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第2章 喚【よぶ】
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日曜日の朝とあって、まだ人通りは少ない。
家から旧斎珂駅を繋ぐ大通りを全力疾走しても、特に注目されなかった。
「はぁ、はぁ………。」
無人駅と化してからかれこれ5年。でも景観は昔のまま。
“斎珂駅”の看板も、取り外されず今も残っている。
…ただ、
「…やっぱり、閉まってる。」
入り口はすべて背の高いフェンスでぴったり塞がれ、入り込む隙間もなかった。
昨日は確かやや裏手の…フェンスの下のほうの僅かな隙間から入った。
また入れるかもしれないと思い、裏手に回り込んでみると、
「そっち緩いからな。しっかり止めろよ。」
「はーい。」
作業員数人がフェンスの隙間を針金やボルトで塞いでいる最中だった。
「………。」
間違いないのに。
私たちは昨日、確かにここから入って、あの不気味な地下世界へ紛れ込んだ。
ヨシヤと交わした約束も、本当。
『また会えるのを楽しみにしています。』
「…これじゃ、もう会いに行けないよ。」
私にフェンスをこじ開けたりよじ登ったりする力はない。
こんな目の前まで来たのに、ヨシヤに会う方法が、ない。
「…………。」
嬉しい、はずなのに。
あんな気味の悪い場所に行かないで済む。それを喜ぶべきなのに、私は、ヨシヤとの約束を守れないことに対して、申し訳なさを感じていた。
―――ヨシヤは怒るかな。それとも、悲しむかな…。
下を向き、肩を落とす。
いつまでもここにいたって、私にできることはない。
作業員さんに「中に入らせてください」とお願いしたところで聞いてくれるわけないし。
「……夜また来てみよう。」
アンダーサイカに入ったのは夜中。
もしかしたら、中に入れる方法が見つかるかもしれないし。
後ろめたさを感じながらも私はひとまず家に帰ることにした。
一歩下がった時だ。
ドンッと、後ろにいた誰かにぶつかった。
「きゃっ…!」
「おっと、っと…。」
おじさんの声。
振り返ると、そこには紺色の制服と帽子を身につけた、恰幅のいいお巡りさんが立っていた。
そうだ、駅前には交番があったっけ。一度も利用したことはないけど。
「あぁ、びっくりさせてごめんよ。お嬢ちゃん迷子かな?」
「え?違う………。」
私自身は特に悪いことはしてないけど、お巡りさんを目の前にすると妙に身構えちゃうな。
「…えっと…、宿題!そう、学校の宿題で斎珂駅のこと調べに来たの。」
とっさに出た言い訳。
間違ってないぞ。調べたいのは斎珂駅の“地下街”のほうだけど。
「そうか、宿題。偉いねぇ。」
お巡りさんは私の頭をぽんぽんと軽く叩いた。
良かった。信じたみたい。
「……でも、斎珂駅はやめといたほうがよかったな。」
「え?」
―――どういう…?
首を傾げて言葉の先を求める。
お巡りさんは斎珂駅の看板を見上げ、どこかつらそうに語り始めた。
「南岸線斎珂駅。
おじさんが若い頃からこの駅はあってね。隣の駅との間隔が狭くて、別に歩いてもいいだろうに、皆は駅を利用したよ。
どこにでもありそうな小さな駅。
…だがある日を境に、斎珂駅は“ある事件”で有名になってしまった。」
「…事件って?」
「飛び込み自殺だよ。」
小学生の前だっていうのに、お巡りさんは見事に包み隠さず答えた。
そのせいか、私も最初は“自殺”と言われた実感がなくて、黙って次の言葉を待つしかなかった。
「小さい駅だから快速電車なんかは停まらず通過する。その猛スピードを利用して、自殺者達は飛び込むんだ。電車の鼻面へ。」
手で、人と電車がぶつかる仕草をするお巡りさん。ちょっと不謹慎だ。
「大人だけじゃなく、若者や、お嬢ちゃんくらいの子どもまでね。ブームみたいなもんだったんだよ。
そのあまりの自殺者の多さに次第に駅を利用する客は減っていき、駅側も金銭的や精神的な問題できつくなっちゃって。
斎珂駅を封鎖してから早5年。今も駅は取り壊されるでも改装するでもなく、そのまま。
巷じゃアンダーサイカとかいうよく分からん都市伝説まで生まれるしな。本当、気味が悪いよここは。」
ふとお巡りさんが自嘲気味に笑った。
「気味悪い」と言うわりに、なんだろう。まるでこんな酷い目に遭ってしまった斎珂駅や、自殺者たちを哀れんでるみたいな。
「………お巡りさんは、アンダーサイカの都市伝説、信じる?」
「…………。」
本当は少し期待してた。でも答えは、思った通り。
「まともな奴なら信じないな。そんな根も葉も無い噂。
それに、警察が非科学的なことを信じたらこの町は終わりだ。」
「……ごもっとも。」
都市伝説を信じてるのは子どもか、子どもみたいな大人だけ。
私の体験した出来事を信じてくれる人なんて…。
「ただ、妙なんだよなぁ。」
「?」
お巡りさんの表情がちょっと柔らかくなった。
妙って言うくらいだから、もっと気難しい顔をしてもいいのに。
「何が?」
「普通こういう無人になった場所っていうのは、チンピラや不良や浮浪者の溜まり場になっててもおかしくないんだよ。フェンスを壊して無理矢理入っていくとか。
それがないんだ。誰も立ち入らない。不良達は皆お行儀良くしてる。おじさん長いことお巡りやってるけど、本当に妙だ。」
確かにそれは思った。実際地下に潜ってこの目で見たし。
「…もしかしたら……、」
お母さんや拓くんの時の、記憶のすり替えと同じかもしれない。
私には分からない何らかの方法で、不良たちがここに入らないようにしてるんだ。きっと。
―――ヨシヤがやった?…ううん、ヨシヤだけじゃなくて、きっとアンダーサイカ全体が……。
「…………。
ありがとうお巡りさん。私、おうちに帰る。」
もうここにいても意味はないから。
お礼を言うと、お巡りさんは顔を綻ばせた。どこか恐い印象があったから、その穏やかな顔はちょっと予想外だ。
「悪かったね、変な話をして。
一人で大丈夫かい?」
「うん、平気。さようなら。」
「はい、さようなら。」
パタパタと手を振って、私はお巡りさんと斎珂駅を背に歩きだす。
…正しくは、門前払いを食らって逃げ帰る。
―――また夜に来よう。
その時は、あのお巡りさんに見つからないといいけど。
家から旧斎珂駅を繋ぐ大通りを全力疾走しても、特に注目されなかった。
「はぁ、はぁ………。」
無人駅と化してからかれこれ5年。でも景観は昔のまま。
“斎珂駅”の看板も、取り外されず今も残っている。
…ただ、
「…やっぱり、閉まってる。」
入り口はすべて背の高いフェンスでぴったり塞がれ、入り込む隙間もなかった。
昨日は確かやや裏手の…フェンスの下のほうの僅かな隙間から入った。
また入れるかもしれないと思い、裏手に回り込んでみると、
「そっち緩いからな。しっかり止めろよ。」
「はーい。」
作業員数人がフェンスの隙間を針金やボルトで塞いでいる最中だった。
「………。」
間違いないのに。
私たちは昨日、確かにここから入って、あの不気味な地下世界へ紛れ込んだ。
ヨシヤと交わした約束も、本当。
『また会えるのを楽しみにしています。』
「…これじゃ、もう会いに行けないよ。」
私にフェンスをこじ開けたりよじ登ったりする力はない。
こんな目の前まで来たのに、ヨシヤに会う方法が、ない。
「…………。」
嬉しい、はずなのに。
あんな気味の悪い場所に行かないで済む。それを喜ぶべきなのに、私は、ヨシヤとの約束を守れないことに対して、申し訳なさを感じていた。
―――ヨシヤは怒るかな。それとも、悲しむかな…。
下を向き、肩を落とす。
いつまでもここにいたって、私にできることはない。
作業員さんに「中に入らせてください」とお願いしたところで聞いてくれるわけないし。
「……夜また来てみよう。」
アンダーサイカに入ったのは夜中。
もしかしたら、中に入れる方法が見つかるかもしれないし。
後ろめたさを感じながらも私はひとまず家に帰ることにした。
一歩下がった時だ。
ドンッと、後ろにいた誰かにぶつかった。
「きゃっ…!」
「おっと、っと…。」
おじさんの声。
振り返ると、そこには紺色の制服と帽子を身につけた、恰幅のいいお巡りさんが立っていた。
そうだ、駅前には交番があったっけ。一度も利用したことはないけど。
「あぁ、びっくりさせてごめんよ。お嬢ちゃん迷子かな?」
「え?違う………。」
私自身は特に悪いことはしてないけど、お巡りさんを目の前にすると妙に身構えちゃうな。
「…えっと…、宿題!そう、学校の宿題で斎珂駅のこと調べに来たの。」
とっさに出た言い訳。
間違ってないぞ。調べたいのは斎珂駅の“地下街”のほうだけど。
「そうか、宿題。偉いねぇ。」
お巡りさんは私の頭をぽんぽんと軽く叩いた。
良かった。信じたみたい。
「……でも、斎珂駅はやめといたほうがよかったな。」
「え?」
―――どういう…?
首を傾げて言葉の先を求める。
お巡りさんは斎珂駅の看板を見上げ、どこかつらそうに語り始めた。
「南岸線斎珂駅。
おじさんが若い頃からこの駅はあってね。隣の駅との間隔が狭くて、別に歩いてもいいだろうに、皆は駅を利用したよ。
どこにでもありそうな小さな駅。
…だがある日を境に、斎珂駅は“ある事件”で有名になってしまった。」
「…事件って?」
「飛び込み自殺だよ。」
小学生の前だっていうのに、お巡りさんは見事に包み隠さず答えた。
そのせいか、私も最初は“自殺”と言われた実感がなくて、黙って次の言葉を待つしかなかった。
「小さい駅だから快速電車なんかは停まらず通過する。その猛スピードを利用して、自殺者達は飛び込むんだ。電車の鼻面へ。」
手で、人と電車がぶつかる仕草をするお巡りさん。ちょっと不謹慎だ。
「大人だけじゃなく、若者や、お嬢ちゃんくらいの子どもまでね。ブームみたいなもんだったんだよ。
そのあまりの自殺者の多さに次第に駅を利用する客は減っていき、駅側も金銭的や精神的な問題できつくなっちゃって。
斎珂駅を封鎖してから早5年。今も駅は取り壊されるでも改装するでもなく、そのまま。
巷じゃアンダーサイカとかいうよく分からん都市伝説まで生まれるしな。本当、気味が悪いよここは。」
ふとお巡りさんが自嘲気味に笑った。
「気味悪い」と言うわりに、なんだろう。まるでこんな酷い目に遭ってしまった斎珂駅や、自殺者たちを哀れんでるみたいな。
「………お巡りさんは、アンダーサイカの都市伝説、信じる?」
「…………。」
本当は少し期待してた。でも答えは、思った通り。
「まともな奴なら信じないな。そんな根も葉も無い噂。
それに、警察が非科学的なことを信じたらこの町は終わりだ。」
「……ごもっとも。」
都市伝説を信じてるのは子どもか、子どもみたいな大人だけ。
私の体験した出来事を信じてくれる人なんて…。
「ただ、妙なんだよなぁ。」
「?」
お巡りさんの表情がちょっと柔らかくなった。
妙って言うくらいだから、もっと気難しい顔をしてもいいのに。
「何が?」
「普通こういう無人になった場所っていうのは、チンピラや不良や浮浪者の溜まり場になっててもおかしくないんだよ。フェンスを壊して無理矢理入っていくとか。
それがないんだ。誰も立ち入らない。不良達は皆お行儀良くしてる。おじさん長いことお巡りやってるけど、本当に妙だ。」
確かにそれは思った。実際地下に潜ってこの目で見たし。
「…もしかしたら……、」
お母さんや拓くんの時の、記憶のすり替えと同じかもしれない。
私には分からない何らかの方法で、不良たちがここに入らないようにしてるんだ。きっと。
―――ヨシヤがやった?…ううん、ヨシヤだけじゃなくて、きっとアンダーサイカ全体が……。
「…………。
ありがとうお巡りさん。私、おうちに帰る。」
もうここにいても意味はないから。
お礼を言うと、お巡りさんは顔を綻ばせた。どこか恐い印象があったから、その穏やかな顔はちょっと予想外だ。
「悪かったね、変な話をして。
一人で大丈夫かい?」
「うん、平気。さようなら。」
「はい、さようなら。」
パタパタと手を振って、私はお巡りさんと斎珂駅を背に歩きだす。
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