優秀賞受賞作【スプリンターズ】少女達の駆ける理由

棚丘えりん

文字の大きさ
上 下
40 / 68
2章 デビュー戦

40話 昭穂との再会

しおりを挟む
(戦術もタイムも、凄いレースだったなぁ)

 陽子は800mのレースを思い出しながら、自販機に向かっていた。
 昼の日差しを浴びると、つい冷たいスポーツドリンクが飲みたくなる。
 美咲は「内臓に悪い!」と言ってぬるめのものしか飲まないが(しかも自作で甘さ控えめ)麻矢なんかは冷たいコーラをガブガブ飲んでいる。
 陽子は麻矢ほどジャンキーな好みではないが、それでも冷たいスポーツドリンクの魅力は格別だ。

「あれ、昭穂さん……!」
「陽子ちゃんじゃん! どうしたのー」

 自販機の前では昭穂がドリンクを選んでいた。

「冷たいスポーツドリンクが飲みたくなっちゃって。持ってきたやつ、ぬるいんで」
「分かる~! どれがいい? さっきのお礼、ご馳走するよ」
「えっいいんですか! じゃあアクエリで」

 昭穂が『つめた~い』のボタンを押すと、ガコンッと音をさせながらアクエリアスが出てくる。

「「気持ちぃ~!」」

 キンキンに冷えたボトルを首にあて、2人は気持ちよさそうに声を上げた。
 同じことをしてることに気付き、少し照れて笑う。

「ちょっと、おしゃべりしてく?」
「今は暇してるんで、ぜひ!」

 スタンドに出て座り、夏の森も立身大もいないエリアでのんびりとトラックを眺める。
 トラックでは競歩が行われており、彼女達もきっと全力で戦っているのだろう、日差しの中で汗が輝いていた。
 名前も知らない選手達だが、そう思うとつい応援したくなる。

「私、競歩ってやったことないんだけどさ、あの歩き方って凄い難しいんでしょ? わざわざ競歩を選んで大会に出てるってことは、あの子達もきっと、凄い努力してきたんだろうね。少なくとも、投げ出さないで出場しようって思うくらいには」

 すでに周回遅れになっている選手に向かって、そのチームメイトだろうか「大丈夫、このペースならゴールできるよ!」と声をかけている。
 中長距離の種目では一定時間を過ぎると、進行の都合上、競技が打ち切られることがある。
 全力でゴールを目指した選手が打ち切りによってゴールできなかったときは、観戦者も悲しい気持ちになる。

「そうですね……知らない選手でも、そう思って見てるとつい応援しちゃいます」
「陽子ちゃんは優しいねえ。うちの人達、周回遅れの選手なんて多分見てないよ」

 立身大付属の選手は周回遅れになんてならないのだろう。
 いや、周回遅れになりかねない選手は、出場の枠すら獲得できないのだ。
 だから、誰も興味を持たない。
 しかし、昭穂は今、周回遅れの選手を目で追っていた。
 陽子は思い切って、疑問を投げかけてみる。

「昭穂さんって、部活……辛くなったりとか、ならないんですか? 立身大付属ってかなり厳しいって聞きますけど。レギュラー争いとか、そもそも大会に出られないまま終わっちゃう選手がいるとか」

 言ってから、まるで昭穂が遅いと言っているようで少し失礼だったかな? と思うが昭穂は特に気にしていないようだ。

「まぁー嫌になることもゼロじゃないよ。実際、先生も練習も厳しいしね! でも……走るの好きだからさぁ」
 
 走るのが好き。そう語る昭穂が、何故立身大付属で陸上をしているのか、部外者の陽子には分からなかった。
 陽子のイメージでは、限られた才能を持つ選手達が、ひたすらに上位を目指して切磋琢磨する、楽しさよりも結果を求める。そんなチームに見えるのだ。
 走るのが好きならば、もっと楽しく走れるチームを選べばよかったのに。そう疑問は残ったままだ。

「なんていうか、ちょっと失礼な言い方かもしれないんですけど」

 そう前置きする陽子に「気にしないから続けて!」と昭穂は言い、先を促した。
 
「昭穂さん、他のチームならエース級の速さじゃないですか。よそなら出場枠とかも気にせず、1年生からずっとレギュラー入りできるんじゃ? って思うんですけど……どうして、立身大付属を選んだんですか……?」

 昭穂がレギュラー入りできたのは2年生からだ。
 それも、200mの3番手として。
 外部に進学した花房澪、木下昼寝が仮に在籍していれば、卒業までずっと、それすら叶わなかっただろう。
 強力な仲間を求め、リレーで頂点を目指すために強豪校を選ぶ選手もいる。
 しかし昭穂はリレーメンバーに選ばれていないし、本人もそうしたつもりではなさそうだ。
 となれば、質の高い練習はできるかもしれないが、走る機会自体は圧倒的に少なくなってしまうと言える。

「確かに、私の実力じゃレギュラー入りも危ういからね~。もっと速い子たくさんいるし。うち、一貫校だからさ。一緒に練習してる今の中3の子とか見てると、来年、私より速いかもなーって子もいるくらいだし。自分からそんな学校選ぶって、確かにそれだけ聞いたら馬鹿みたいだよね!」
 
 ははは! と明るく笑っているが、内容的には全然笑えない。
 つまり昭穂のレギュラーの座は、せっかく獲得したのに、すでに危ういということだ。
 引退前の3年生でレギュラー落ちなんて、それまでの努力が報われないじゃないか。と陽子は思う。

「でもさ、陸上競技って本来、究極の弱肉強食じゃん? 誰がどれだけ速いとか、全部記録で見せつけられるしさ。だから速い子がいるなら、他の選手なんて無視して、その子が走るべきなんだよ。立身大付属を選んだのは、そういうフェアな文化が根付いてたからかな」
「うーん、速い人が走るべきってのは私も賛成なんですけど……。なおさら、もう少し別のレギュラー入りしやすそうなチームを選んじゃうかもです。……って、私が夏の森を選んだのはそういうわけじゃないですよ!? あれは元々陸上やるつもりじゃなくて、たまたま入部することになったら結果的に部員数が少なかっただけで!」
「突然めっちゃ語るじゃん! まぁ、陽子ちゃんならそれで正解かもよー」

 自分で自分のチームを”レギュラー入りしやすそう”と言ってしまって慌てる陽子を見て、昭穂は面白そうに笑っている。

「なんか陽子ちゃんは話しやすいなー!」
「テンパってすみません! でも本当に、凄く不思議だったんですよ。例えばうちの瑠那とか、そちらの本田さんみたいな、圧倒的な実力があったら分かるんですけど。他の立身大付属の人達はなんで入部したんだろう。って。他のチームだったらエースになれるかもしれないのに、どうして大会で走ることすら叶わないかもしれない道を選んだんだろうって」
「そうだなー、ちょっと昔話していい?」
「ど、どうぞ!」
 
 陽子の疑問に答えるには、少し長い説明が必要だと思ったのだろう。
 少し目を伏せてから、昭穂は語り始める。
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ゲート0 -zero- 自衛隊 銀座にて、斯く戦えり

柳内たくみ
ファンタジー
20XX年、うだるような暑さの8月某日―― 東京・銀座四丁目交差点中央に、突如巨大な『門(ゲート)』が現れた。 中からなだれ込んできたのは、見目醜悪な怪異の群れ、そして剣や弓を携えた謎の軍勢。 彼らは何の躊躇いもなく、奇声と雄叫びを上げながら、そこで戸惑う人々を殺戮しはじめる。 無慈悲で凄惨な殺戮劇によって、瞬く間に血の海と化した銀座。 政府も警察もマスコミも、誰もがこの状況になすすべもなく混乱するばかりだった。 「皇居だ! 皇居に逃げるんだ!」 ただ、一人を除いて―― これは、たまたま現場に居合わせたオタク自衛官が、 たまたま人々を救い出し、たまたま英雄になっちゃうまでを描いた、7日間の壮絶な物語。

ヤマネ姫の幸福論

ふくろう
青春
秋の長野行き中央本線、特急あずさの座席に座る一組の男女。 一見、恋人同士に見えるが、これが最初で最後の二人の旅行になるかもしれない。 彼らは霧ヶ峰高原に、「森の妖精」と呼ばれる小動物の棲み家を訪ね、夢のように楽しい二日間を過ごす。 しかし、運命の時は、刻一刻と迫っていた。 主人公達の恋の行方、霧ヶ峰の生き物のお話に添えて、世界中で愛されてきた好編「幸福論」を交え、お読みいただける方に、少しでも清々しく、優しい気持ちになっていただけますよう、精一杯、書いてます! どうぞ、よろしくお願いいたします!

少年神官系勇者―異世界から帰還する―

mono-zo
ファンタジー
幼くして異世界に消えた主人公、帰ってきたがそこは日本、家なし・金なし・免許なし・職歴なし・常識なし・そもそも未成年、無い無い尽くしでどう生きる? 別サイトにて無名から投稿開始して100日以内に100万PV達成感謝✨ この作品は「カクヨム」にも掲載しています。(先行) この作品は「小説家になろう」にも掲載しています。 この作品は「ノベルアップ+」にも掲載しています。 この作品は「エブリスタ」にも掲載しています。 この作品は「pixiv」にも掲載しています。

拝啓、あしながおじさん。 ~令和日本のジュディ・アボットより~

日暮ミミ♪
恋愛
現代の日本。 山梨県のとある児童養護施設に育った中学3年生の相川愛美(あいかわまなみ)は、作家志望の女の子。卒業後は私立高校に進学したいと思っていた。でも、施設の経営状態は厳しく、進学するには施設を出なければならない。 そんな愛美に「進学費用を援助してもいい」と言ってくれる人物が現れる。 園長先生はその人物の名前を教えてくれないけれど、読書家の愛美には何となく自分の状況が『あしながおじさん』のヒロイン・ジュディと重なる。 春になり、横浜にある全寮制の名門女子高に入学した彼女は、自分を進学させてくれた施設の理事を「あしながおじさん」と呼び、その人物に宛てて手紙を出すようになる。 慣れない都会での生活・初めて持つスマートフォン・そして初恋……。 戸惑いながらも親友の牧村さやかや辺唐院珠莉(へんとういんじゅり)と助け合いながら、愛美は寮生活に慣れていく。 そして彼女は、幼い頃からの夢である小説家になるべく動き出すけれど――。 (原作:ジーン・ウェブスター『あしながおじさん』)

天使の隣

鉄紺忍者
大衆娯楽
人間の意思に反応する『フットギア』という特殊なシューズで走る新世代・駅伝SFストーリー!レース前、主人公・栗原楓は憧れの神宮寺エリカから突然声をかけられた。慌てふためく楓だったが、実は2人にはとある共通点があって……? みなとみらいと八景島を結ぶ絶景のコースを、7人の女子大生ランナーが駆け抜ける!

「南風の頃に」~ノダケンとその仲間達~

kitamitio
青春
合格するはずのなかった札幌の超難関高に入学してしまった野球少年の野田賢治は、野球部員たちの執拗な勧誘を逃れ陸上部に入部する。北海道の海沿いの田舎町で育った彼は仲間たちの優秀さに引け目を感じる生活を送っていたが、長年続けて来た野球との違いに戸惑いながらも陸上競技にのめりこんでいく。「自主自律」を校訓とする私服の学校に敢えて詰襟の学生服を着ていくことで自分自身の存在を主張しようとしていた野田賢治。それでも新しい仲間が広がっていく中で少しずつ変わっていくものがあった。そして、隠していた野田賢治自身の過去について少しずつ知らされていく……。

『ネガティ部!』~美男美女ばかりなのに普通?の俺が入部しても大丈夫なのか!?~

NOV
恋愛
俺、布津野一矢(ふつのひとや)は学園ラブコメアニメの様な生活を期待し夢と希望を抱きながら私立名染伊太(なぞめいた)学園高等学校に入学した。 入学初日に部活の見学に行った俺は見かけは地味だがよく見るとスタイル抜群で超絶黒髪美少女に声をかけられる。まぁ、部活の勧誘なんだけど…… ただ、その人は超絶美人ではあるけども、性格がかなりネガティブなのが気にはなるんだよなぁ…… そんな彼女から部活名は『ネガティ部』だと聞かされた俺はどう考えても嫌な予感しかしないので断ろうとしたけど、声をかけてくれた3年生で部長でもある越智子美代(おちこみよ)部長の美しさと「あなたが入部してくれないと私、死んでしまうんです!!」というほとんど脅しにとも思える泣き落としに負けてしまった俺は渋々、仮入部する事になってしまったんだが…… 学園トップクラスの美男美女だが性格に難がある彼女達と普通の少年が繰り広げるドタバタラブコメディ。 笑いあり、涙あり、そして鳥肌が立つくらいの感動的な場面もあるかもです(笑) ようこそ、ネガティ部へ!! 今日からあなたもネガティ部部員です!!

処理中です...