狗神巡礼ものがたり

唄うたい

文字の大きさ
上 下
58 / 75
五:大狗祭り

おれと一緒に

しおりを挟む
 山犬達は皆、祭りを心から謳歌しているようでした。
 きっと彼らにとって、この祭りは何より尊ぶべきものなのでしょう。
 山犬の面を被って、皆と同じ物を食すわたし…唯一違うのは、わたしは山犬ではなく、人の身であるということ。

 境内の隅に建てられた、古い物見櫓ものみやぐらの上からは、そんな大狗祭りの全容が見渡せました。

「ここ良いだろ。おれのとっておきの場所なんだ」

 義嵐さまは嬉しそうに言いながら、手にした串団子を口へ運びます。
 わたしの手にも、焼き目がついて香ばしい匂いを纏うお団子が一串。このお団子の屋台を始め、義嵐さまはお勧めのお菓子や工芸品の屋台などをたくさん案内してくださいました。

「…義嵐さまは、大狗祭りが大好きなのですね」
「山犬達がつどう唯一の機会だからね。“狗神への感謝を表す”って名目も、“賑やかな雰囲気を味わいたい”って思うのも、人の祭りと何ら変わらないよ」

 巡礼の最後の聖地。身構えていた部分もありましたが、お祭りとは本来、そこに住まう者達が一堂に会して、交流が生まれる場。
 もっと肩の荷を下ろして楽しんで良い所。
 もしかすると義嵐さまは、わたしのために…。

「あの、義嵐さま。ありがとうございます。わたしに最後に、楽しい思いをさせてくださったのですよね?」
「…分かった? わざとらしかったかな」
「いいえ、そんなことありません」

 やっぱり義嵐さまはお優しい。
 そして、同じお使いである、仁雷さまもまた。

「義嵐さま。わたしはもう大丈夫です。仁雷さまを捜しに行って参ります」
「…………」

 ふと、義嵐さまの顔が曇りました。
 その目は賑やかな祭りではなく、もっと遠くに向けられて。

 かと思えば、こちらへ向き直った彼の瞳は、ひとつの強い決意に燃えていました。

「………早苗さん。おれと一緒に、遠くへ逃げる気はない?」

「………え……?」

 突然の申し出に、わたしは手にしていたお団子を思わず落としてしまいます。
 串は櫓の遥か下へ下へと落ち、音すら聞こえなくなります。

「…義嵐さま、ご冗談でしょう…? なぜそんなことを…?」

 わたしの巡礼への決意を、義嵐さまは知ってくださった。
 それなのに、なぜ…?

「おれはどうしても、きみを死なせたくない。これは、巡礼の試練で命を落とした、秋穂あきほさんとの約束なんだ」

「…………っ」

 背筋に冷たいものが走りました。
 義嵐さまの口にした名。秋穂。

 それは昔病死した、わたしの母の名だったのです。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

[恥辱]りみの強制おむつ生活

rei
大衆娯楽
中学三年生になる主人公倉持りみが集会中にお漏らしをしてしまい、おむつを当てられる。 保健室の先生におむつを当ててもらうようにお願い、クラスメイトの前でおむつ着用宣言、お漏らしで小学一年生へ落第など恥辱にあふれた作品です。

女装とメス調教をさせられ、担任だった教師の亡くなった奥さんの代わりをさせられる元教え子の男

湊戸アサギリ
BL
また女装メス調教です。見ていただきありがとうございます。 何も知らない息子視点です。今回はエロ無しです。他の作品もよろしくお願いします。

♡蜜壺に指を滑り込ませて蜜をクチュクチュ♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート♡年末まで毎日5本投稿中!!

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

処理中です...