優秀賞受賞作【スプリンターズ】少女達の駆ける理由

棚丘えりん

文字の大きさ
上 下
3 / 68
1章 入部

3話 瑠那との再会

しおりを挟む
 翌日。先生も生徒も期待に満ちた、体育の授業が始まった。

「体育の授業を担当する口里こうざとかのんだ! 体育は1組と2組の2クラス合同でやるからな、賑やかにやっていこう!」

 朝礼台の上から元気いっぱいに話すのは体育教師の口里先生だ。
 147cmの小柄な身体に年齢不詳の童顔、名字も相まって生徒の間では『ロリ先生』と呼ばれる存在である。
 ちなみに教員間では『かのんちゃん』と呼ばれ、これはこれで危ない響きに聞こえる。
 本人は『かのん先生』と呼ぶように主張しているが、今のところあまり浸透はしていないようだ。
 そんな彼女は陸上部の顧問であり、体育の授業を通して部員候補を探している一人でもある。

「あれがロリ先生……噂通りの幼女だな」
「あれでも指導力は本物って噂なんだよ? 陸上界でも有名で、うちの学校も今年はかなり強く育て上げたんだとか」
「へー。でも有名って、それ見た目も半分くらいあるんじゃ……」

 陽子ようこ伊緒いおがヒソヒソと話していると、背後にぞろぞろと人が集まってくる。
 どうやら授業が空きコマになっている先生達がこぞって見物に来ているようだ。

「これは思った以上にギャラリーが大勢ね」

 伊緒が肩をすくめて言う。
 陽子はプレッシャーに弱い方ではないが、ここまで視線と圧を感じる体育の授業も珍しいだろう。

「スポーツテストの練習ってことで、一通りの種目やるからなー! 順番にやっていくぞ。はぐれないように!」
 
 グラウンドと体育館にスポーツテスト用の会場が用意されており、エリアを回って種目をこなす形式だった。
 アトラクション感覚で、回ることができ、なかなかに退屈しない。
 あの子は運動会で活躍しそうだとか、もうどこそこの部が目をつけているだとか、クラスメイトと雑談をしつつ種目をこなしていく。
 しかし好成績を出した者は徐々に視線を集め始めていくことに、陽子は嫌でも気付いた。

「陽子、やっぱり運動神経抜群ね! でも実際にここまで凄いなんて間近で見てびっくり」

 伊緒が驚くのも無理もない。
 スポーツテストは記録によって1~10点のスコアが与えられるが、陽子はここまでこなした種目全てで10点獲得の記録を出していた。

「記録、2m15!」
 
 そして今度は、立幅跳びで2m15を跳び、10点の2m10のラインを超えた。
 
「おぉ~!!」

 これまでの記録から陽子に注目していたのか、記録が読み上げられると歓声が上がる。
 中学時代にもあったことなので慣れてはいるものの、陽子も悪い気はしない。

「陽子、凄い! 立幅跳びの10点はバスケ部やバレー部の3年生でも難しいって聞くんだから、1年生でなかなか出せる記録じゃないよ!」
「まぁスポーツテストくらいの記録ならね」

 飛び跳ねて興奮する伊緒に謙遜して言ってみるが、嫌味に聞こえなかったかな?と心配になる。
 伊緒のスコアは5点、たまに6点といった具合で、陽子とは反対に残念な具合だったからだ。
 握力にいたっては20kgに至らず3点となっている。
 小枝のような細腕が、まったく筋肉の膨らみがないままプルプルと震えているのは、誰もが見ていて不安になる光景だった。

 計測を終えた陽子達も、他の生徒のジャンプを見ようと砂場を覗く。
 丁度、隣のクラスの少女が跳んだところだった。
 ただの好奇心で見ていた者がほとんどだったが、あまりにふわりと、柔らかくそして軽く飛ぶものだから少し見惚れてしまう。
 いいジャンプだね、と陽子が言おうとして、異常に気付く。

「あれ、なんか距離、長くないか……?」

 陽子が気付くと同時に、計測係が記録を読み上げる。

「記録、2m40……!?」
「えぇ!?」

 予想していなかった圧倒的な数字に、全員がどよめく。
 上がったのは感嘆の声ではなく、困惑の声だ。
 陽子と伊緒も驚いて、改めて記録の主を見る。
 しかしその容姿に改めて驚かされた。
 砂場に立つ少女は、ピンと伸びた背筋にバランスの取れた体格、陶器のように白い肌が人形を思わせた。
 小さな顔に見合わない大きな遮光ゴーグルを着けているが、目元から下を見ただけで美少女と誰もが認める容姿をしていた。

「って、ゴーグル!?」

 体育館で計測していた際にはゴーグルを着けていなかった上、記録上も陽子ほど目立たなかったので誰も気付いていなかったが、彼女は今、ゴーグルを着けてグラウンドにいた。

「あー、湖上こじょうは紫外線アレルギーでな、目が特にダメなんだ。だから屋外ではゴーグル着けてるし日陰にいる時間も長くなるだろうが、分かってやってな」
 
 ロリ先生の解説を聞いて生徒達は納得するが、陽子と伊緒は互いに顔を見合わせていた。

「なぁあれって……まさか」
「こ、湖上瑠那こじょうるな!?」
 
 二人同時に気付き、素っ頓狂な声を上げる。
 湖上瑠那は中学3年生にして突如陸上界に現れ、無名選手から僅か数か月で全国区の選手となった陸上界のイレギュラー。
 東京南地区大会で優勝、東京都大会で100m第2位、関東大会でも第3位の成績を誇り、いつしかついた二つ名は『磁器人形ビスクドール』。
 陸上オタクを自称する伊緒は当然のように知っている選手であるが、同時に、陽子にとっても忘れたくても忘れられない選手だ。
 陽子が走ることをやめた理由が、彼女との出会いなのだから。

 彼女を忘れようと逃げた先、しかしそこにも彼女は現れた。
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

「南風の頃に」~ノダケンとその仲間達~

kitamitio
青春
合格するはずのなかった札幌の超難関高に入学してしまった野球少年の野田賢治は、野球部員たちの執拗な勧誘を逃れ陸上部に入部する。北海道の海沿いの田舎町で育った彼は仲間たちの優秀さに引け目を感じる生活を送っていたが、長年続けて来た野球との違いに戸惑いながらも陸上競技にのめりこんでいく。「自主自律」を校訓とする私服の学校に敢えて詰襟の学生服を着ていくことで自分自身の存在を主張しようとしていた野田賢治。それでも新しい仲間が広がっていく中で少しずつ変わっていくものがあった。そして、隠していた野田賢治自身の過去について少しずつ知らされていく……。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

無敵のイエスマン

春海
青春
主人公の赤崎智也は、イエスマンを貫いて人間関係を完璧に築き上げ、他生徒の誰からも敵視されることなく高校生活を送っていた。敵がいない、敵無し、つまり無敵のイエスマンだ。赤崎は小学生の頃に、いじめられていた初恋の女の子をかばったことで、代わりに自分がいじめられ、二度とあんな目に遭いたくないと思い、無敵のイエスマンという人格を作り上げた。しかし、赤崎は自分がかばった女の子と再会し、彼女は赤崎の人格を変えようとする。そして、赤崎と彼女の勝負が始まる。赤崎が無敵のイエスマンを続けられるか、彼女が無敵のイエスマンである赤崎を変えられるか。これは、無敵のイエスマンの悲哀と恋と救いの物語。

隣の優等生は、デブ活に命を捧げたいっ

椎名 富比路
青春
女子高生の尾村いすゞは、実家が大衆食堂をやっている。 クラスの隣の席の優等生細江《ほそえ》 桃亜《ももあ》が、「デブ活がしたい」と言ってきた。 桃亜は学生の身でありながら、アプリ制作会社で就職前提のバイトをしている。 だが、連日の学業と激務によって、常に腹を減らしていた。 料理の腕を磨くため、いすゞは桃亜に協力をする。

隣人の女性がDVされてたから助けてみたら、なぜかその人(年下の女子大生)と同棲することになった(なんで?)

チドリ正明@不労所得発売中!!
青春
マンションの隣の部屋から女性の悲鳴と男性の怒鳴り声が聞こえた。 主人公 時田宗利(ときたむねとし)の判断は早かった。迷わず訪問し時間を稼ぎ、確証が取れた段階で警察に通報。DV男を現行犯でとっちめることに成功した。 ちっぽけな勇気と小心者が持つ単なる親切心でやった宗利は日常に戻る。 しかし、しばらくして宗時は見覚えのある女性が部屋の前にしゃがみ込んでいる姿を発見した。 その女性はDVを受けていたあの時の隣人だった。 「頼れる人がいないんです……私と一緒に暮らしてくれませんか?」 これはDVから女性を守ったことで始まる新たな恋物語。

ephemeral house -エフェメラルハウス-

れあちあ
恋愛
あの夏、私はあなたに出会って時はそのまま止まったまま。 あの夏、あなたに会えたおかげで平凡な人生が変わり始めた。 あの夏、君に会えたおかげでおれは本当の優しさを学んだ。 次の夏も、おれみんなで花火やりたいな。 人にはみんな知られたくない過去がある それを癒してくれるのは 1番知られたくないはずの存在なのかもしれない

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

処理中です...