アンダーサイカ -旧南岸線斎珂駅地下街-

唄うたい

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第2章 喚【よぶ】

2-4

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「さあ、お客様方はもう間もなくやって来ますよ。
 早くこれを着て、品物を並べるのを手伝ってください。」

 パンパンと手を叩き指示する姿は小学校の先生みたい。
 ヨシヤはまず私に、裾に椿の模様が散りばめられた真っ白な割烹着を手渡してきた。
 給食係で慣れてるから着方は分かるけど…、

「なんで割烹着?白衣じゃないの?」

 一応薬屋さんだし。
 これじゃまるで食堂のおばちゃんみたい。
 するとヨシヤは、

「だって、そっちのほうが可愛いじゃないですか。」

「…………。」

 身も蓋も無い。

 あんまり気が進まない…けど仕方ない。約束だから。
 渋々、割烹着の袖に腕を通す。

 ―――あれ?

「私お洋服のサイズ言ったっけ?」

 割烹着は私の背丈にぴったりだった。袖も、膝丈の裾も。
 膝の辺りで踊る椿模様が可愛い。可愛い…けど、

「いいえ?
 目分量で僕が縫いました。」

 器用だな。

 …知らない間に寸法計られたりしてたらどうしようかと思った。

 とりあえず割烹着をきちんと正し、首の後ろの紐を結ぶ。
 ぴったりサイズの割烹着を見下ろして私は思った。

 ―――食堂のおばちゃんっていうか…、幼稚園児みたい…。

 割烹着が似合う小学6年生がいたらぜひ見てみたい。

 あからさまに嫌そうな顔をする私に対しても、ヨシヤはニコニコ笑顔だ。
 さっき斎珂駅の入り口で私の名前を呼んだのも間違いなくこの不気味な人。

 支度を済ませたのだから、私は次の作業に移る前にひとつだけ訊いておこうと思った。

「さっきどうして私、ここに入れたの?入り口はフェンスで塞がれてたよ?」

 そうだ、私は、

 ―――ヨシヤの声を聞いただけで入って来れた…。

 …でもその認識は少し違っていたみたい。ヨシヤは目だけを左上に向けてさっきの状況を思い起こす。
 彼にとっては大したことじゃないらしい。

「あぁ、あれはね、僕が“んだ”からです。
 豊花ちゃんを。」

「呼んだ?」

 確かに名前を呼んでた。でもそれだけで…?
 余計訝しむ私に、ヨシヤが手を伸ばしてきた。

「っ!!」

 ビクッと肩を震わせる。
 何をする気かと警戒すると、ヨシヤは指先で、私の唇をなぞり始めた。

「僕に教えてくれたでしょう、きみの“名前”を。
 この世界…アンダーサイカには、僕達商売人に有利な特権がいくつか存在します。
 その内のひとつが、“相手の名前を支配する”こと。」

「し、支配って………。」

 おかしな話だ。
 ヨシヤは自分で、あのオバケたちに支配されてると言ったのに、…そのヨシヤもまた誰かを支配できるだなんて。

「相手の口から名前を名乗らせることで、その相手を好きな時に召喚することができます。
 古来の人間は、他人にそうやすやすと名前を明かさなかったんですよ。それほど名前とは特別なものなんです。」

 そうか。だから私はあのフェンスを越えられたのか。
 私が入ったんじゃない。
 ヨシヤが私を呼び出したんだ。

「お客様方は賢く、警戒心が強い。決して自分の名前を明かしません。客が商人にへつらうなど有り得ませんよね。

 でも地上人は僕達の持つ特権のことを知りませんから。
 だからごく稀に迷い込む地上人をこうして支配して、奴隷として永久にこき使う商人もいるのですよ。」

 奴隷という言葉がいまいちピンとこなかった。意味としては知ってるけど。
 ヨシヤは私のことを奴隷としてこき使うわけじゃなさそう。あくまでこれは“協力”。手伝いだ。
 でも、根本的なところは…

「…じゃあ私は、もうどこへ逃げても無駄ってこと…?」

「その通り。飲み込みが早いですね。」

 …そんなアッサリと言わなくても。

 悔しさとか不甲斐なさとか、まだほんの少し残る疑惑や不安とか、ないまぜになった表情でヨシヤを見上げる。

 私は、当然ながら今まで誰かに支配されたことなんかない。
 ましてこんな、不可思議な世界に住む人になんて、夢にも思わなかった。

 約束した手前、怖気づいたと受け取られるかもしれない…。

「私、おうち帰れるよね?」

 ヨシヤがもし、私を帰さなかったらどうしよう。

 よっぽど不安げな顔をしてたらしい。
 ヨシヤは私の頭を優しく撫でながら、落ち着かせるように言い聞かせた。

「大丈夫。アンダーサイカが目覚めるのは夜中の間だけ。
 つまり夜が明ければ豊花ちゃんの仕事はありません。お家に帰れますよ。」

「そ、そっか。」

 良かった。ちょっとホッとした…。

 だけど、おかしな点がひとつ。

「…ヨシヤ、もういいってば。」

 ヨシヤがいつまでも私の頭を撫でるのをやめない…。
 ふわふわと軽く撫でるだけだった手つきも、だんだん纏わり付くような手つきに変わって…。

 いつの間にか、頭を触っていたはずの手は、私のほっぺを包み込んでいた。

「…っ!」

「ですが、分かってくださいね。僕は本当はきみを帰したくなんかないんです。

 …名前の支配のおかげでいつでも豊花ちゃんを喚び寄せることができる…。
 でも、本当はずうっと傍に置いておきたい。」

 ヨシヤの顔が近づく。
 不覚にも動揺して、私は顔を真っ赤にするけど…、でも見てしまった。ヨシヤの目を。

 ぎらぎらとして、大好物を目の前に必死に我慢してる野獣みたいな目を。

「僕が豊花ちゃんを食べたいという気持ちは、少しも変わっていませんからね。」

「………っ。」

 そうだ、この人は私を食べたいんだ。
 だから名前を支配して私をここに引き留めた。

 …ただその理由はまだ教えてもらってないけど。

 緊張で何も言えなくなってしまった私。
 ほっぺをやらしい手つきで撫でていたヨシヤが、急に我に返ったみたいにパッと離れた。

「さて、お仕事しましょうか。
 時間も押してますからね。」

 白々しく言うと、足元に積み上げられていた段ボールを開け始めた。

 私はそれを呆然と眺めていたけど、

「ほら、看板娘も働くものですよ。」

「あ…うん。」

 ヨシヤに促されて、一緒に段ボールの中をごそごそし始めた。

 さっき私は、平たくいえば「いつか殺す」と宣言されたのに。
 こうして肩を並べて作業するなんてなんだか……いや、とっても変な気分だ。
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