優秀賞受賞作【スプリンターズ】少女達の駆ける理由

棚丘えりん

文字の大きさ
上 下
19 / 68
1章 入部

19話 部活対抗リレー・決着

しおりを挟む
 追い上げる蒼と逃げる先頭集団との勝負は、予想以上にアッサリと終わった。
 経験の差か、まずスムーズなバトンパスによってリードが消え、駆け出してすぐに3位を走っていたソフト部が抜かれる。
 続いて加速、出し惜しみはしていられないとばかりに、バスケ部が砂埃を巻き上げながら走る。
 しかし狭いフィールド内での俊敏性が問われるバスケ部だ、スタートダッシュは速いが加速に伸びがない。
 後半に失速することのない体力自慢の彼女達だが、蒼を相手取るには最高速が足りなかった。
 長い脚を伸びやかに動かす蒼は、バスケ部もコーナーに入る前に抜き去る。
 バトンを受け取って数秒、早くも2位に浮上した蒼はさらに加速していく。
 残るはサッカー部。
 広いフィールドを走り回り、とっさの方向転換も求められる彼女達は、スピードも体力も、コーナリングもハイレベルだ。
 ザザザッ! と地面を削る音を立てながら、サッカー部の4走が全速力でコーナーを駆ける。
 しかし、激しくエネルギッシュに駆けるサッカー部の隣に、ついに蒼が現れる。
 
 ぬぅ。

 この擬音語が、後にサッカー部の4走が語った、並ばれたときの印象だ。
 蒼の走りは全体的に四肢の動きが緩やかで、素人のギャラリーでも目で追えると感じるほどだ。
 ギャラリーにまで聞こえる足音を立てながら、目で追えないほどの速さで四肢を回転させるサッカー部。
 その隣、それも外側を静かに走り、今にも抜き去りそうな蒼。

 見た者達は後に、まるで騙し絵のようだと語った。
 ただ、二人が並走したのは僅かに一瞬。
 瞬きをしたすぐ次の瞬間には、追い抜き劇など何もなかったかのように、蒼が先頭に立っていた。
 そしてゆったりと先頭を走っているように見えながらも、なぜかサッカー部を引き離していく。

「抜いたーっ!! 陸上部上級生チーム、ついに先頭に立ちました! まったく速く見えないにも関わらず、速い! 私もこれまで何度も見てきましたが、未だに部長の走りは不思議でなりません。時空でも歪んでるんですかね? 先生、解説お願いします!」
「あぁ、私も見るたびに頭が痛くなるが、一応解説は可能だぞ! 走る速さというのは、あくまで結果に過ぎないんだ。構成する要素は動きの速さと、大きさ。具体的に言えば、脚の回転と歩幅ってことだなー。花火ちゃんみたいなのは回転が異常に速いタイプで、希少な才能だが、それでもトレーニング次第である程度は身に着けることもできる能力だぞ。対して歩幅は、回転以上に天性のものが大きい! 蒼ちゃんの長い脚と、走高跳で全国6位という跳躍力が相乗効果をもたらして、あれだけの低回転でも速さを生み出せているんだぞ」

 蒼はエースとして、スプリンターとして、リレーを走っている。
 しかし個人種目では、1年生の秋の新人戦を最後に、一度も短距離種目には出場していない。
 1年生にして新人戦の関東大会400mで3位入賞を果たした『蒼炎そうえん』は、突如して個人短距離の世界を去った。
 そして2年生以降、出場するのは走高跳。
 無駄な試技はせず、常に冷静な跳躍の1回で勝利をさらう。
 跳躍界でも『蒼炎そうえん』の名は、すぐに憧れと畏怖の対象となった。
 静かに、しかし確固たる強さを見せる彼女は、荒々しく燃え広がる赤い炎よりも高温な、一点に収束された蒼い炎と評される。
 異色にも見える経歴だが、蒼の驚異的なストライドと、それによって発揮される速さは、走高跳の経験によって成熟されたと言える。
 
「このまま、また陸上部上級生チームが勝ってしまうんでしょうか! 唯一対抗できる選手は……」
「あぁ、来たぞ! 頂上決戦だ!」

 それは蒼が独走に入ろうとしたとき。
 走り去る蒼を悔しそうに見送るサッカー部の隣を、もう一つの影が追い抜いた。
 
「いけっ! 追いつけ、瑠那!」

 応援する陽子は、思わずガッツポーズを取る。

「現れたのは『磁器人形ビスクドール』の湖上瑠那! やはり、来ました! あの『蒼炎そうえん』を相手に追い上げる、追い上げている!」

 蒼以外を全て抜き去り、邪魔なものはなくなったとばかりに伸びやかな走りを見せる瑠那。
 最高速で勝る瑠那は蒼に追い付き、並んで最後の直線に入ろうとする。
 ショートスプリントの領域では、やはり専門にしている瑠那に分があった。
 しかしロングスプリントを得意とする蒼にとっては、ラストスパートこそが勝負の場だ。
 100mを過ぎた地点で並ばれることは期待以上だが、まだ蒼の想定内だ。

「二人が並びました! あとは最後の直線、ラストスパート! これはどちらが勝つか分からない!」

 蒼と瑠那とスピードは完全に拮抗していた。
 本来のスピードでは優位に立つ瑠那は、リードを詰めるために最初から全力を出さざるを得ず、走り切るための体力はギリギリだ。
 瑠那に対してリードを持っていた蒼は、並ばれこそすれ、体力にはまだ余裕がある。
 スピードを維持する瑠那と、ラストスパートをかける蒼。
 条件が重なり合い、偶然、二人は並走することになった。

 勝者を待つゴールテープは、もう僅かに10m先だ。
 ゴールの横では、判定員を担う香織が順位判定のため、見逃すまいと真剣な眼差しをしながら写真判定機を構えている。
 
 これまでバトンを繋いできた仲間達も、ゴールの横に集まり声援を送っている。
 自分達がバトンを繋いできた結果が、ついに今決まるのだ。
 
「部長……お願いします!」
「部長ー! 勝てる、勝てるわよ―!」
「部長! ラスト、負けんじゃねぇぞ!」

 歌、美咲、麻矢。
 蒼に絶対の信頼を置いているとはいえ、上級生達もこの接戦には本気で声援を送る。

「瑠那さん、勝ってください!」
「瑠那さんー! ラスト! ラストファイトー!」
「瑠那、いっけぇぇぇ!」

 花火、伊緒、陽子。
 瑠那までバトンを繋いできた仲間達の声を聞き、瑠那はもう一度力を入れなおす。
 しかし蒼よりも前に出ることはできない。

(楽しいですね、瑠那さん。このまま、いつまでもあなたと競り合いたいですが……やはり、私は負けるわけにはいきません)
(専門外とは言え、流石に二つ名持ちネームドか……走力では勝負がつかない! このレース、フィニッシュアクションの差で勝負がつく!)

 陸上競技のルールでは、胸がゴールラインを通過した時点でゴールと判定する。
 つまり、腕を伸ばしたり、脚でゴールライン踏んだりしたとしても、それはゴールとはならない。
 そこで、ゴールの瞬間に前へ大きく踏み込みながら胸を突き出す、フィニッシュアクションという技術が重要となる。
 しかし全力疾走の最後、ゴールラインを通過するタイミングでの正確なフィニッシュアクションには、非常に高度な技術が求められる。
 意図的にフォームを崩すことになるため、下手に形だけを真似するよりも、何もせず駆け抜ける方が速いと言われるほどだ。
 
「差がつきません! このまま同時にゴールとなるのでしょうか!」
「あのレベルの戦いは……フィニッシュアクションで決着がつく! 今、二人の腰の位置は完全に同じ。しかし上半身の長さ……フィニッシュアクションのリーチは部長に分があるぞ! 瑠那ちゃんの技術がそれを上回るかどうかが勝負の分け目になるはずだ!」

 ゴールテープが眼前に迫り、あと数歩でゴールという状況になってなお、二人は完全に並走していた。
 瑠那はフィニッシュアクションの動作を準備し、最後の勝負へ臨もうとした。
 しかしその時、ほんの少しだけ、蒼が前に出た。
 瑠那は驚きつつも、蒼とほぼ同時にゴールをする。
 
(ここで……前に!? 馬鹿な!)

 ゴールしたとき、瑠那は完璧なフィニッシュアクションをした。
 あのまま並走を続けていたなら、勝ったのは確実に瑠那だっただろう。
 しかし、最後の3歩……いや、2歩かもしれない。
 それほどの直前になって、蒼が前に出た。
 まるで、力を残していたかのように。
 勝負の結果は、分からなくなった。

「同時にゴール!! 結果は果たして……判定員の香織先輩からの報告が待たれます!」
「若干、最後に蒼ちゃんが前に出た気がしたが……瑠那ちゃんのフィニッシュアクションも完璧だったからなー。この席からだと判定できなかった。判定を待つしかないなー」
 
 どちらが勝ったのか、綾乃やロリ先生も含めてギャラリーはまだ判断しかねているようだ。
 続々と後続の選手達がゴールし、順位が読み上げられていく。
 しかし、1位、2位のみが未だ結果を明かされない。
 全てのチームがゴールした後、ようやく判定を終えた判定写真を手に、香織が実況解説席に向けて報告をする。
 綾乃は、なるほど……と頷いてから、インカムで指示をする。
 すると、校舎の壁にプロジェクションマッピングで判定写真が投影された。
 右下に「撮影協力 写真部」と記載されている。
 そして判定写真によって、わずかに蒼の胸が前に出ていることが分かった。
 
「優勝……陸上部上級生チーム! そして準優勝、陸上部新入生チーム! 60mのハンデを背負いながらも、上級生が意地で接戦を制しました!」
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ゲート0 -zero- 自衛隊 銀座にて、斯く戦えり

柳内たくみ
ファンタジー
20XX年、うだるような暑さの8月某日―― 東京・銀座四丁目交差点中央に、突如巨大な『門(ゲート)』が現れた。 中からなだれ込んできたのは、見目醜悪な怪異の群れ、そして剣や弓を携えた謎の軍勢。 彼らは何の躊躇いもなく、奇声と雄叫びを上げながら、そこで戸惑う人々を殺戮しはじめる。 無慈悲で凄惨な殺戮劇によって、瞬く間に血の海と化した銀座。 政府も警察もマスコミも、誰もがこの状況になすすべもなく混乱するばかりだった。 「皇居だ! 皇居に逃げるんだ!」 ただ、一人を除いて―― これは、たまたま現場に居合わせたオタク自衛官が、 たまたま人々を救い出し、たまたま英雄になっちゃうまでを描いた、7日間の壮絶な物語。

全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―

入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。 遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。 本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。 優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。

ヤマネ姫の幸福論

ふくろう
青春
秋の長野行き中央本線、特急あずさの座席に座る一組の男女。 一見、恋人同士に見えるが、これが最初で最後の二人の旅行になるかもしれない。 彼らは霧ヶ峰高原に、「森の妖精」と呼ばれる小動物の棲み家を訪ね、夢のように楽しい二日間を過ごす。 しかし、運命の時は、刻一刻と迫っていた。 主人公達の恋の行方、霧ヶ峰の生き物のお話に添えて、世界中で愛されてきた好編「幸福論」を交え、お読みいただける方に、少しでも清々しく、優しい気持ちになっていただけますよう、精一杯、書いてます! どうぞ、よろしくお願いいたします!

拝啓、あしながおじさん。 ~令和日本のジュディ・アボットより~

日暮ミミ♪
恋愛
現代の日本。 山梨県のとある児童養護施設に育った中学3年生の相川愛美(あいかわまなみ)は、作家志望の女の子。卒業後は私立高校に進学したいと思っていた。でも、施設の経営状態は厳しく、進学するには施設を出なければならない。 そんな愛美に「進学費用を援助してもいい」と言ってくれる人物が現れる。 園長先生はその人物の名前を教えてくれないけれど、読書家の愛美には何となく自分の状況が『あしながおじさん』のヒロイン・ジュディと重なる。 春になり、横浜にある全寮制の名門女子高に入学した彼女は、自分を進学させてくれた施設の理事を「あしながおじさん」と呼び、その人物に宛てて手紙を出すようになる。 慣れない都会での生活・初めて持つスマートフォン・そして初恋……。 戸惑いながらも親友の牧村さやかや辺唐院珠莉(へんとういんじゅり)と助け合いながら、愛美は寮生活に慣れていく。 そして彼女は、幼い頃からの夢である小説家になるべく動き出すけれど――。 (原作:ジーン・ウェブスター『あしながおじさん』)

少年神官系勇者―異世界から帰還する―

mono-zo
ファンタジー
幼くして異世界に消えた主人公、帰ってきたがそこは日本、家なし・金なし・免許なし・職歴なし・常識なし・そもそも未成年、無い無い尽くしでどう生きる? 別サイトにて無名から投稿開始して100日以内に100万PV達成感謝✨ この作品は「カクヨム」にも掲載しています。(先行) この作品は「小説家になろう」にも掲載しています。 この作品は「ノベルアップ+」にも掲載しています。 この作品は「エブリスタ」にも掲載しています。 この作品は「pixiv」にも掲載しています。

天使の隣

鉄紺忍者
大衆娯楽
人間の意思に反応する『フットギア』という特殊なシューズで走る新世代・駅伝SFストーリー!レース前、主人公・栗原楓は憧れの神宮寺エリカから突然声をかけられた。慌てふためく楓だったが、実は2人にはとある共通点があって……? みなとみらいと八景島を結ぶ絶景のコースを、7人の女子大生ランナーが駆け抜ける!

「南風の頃に」~ノダケンとその仲間達~

kitamitio
青春
合格するはずのなかった札幌の超難関高に入学してしまった野球少年の野田賢治は、野球部員たちの執拗な勧誘を逃れ陸上部に入部する。北海道の海沿いの田舎町で育った彼は仲間たちの優秀さに引け目を感じる生活を送っていたが、長年続けて来た野球との違いに戸惑いながらも陸上競技にのめりこんでいく。「自主自律」を校訓とする私服の学校に敢えて詰襟の学生服を着ていくことで自分自身の存在を主張しようとしていた野田賢治。それでも新しい仲間が広がっていく中で少しずつ変わっていくものがあった。そして、隠していた野田賢治自身の過去について少しずつ知らされていく……。

処理中です...