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3章 都大会(1年目)

50話 リレーメンバー候補

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「やっぱり強豪校は設備が違うな~」

 目の前に広がるのは、観戦スタンドこそ簡易なものの、きちんと8レーン分タータンが敷かれた陸上競技場。
 地区大会が終わったの次の土曜日、夏の森陸上部は、立身大の所有する陸上競技場に来ていた。
 大学所有なので一般の利用者はおらず、さらに大学陸上部の練習時間とずらしたことで今日は貸し切りだ。

「あらあら、この練習場が珍しいですかぁ? 夏の森はグラウンドですものねぇ。今日は思う存分、タータンで走れますよぉ」

 出迎えてくれたのは立身大付属の凌監督。
 相変わらずマウントを取ってくるが、陽子達は設備に感動していて気にしていない。

「いやー助かったよ。南地区の競技場は他の学校でいっぱいだし、せいぜい2人ずつでしか走れなさそうだったからさー!」
「今日はうちの子達と夏の森だけの貸し切りですからねぇ。気兼ねせずゆっくりしていってください」

 ロリ先生が話をつけてくれたお陰で、立身大付属と合同練習会ということで競技場を貸し切ることができた。
 目的は、タイムトライアル。
 都大会に向けて、リレーのオーダーを組み直すためにメンバーの走力を確認する必要があるからだ。
 地区大会から都大会までは僅か2週間しかなく、使える週末も1回だけ。
 タイトなスケジュールの中で他校も同じことを考えているのだろう、大会が開催された南地区の競技場は、一般開放されていることもあって大混雑とのことだ。

「都大会は地区大会と違って、開催日数が増えるとともにラウンドも増える! 走る本数が増える分、疲労も溜まるしコンディション調整が難しいぞ。リレーメンバー4人だけで乗り切るのは難しいだろう。だから、都大会のリレーはリザーバーの活躍にかかっていると言っても過言ではないぞ!」

 都大会は2週間に渡って開催され、週末2回分、4日間で競技を行う。
 地区大会の倍の開催期間となるが、その分、全てのトラック種目で予選、準決勝、決勝と3ラウンド制になる。
 地区大会では短距離で2ラウンド制、中距離以降はタイムレース決勝の1ラウンド制だったため、かなりハードだ。
 さらに前半を終えたら間に平日を挟むため、コンディションの調整は非常に難しい。
 このことから、本来の実力を発揮できた選手と、できなかった選手の差が大きくなるという特徴がある大会だ。

 選手の疲労を考え、リレーのルールも地区大会と少し変わる。
 まず登録選手が6人というところは変わらないが、6人に加えて『個人種目での都大会出場者』もリレー参加ができる。
 そのため、個人種目での出場者が多いほど、オーダーの組み合わせを増やすことができるルールだ。
 ただし、どのラウンドでも最低2人はリレーの登録選手が走らなくてはならないため、完全に自由に組めるというわけでもない。

「今回の都大会は、3年生を軸にして組んでいくが、各ラウンド毎のオーダーはタイムトライアルの結果を見て決める! 私もまだ全然、ベストオーダーが見えてきてないからな、ここでしっかり実力を見させてもらうぞ!」

 今回の都大会、ロリ先生はリレーの軸に3年生を選んだ。
 四継は蒼と美咲、マイルは蒼と麻矢だ。
 軸となる選手は、どのラウンドでもほぼ全て走ることになる。
 蒼は個人走高跳に出場するが、関東大会出場は確実と言える。
 試技数も少なくクリアできると見込み、体力はリレーに回すことができる。
 美咲は個人200mに出場するため後半2日間が、麻矢は個人100mに出場するため前半の2日間が忙しいが、それぞれ残りの2日間は完全にフリーだ。
 間に平日を挟むこともあって回復できるため、リレーに専念できる。
 このメンバーに任意の2人を加えたオーダーで、四継とマイルを3ラウンドずつ、6レース戦うことになる。

 どちらのリレーも決勝で使うメンバーは(故障さえなければ)ほぼ決まっているが、問題はオーダー。
 どのポジションに配置するのがベストかは、まだロリ先生も判断しきれていない。
 また予選、準決勝についてはメンバーも不透明だ。
 故に、このタイムトライアルでそれぞれの実力を見極める必要がある。

「あの口ぶり……決勝も、地区のときと同じオーダーにはしないのかな?」
「瑠那さんがバトンに慣れてきたし、1走に置いておくのは勿体ないとって私でも思うから、そこを考えてるのかも。あとはマイル……順当にいけば同じオーダーになりそうだけど、場合によっては、変わるかもよ」
「確かに、決勝だけ瑠那を入れるってのもあるよな……」
「それもあるけど、そうじゃなくて! 陽子もでしょ!」
 
 陽子が疑問を口にすると、伊緒は陽子を見ながら答えた。

「え……私!?」
「瑠那さんは確かに400mも速いけど、都大会後半には個人200mがあるんだよ。決勝まで走るのは確実だと思うから、個人100に加えて200mで6レース。四継が決勝だけだとしても7レース。、麻矢先輩や歌先輩、綾乃先輩や陽子もいることを考えたら、8レース目を無理して走るってのはしないんじゃないかな。でも陽子は体力オバケだから、200mの後でも走れるでしょ?」
「な、なるほど……私、200mで決勝行かなかったら最終日暇だしな……」
「最終日は800mの決勝もあるし、仮に歌先輩や綾乃先輩と陽子が同タイムだったら、疲労がない分、陽子を選ぶかも。そこらへん、先生は現実的な目で見てると思う。少なくとも、予選準決勝では十分候補なんだから、頑張ってよ!」
 
 伊緒は陽子の背中をバシッと叩くと笑って見せた。
 タイムトライアルは伊緒も走るが、メンバー入りは望み薄だろう。
 どちらかと言えば、ここまでの練習成果の確認のためといったところだ。
 花火も同じで、四継の予選なら可能性はあるが、疲労軽減とバトン精度を天秤にかけると、おそらく望み薄だろう。
 瑠那は四継ではエースとして当然のこと、マイルも疲労を考えて使わない可能性が高いが、走力だけで言えば十分候補になる。
 そして1年生で瑠那を追えるのは、残る陽子だけだ。
 伊緒は陽子に、リレーを走ってもらいたいと思っている。
 友達だからとか、1年生の仲間だからとか、そんな理由ではない。
 3年後の勝利のためだ。

 自分達は最強を目指すのだ。
 ならば、いつまでも瑠那1人に頼っていてはダメだ。
 陽子は一刻でも早く、マイルのエースにならなければならない。
 だから、ここで強さを見せ、その階段を上らなければならない。
 伊緒も花火も、まだその階段は上れない。
 必死に追いかけても、まだ道は遠い。
 しかし、陽子は違う。
 もう階段に足がかかっているのだ。
 本人はまだ自覚できていないかもしれない、しかしその実力はまさに伸び盛り、急激な成長期を迎えていた。
 日々、間近で走りを見ている伊緒にはそれが分かる。
 当然、ロリ先生も気付いているだろう。
 だからこそのタイムトライアルだ。
 今日のこの場は、半分、陽子のためのものと言っても過言ではない。

 先輩達に、陽子が勝てるか否か。
 それを見極める場だ。
 当然、ロリ先生も伊緒も直接は言わない。
 しかし、本人に発破はかけなくてはならない。
 早く、自分達の頼れるエースに成長してもらうために。

「まったく、400m専門で、都大会出場者でしょ? いくら先輩相手だからって、ショートスプリンターに負けてちゃマイルエースの座は遠いよ!」
「そうは言っても、麻矢先輩とか実質マルチスプリンターじゃん! 綾乃先輩も中距離選手なのに100mで13秒台出してくるし、うちの先輩達、色々おかしいって!」
「それに勝つから、エースなんでしょうっ!」
「ひぇ~頑張る、頑張ります!」

 通りがかった麻矢と美咲が「お前ら2人いつも仲良しだな~」「まるで夫婦漫才ね」と言って歩き去る。
 陽子は「先輩達に言われたくないんですが……」と思うが、伊緒は少し照れて赤くなる。
 
(この人が走る理由は自分じゃなくていい。瑠那さんのために、強くなって欲しい。でも、その過程を見守るくらいは……その背中を押すくらいは、私にも許してください)

 スパイクに履き替えた陽子を、伊緒は優しく送り出した。
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