アンダーサイカ -旧南岸線斎珂駅地下街-

唄うたい

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第2章 喚【よぶ】

2-3

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 稔兄ちゃんが死んだのは12歳の時だ。今の私と同じ。

 2歳の私も生きていたわけだけど、赤ん坊の私に稔兄ちゃんの記憶はない。
 家族4人で写ってる写真もなくて、一度だけ疑ってしまったことがある。

 “稔兄ちゃんという人物は本当いたのか?”

『稔は確かにいるわよ。
 とっても良い子だったんだから。』

 お母さんは笑って、稔兄ちゃんのテストの答案を見せてくれた。100点満点の、見本のような解答用紙。
 名前の欄にも子どもの字で「西城 稔」と書いてある。

 そっか、私の勘違いか。稔兄ちゃんは確かにいるんだ…。
 そうホッとしたけど、稔兄ちゃんについてのことはやっぱり教えてもらえない。

 稔兄ちゃんはどうして亡くなったの?

『豊花は知らなくてもいいことよ。
 苦しくなるだけ。』

 稔兄ちゃんはどんな顔してるの?

『見せてあげたいけど写真が残ってないのよ。』

 頑なに隠される稔兄ちゃんの素性。
 でも私はいつか、お母さんとお父さんが、稔兄ちゃんのことを教えてくれると信じてる。

 だって、家族なんだから。
 死んじゃっても、稔兄ちゃんは私たちの家族だったんだから…。

『豊花……。
 …稔の代わりに、長く生きてね。』


 ***


 深夜1時ちょっと前。
 アンダーサイカのことが気になりすぎて、ここまでの時間をどうやって過ごしたかよく覚えてない…。

 お母さんとお父さんが寝静まったのを確認してから、私はこっそり家を抜け出し、斎珂駅へ向かった。

 夏の夜は涼しくて助かった。
 朝の薄着のまま出掛けてもあんまり寒くないから。

「…………真っ暗だ。」

 駅はもちろん、周辺の店も交番も。
 私以外に人の姿はなくて、まるでこの世でただ一人の生き残りになった気分。

 フェンスはしっかりとすべての入り口を封じている。
 地下街に入り込む手段は相変わらず皆無。

「…どうしよう。」

 ヨシヤは待ってるかな。でも入ろうにも入れないし。

「………。」

 しばらく周辺をうろついて、うろついて、うろついて……、完全に手段を失った私は、

「……ヨシヤ、ごめん。」

 そう、諦めてしまった。

 協力すると約束した。
 “悪くない”ヨシヤのためにちょっと手助けしてやろうと思って。
 でもそれには、封鎖された駅という障害を乗り越えなきゃいけないことを、私はすっかり忘れてた。

 フェンスを破って侵入するなんて“悪いこと”はできない。したくない。
 なら、もうどうすることもできないじゃない。

 高くそびえた強固なフェンスの金網に、そっと指をかけた。
 かしゃ…と微かな音が鳴る。

「……ごめん…。」

 約束破って。私は…“悪い子”だ。



【、】


「…………?」

 今、何か聞こえた?

 後ろを振り返る。
 そこは相変わらず人気の無い駅前。誰もいない。
 なんだ、気のせいか。そう判断した時、


【……豊花ちゃん………。】


「っ!!」

 違う、気のせいじゃない。
 今確かに呼ばれた。私の名前を。

 よくよく考えればその得体の知れない声は、目の前の、フェンスの向こうから聞こえた気がする。

「誰……っ?」

 狼狽えた。
 だってその声は、頭の中にするりと直撃してくる気持ち悪さがあったから。

 ―――確かに怖い……けど、なぜだろう…。

 私はその声に吸い寄せられるようにフェンスにしがみついた。

 無性に思うのだ。
 向こうに行かなきゃ。アンダーサイカに行かなきゃ、って。


【約束通り来てくれたんですね、豊花ちゃん。】


 ごおっ、と強い風が巻き起こった。

「きゃっ…!!」

 地下街への入り口から生暖かい風の渦が、私目掛けて襲い掛かってくる。
 がしゃがしゃと激しく音を立てるフェンス。
 目を開けていられなくて、私は両腕を翳して頭を庇った。

「うぅ…!」

 いくら待っても風は止まない。
 もしかすると永遠に吹き続けるんじゃないだろうか。そんな錯覚すら抱く。

 ―――怖い、助けて、誰か…!

「…ヨシヤ……!!」


 ぴたっ、と、ふたつのものが止んだ。

 一つは、さっきまであんなに吹き荒れていた風。
 気持ち悪い生暖かさはもう無く、本来のちょっと涼しい過ごしやすい気温に戻ってる。

「……なんで私、今………?」

 私の思考が一時停止した。

 …なんで今、私、ヨシヤに助けを求めた?


「待ってましたよ。
 よく来てくれましたね。」

「!?」

 ふいに、すぐ近くから聞き覚えのある声がした。
 敬語といい、馴れ馴れしい「ちゃん」付けといい、私の中で知る人物といえば一人だけ。

「……よ、ヨシヤ……?」

 いつの間にか、そこは地上じゃなかった。
 狭い通路の両側に不気味な店構えがずらりと並び、私の目の前には“薬屋”とだけ書かれた古風で現代風な薬局。

 そしてその入り口に立ち、腰を屈めて、私のことを楽しそうに見下ろす人。

 いつの間にか、私は戻って来ていた。


「お帰りなさい、豊花ちゃん。」


 アンダーサイカに。
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