とノートに集中した。
…算数や漢字のドリルの宿題も同じくらい集中できたらいいんだけどな。
「…あ。
豊花、そろそろお昼ご飯食べに行こうよっ。」
潤ちゃんに言われて時計を見る。
お昼過ぎっていうのは気づいてたけど、その言葉でやっと、今がお昼ご飯時ってことを思い出した。
「本当だ。
うわーっ、こんな集中したの久しぶり。」
ノートも10ページ近く埋まってる。そのすべてが事件関連っていう不穏な内容だけど。
私はひとつ伸びをして、窓の外に目を向けた。
お昼の、太陽が一番高い場所にくる時間帯。じりじり照りつける陽光がパソコン疲れの目に眩しかった。
「ソフトクリーム、食べたいなぁ…。」
ご飯より今は冷たいものが欲しい気分だ。
「おやつはご飯のあと。
ハンバーガー食べに行こっ!
あたしアレ!期間限定のフィレオ食べたいの!」
「潤ちゃんは流行に敏感だねー。」
茶化しっぽくなっちゃった。
けど私もハンバーガー好きだから異論はない。ついでにソフトクリームも頼もう。
パソコンの電源を落とし周りの荷物を片付ける。
3時間弱、作業してたことになるのかな。
勉強苦手だからこんなに集中したのって本当に久しぶり。
―――そうだ。
私は勉強が苦手だ。
成績は良いほうじゃないし、運動神経だって悪い。
お父さんとお母さんに時々心配されるくらい。
同じ兄妹でここまで違うものなのかな。
―――稔兄ちゃんは秀才で、運動もできるスーパー小学生なのに。
お母さんに話を聞かせてもらってると、意識せずに稔兄ちゃんと比べられてる節がいくつかある。
でも、そのことで劣等感を抱えて落ち込むほど私は繊細にできてない。図太いから。
むしろ稔兄ちゃんの話を聞くたび思う。
“私のお兄ちゃんはなんて凄いんだろう”って。
「………。」
もし稔兄ちゃんが生きてたら、勉強のわかんないところとか、運動会の練習とか…付き合ってもらえたのに。
優しくて、頼りになって、思いやりのあるお兄ちゃん…。
死んでしまった人にいくら会いたいと願っても無駄なのは、…本当は分かってるんだけど。
9時ピッタリに着くよう家を出たつもりだった。
でも結局、一番ノリノリな潤ちゃんが1等賞。私は2等。
そしてビリは…
「あーもう拓哉のやつ!
8時半集合厳守って伝えたのにこれでも遅刻なの!?」
案の定、朝に弱い拓くんだ。
わざと30分早めの集合時間を伝えるっていう潤ちゃんの作戦も不発に終わってしまった。
「はあ、もうしょーがない。
来ない奴は放っときましょ。あたし達だけで調べるの。」
「そだね。」
図書館の壁に設置された時計が9時1分を指したと同時に、閉め切られていたガラスのドアの鍵が開かれた。
この町で時間にルーズなのは、きっと拓くんくらいだ。
中央図書館はこの町で一番大きな図書館だ。
地下2階から地上5階まであって、真ん中は1階まで吹き抜け。
小学校の図書室には絶対置いてないだろう本も、ここなら豊富に揃ってる。
宗教学や倫理学なんかの本が並ぶ棚を見ても私にはちんぷんかんぷんだけど、今回使うのはここじゃない。
更に奥の部屋を目指して行くと、開放的な大きな窓の前にずらりと並べられたパソコンたちが、私たちを迎えてくれた。
データ資料・PCルーム。
そんなちょっとカッコイイ名前が、私の密かなお気に入りだったりする。
「プリントアウトはお金かかるからねっ。豊花、ノートと鉛筆持ってきた?」
「バッチリ!」
一番日当たりの良い席をふたつ取って、私たちはさっそくグループ研究を始めた。
題して“町内怪奇事件特集”。
夏休みの研究テーマとしては、ボランティアよりずっと粋だと思い始めてきた自分がいる。
パソコンの使い方は、学校の技術の時間に教わったし問題ない。
それにあんまり馴染みないパソコンに触るっていうのが、なんだか偉い学者さんになったみたいで気持ち良い。
ちょっとニヤニヤしながら横を見ると、潤ちゃんが素早い指さばきでキーボードをカタカタッと打っていた。
そのあまりのスピードに学者気分は一瞬で吹っ飛び、私は目を見張る。
「とりあえず“町内 事件”で検索かけて、出てきたものは片っ端からメモしましょ。
普通じゃないちょっと不気味だったり奇妙な事件は詳しくメモねっ!」
「……潤ちゃんがイキイキしてる…。さすが現代っ子。」
…でも、良かった。いつもの潤ちゃんだ。
最初にアンダーサイカに入った時は拓くんも潤ちゃんもビクビクしっぱなしだったから。
いつもと同じ強気な潤ちゃんを見て、私の口から自然にホッと溜め息がもれた。
「………。」
潤ちゃんがこうしていつも通りに笑ってるのって、たぶん、アンダーサイカの記憶を無くしたからなんだよね。
地上人である2人は警備員さんに見つかった。ということは、2人のほうも本当は警備員さんの顔を見てるはず。
それすら忘れてるってことは…、
―――潤ちゃんと拓くんの記憶の中から、“アンダーサイカ”の存在が消えたってこと…。
「…ねえ、潤ちゃん。」
「ん?」
「…一昨日の夜さ、私たち、
一緒におうち帰ったよね?」
また新しい疑問が湧く。
潤ちゃんたちが記憶を消されたのなら、どうして、
「そうよーっ!!
あのあとあたし、家の目の前で親に見つかって、真夜中なのにすんごい声で怒鳴られたの!
豊花と拓哉、それ見て笑ったでしょ!」
「…………。
…あははっ、ごめん。
でも別に何事もなく帰れたんだから、良かったじゃん。」
どうして私だけ記憶を消されなかったんだろう。
***
お昼過ぎまで、潤ちゃんと私は調べ物に没頭した。
“図書館ではお静かに”が基本マナー。だからなるべくお喋りは控えて、パソコン画面とノートに集中した。
…算数や漢字のドリルの宿題も同じくらい集中できたらいいんだけどな。
「…あ。
豊花、そろそろお昼ご飯食べに行こうよっ。」
潤ちゃんに言われて時計を見る。
お昼過ぎっていうのは気づいてたけど、その言葉でやっと、今がお昼ご飯時ってことを思い出した。
「本当だ。
うわーっ、こんな集中したの久しぶり。」
ノートも10ページ近く埋まってる。そのすべてが事件関連っていう不穏な内容だけど。
私はひとつ伸びをして、窓の外に目を向けた。
お昼の、太陽が一番高い場所にくる時間帯。じりじり照りつける陽光がパソコン疲れの目に眩しかった。
「ソフトクリーム、食べたいなぁ…。」
ご飯より今は冷たいものが欲しい気分だ。
「おやつはご飯のあと。
ハンバーガー食べに行こっ!
あたしアレ!期間限定のフィレオ食べたいの!」
「潤ちゃんは流行に敏感だねー。」
茶化しっぽくなっちゃった。
けど私もハンバーガー好きだから異論はない。ついでにソフトクリームも頼もう。
パソコンの電源を落とし周りの荷物を片付ける。
3時間弱、作業してたことになるのかな。
勉強苦手だからこんなに集中したのって本当に久しぶり。
―――そうだ。
私は勉強が苦手だ。
成績は良いほうじゃないし、運動神経だって悪い。
お父さんとお母さんに時々心配されるくらい。
同じ兄妹でここまで違うものなのかな。
―――稔兄ちゃんは秀才で、運動もできるスーパー小学生なのに。
お母さんに話を聞かせてもらってると、意識せずに稔兄ちゃんと比べられてる節がいくつかある。
でも、そのことで劣等感を抱えて落ち込むほど私は繊細にできてない。図太いから。
むしろ稔兄ちゃんの話を聞くたび思う。
“私のお兄ちゃんはなんて凄いんだろう”って。
「………。」
もし稔兄ちゃんが生きてたら、勉強のわかんないところとか、運動会の練習とか…付き合ってもらえたのに。
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