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第2章 喚【よぶ】
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稔兄ちゃんが死んだのは12歳の時だ。今の私と同じ。
2歳の私も生きていたわけだけど、赤ん坊の私に稔兄ちゃんの記憶はない。
家族4人で写ってる写真もなくて、一度だけ疑ってしまったことがある。
“稔兄ちゃんという人物は本当いたのか?”
『稔は確かにいるわよ。
とっても良い子だったんだから。』
お母さんは笑って、稔兄ちゃんのテストの答案を見せてくれた。100点満点の、見本のような解答用紙。
名前の欄にも子どもの字で「西城 稔」と書いてある。
そっか、私の勘違いか。稔兄ちゃんは確かにいるんだ…。
そうホッとしたけど、稔兄ちゃんについてのことはやっぱり教えてもらえない。
稔兄ちゃんはどうして亡くなったの?
『豊花は知らなくてもいいことよ。
苦しくなるだけ。』
稔兄ちゃんはどんな顔してるの?
『見せてあげたいけど写真が残ってないのよ。』
頑なに隠される稔兄ちゃんの素性。
でも私はいつか、お母さんとお父さんが、稔兄ちゃんのことを教えてくれると信じてる。
だって、家族なんだから。
死んじゃっても、稔兄ちゃんは私たちの家族だったんだから…。
『豊花……。
…稔の代わりに、長く生きてね。』
***
深夜1時ちょっと前。
アンダーサイカのことが気になりすぎて、ここまでの時間をどうやって過ごしたかよく覚えてない…。
お母さんとお父さんが寝静まったのを確認してから、私はこっそり家を抜け出し、斎珂駅へ向かった。
夏の夜は涼しくて助かった。
朝の薄着のまま出掛けてもあんまり寒くないから。
「…………真っ暗だ。」
駅はもちろん、周辺の店も交番も。
私以外に人の姿はなくて、まるでこの世でただ一人の生き残りになった気分。
フェンスはしっかりとすべての入り口を封じている。
地下街に入り込む手段は相変わらず皆無。
「…どうしよう。」
ヨシヤは待ってるかな。でも入ろうにも入れないし。
「………。」
しばらく周辺をうろついて、うろついて、うろついて……、完全に手段を失った私は、
「……ヨシヤ、ごめん。」
そう、諦めてしまった。
協力すると約束した。
“悪くない”ヨシヤのためにちょっと手助けしてやろうと思って。
でもそれには、封鎖された駅という障害を乗り越えなきゃいけないことを、私はすっかり忘れてた。
フェンスを破って侵入するなんて“悪いこと”はできない。したくない。
なら、もうどうすることもできないじゃない。
高くそびえた強固なフェンスの金網に、そっと指をかけた。
かしゃ…と微かな音が鳴る。
「……ごめん…。」
約束破って。私は…“悪い子”だ。
【、】
「…………?」
今、何か聞こえた?
後ろを振り返る。
そこは相変わらず人気の無い駅前。誰もいない。
なんだ、気のせいか。そう判断した時、
【……豊花ちゃん………。】
「っ!!」
違う、気のせいじゃない。
今確かに呼ばれた。私の名前を。
よくよく考えればその得体の知れない声は、目の前の、フェンスの向こうから聞こえた気がする。
「誰……っ?」
狼狽えた。
だってその声は、頭の中にするりと直撃してくる気持ち悪さがあったから。
―――確かに怖い……けど、なぜだろう…。
私はその声に吸い寄せられるようにフェンスにしがみついた。
無性に思うのだ。
向こうに行かなきゃ。アンダーサイカに行かなきゃ、って。
【約束通り来てくれたんですね、豊花ちゃん。】
ごおっ、と強い風が巻き起こった。
「きゃっ…!!」
地下街への入り口から生暖かい風の渦が、私目掛けて襲い掛かってくる。
がしゃがしゃと激しく音を立てるフェンス。
目を開けていられなくて、私は両腕を翳して頭を庇った。
「うぅ…!」
いくら待っても風は止まない。
もしかすると永遠に吹き続けるんじゃないだろうか。そんな錯覚すら抱く。
―――怖い、助けて、誰か…!
「…ヨシヤ……!!」
ぴたっ、と、ふたつのものが止んだ。
一つは、さっきまであんなに吹き荒れていた風。
気持ち悪い生暖かさはもう無く、本来のちょっと涼しい過ごしやすい気温に戻ってる。
「……なんで私、今………?」
私の思考が一時停止した。
…なんで今、私、ヨシヤに助けを求めた?
「待ってましたよ。
よく来てくれましたね。」
「!?」
ふいに、すぐ近くから聞き覚えのある声がした。
敬語といい、馴れ馴れしい「ちゃん」付けといい、私の中で知る人物といえば一人だけ。
「……よ、ヨシヤ……?」
いつの間にか、そこは地上じゃなかった。
狭い通路の両側に不気味な店構えがずらりと並び、私の目の前には“薬屋”とだけ書かれた古風で現代風な薬局。
そしてその入り口に立ち、腰を屈めて、私のことを楽しそうに見下ろす人。
いつの間にか、私は戻って来ていた。
「お帰りなさい、豊花ちゃん。」
アンダーサイカに。
2歳の私も生きていたわけだけど、赤ん坊の私に稔兄ちゃんの記憶はない。
家族4人で写ってる写真もなくて、一度だけ疑ってしまったことがある。
“稔兄ちゃんという人物は本当いたのか?”
『稔は確かにいるわよ。
とっても良い子だったんだから。』
お母さんは笑って、稔兄ちゃんのテストの答案を見せてくれた。100点満点の、見本のような解答用紙。
名前の欄にも子どもの字で「西城 稔」と書いてある。
そっか、私の勘違いか。稔兄ちゃんは確かにいるんだ…。
そうホッとしたけど、稔兄ちゃんについてのことはやっぱり教えてもらえない。
稔兄ちゃんはどうして亡くなったの?
『豊花は知らなくてもいいことよ。
苦しくなるだけ。』
稔兄ちゃんはどんな顔してるの?
『見せてあげたいけど写真が残ってないのよ。』
頑なに隠される稔兄ちゃんの素性。
でも私はいつか、お母さんとお父さんが、稔兄ちゃんのことを教えてくれると信じてる。
だって、家族なんだから。
死んじゃっても、稔兄ちゃんは私たちの家族だったんだから…。
『豊花……。
…稔の代わりに、長く生きてね。』
***
深夜1時ちょっと前。
アンダーサイカのことが気になりすぎて、ここまでの時間をどうやって過ごしたかよく覚えてない…。
お母さんとお父さんが寝静まったのを確認してから、私はこっそり家を抜け出し、斎珂駅へ向かった。
夏の夜は涼しくて助かった。
朝の薄着のまま出掛けてもあんまり寒くないから。
「…………真っ暗だ。」
駅はもちろん、周辺の店も交番も。
私以外に人の姿はなくて、まるでこの世でただ一人の生き残りになった気分。
フェンスはしっかりとすべての入り口を封じている。
地下街に入り込む手段は相変わらず皆無。
「…どうしよう。」
ヨシヤは待ってるかな。でも入ろうにも入れないし。
「………。」
しばらく周辺をうろついて、うろついて、うろついて……、完全に手段を失った私は、
「……ヨシヤ、ごめん。」
そう、諦めてしまった。
協力すると約束した。
“悪くない”ヨシヤのためにちょっと手助けしてやろうと思って。
でもそれには、封鎖された駅という障害を乗り越えなきゃいけないことを、私はすっかり忘れてた。
フェンスを破って侵入するなんて“悪いこと”はできない。したくない。
なら、もうどうすることもできないじゃない。
高くそびえた強固なフェンスの金網に、そっと指をかけた。
かしゃ…と微かな音が鳴る。
「……ごめん…。」
約束破って。私は…“悪い子”だ。
【、】
「…………?」
今、何か聞こえた?
後ろを振り返る。
そこは相変わらず人気の無い駅前。誰もいない。
なんだ、気のせいか。そう判断した時、
【……豊花ちゃん………。】
「っ!!」
違う、気のせいじゃない。
今確かに呼ばれた。私の名前を。
よくよく考えればその得体の知れない声は、目の前の、フェンスの向こうから聞こえた気がする。
「誰……っ?」
狼狽えた。
だってその声は、頭の中にするりと直撃してくる気持ち悪さがあったから。
―――確かに怖い……けど、なぜだろう…。
私はその声に吸い寄せられるようにフェンスにしがみついた。
無性に思うのだ。
向こうに行かなきゃ。アンダーサイカに行かなきゃ、って。
【約束通り来てくれたんですね、豊花ちゃん。】
ごおっ、と強い風が巻き起こった。
「きゃっ…!!」
地下街への入り口から生暖かい風の渦が、私目掛けて襲い掛かってくる。
がしゃがしゃと激しく音を立てるフェンス。
目を開けていられなくて、私は両腕を翳して頭を庇った。
「うぅ…!」
いくら待っても風は止まない。
もしかすると永遠に吹き続けるんじゃないだろうか。そんな錯覚すら抱く。
―――怖い、助けて、誰か…!
「…ヨシヤ……!!」
ぴたっ、と、ふたつのものが止んだ。
一つは、さっきまであんなに吹き荒れていた風。
気持ち悪い生暖かさはもう無く、本来のちょっと涼しい過ごしやすい気温に戻ってる。
「……なんで私、今………?」
私の思考が一時停止した。
…なんで今、私、ヨシヤに助けを求めた?
「待ってましたよ。
よく来てくれましたね。」
「!?」
ふいに、すぐ近くから聞き覚えのある声がした。
敬語といい、馴れ馴れしい「ちゃん」付けといい、私の中で知る人物といえば一人だけ。
「……よ、ヨシヤ……?」
いつの間にか、そこは地上じゃなかった。
狭い通路の両側に不気味な店構えがずらりと並び、私の目の前には“薬屋”とだけ書かれた古風で現代風な薬局。
そしてその入り口に立ち、腰を屈めて、私のことを楽しそうに見下ろす人。
いつの間にか、私は戻って来ていた。
「お帰りなさい、豊花ちゃん。」
アンダーサイカに。
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