密会の森で

鶏林書笈

文字の大きさ
上 下
33 / 37

三十三

しおりを挟む
 明るい日差しに照らされた野原に立った岐城君は懐かしさを感じた。だが、ここが何処かは分からなかった。
 前方に人影が二つ見えた。彼は迷うことなく、そちらに向かって歩いて行った。
「お父さま」
 小さい方の人影が呼びかけた。
 岐城君は呼びかけた少女のもとに駆けつける。
「お久しぶりでございます」
 少女の隣にいた女人が言った。
「朴尚宮!」
 会いたかった人にまた会えたのだ、夢と分かっていても嬉しかった。
 二人が見つめ合っている間に少女は繋いでいた手を離し、花畑の方に駆けて行った。
「私たちの娘かい」
 少女を見送りながらと岐城君が問うと
「はい、私の幼い頃にそっくりです」
と朴尚宮は笑顔で答えた。
 間も無く少女は花輪を持って戻って来た。
「お父さま、手を出して」
 少女の言うままに手を差し出すと、彼女は手首に花輪をはめた。
「私にくれるのか、ありがとう」
 岐城君が礼を言うと少女ははにかんだ笑みを浮かべた。そして、再び花畑の方に行った。
「元気なお嬢さまだね」
「ええ、ああして駆け回ったり、馬に乗ったり、笛を吹くのが大好きなんですよ」
「子供の頃の君のようにお転婆さんなんだね」
 尚宮は微笑みながら「ええ」と応じた。

「ちちうえ、おはようございます」
 隣に寝ていた若君が目を覚まして布団から抜け出すときちんと座って朝の挨拶をした。
 既に身支度を終えた岐城君は子供の頭を撫でて「よく出来ました」と応じた。
 その後、側に控えていた大尚宮と小尚宮が着替えさせた。それが済むと岐城君手ずから子供の髪を結う。かつて妻にしたのと同じように二つ結いにする。
「姫さまを思い出しますね」
 手伝いをする大尚宮が言うと
「そうだね」
と子供の父親は応えた。
「今日はね、吉祥と遊ぶの」
 若君が立ち上がって言うと
「そうか、その前に朝御飯を食べるんだよ」
と岐城君は子供の頭を撫でた。
「はーい」
 大尚宮に手を引かれて部屋を出る若君が元気に返事をした。
 部屋に残った小尚宮に岐城君は言った。
「もう一度私の子供を産んで欲しい」
「はい、分かりました」
 主人の子供の母親であり、屋敷内では主人の配偶者扱いされている彼女だが、所詮、使用人の一人に過ぎない。それゆえ拒否は出来なかった。
 だが、彼女には、そうした否定的な感情は全く無く、若君が大きくなって手があまり掛からなくなったので、もう一人子供が欲しくなったのだろうくらいに考えた。
 その夜、小尚宮は久しぶりに主人の寝室にいった。
「こうして二人きりになるのは何年ぶりだろうね」
 緊張気味の小尚宮に声を掛けながら岐城君が彼女の上着に手を触れた瞬間
“岐城さま”
何処からか声がした。同時に誰かが彼女に憑くのを感じた。
“どなたですか”
 問い掛ける間もなく意識が遠のいていった。
「朴尚宮!」
「お会いしたかったです」
 二人は抱き合い唇を合わせた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

懐かしき土地

ミリオタ
歴史・時代
架空の近代歴史を小説にしてこんな世界もある可能性を感じてもらえば幸いです。

妻がヌードモデルになる日

矢木羽研
大衆娯楽
男性画家のヌードモデルになりたい。妻にそう切り出された夫の動揺と受容を書いてみました。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

屍山血河の国

水城洋臣
歴史・時代
恨みを抱いた死体が蘇って人を襲う。恐ろしくも悲しい歴史伝奇ホラー  複数の胡人(北方騎馬民族)が中華に進出し覇を競った五胡十六国時代の事。  漢人至上主義の下に起こった胡人大虐殺により、数十万人が殺され、その遺体は荒野に打ち捨てられた。  そんな虐殺が起きて間もない冀州・曲梁県で起こった恐ろしくも悲しい事件の顛末とは。

紀伊国屋文左衛門の白い玉

家紋武範
歴史・時代
 紀州に文吉という少年がいた。彼は拾われっ子で、農家の下男だった。死ぬまで農家のどれいとなる運命の子だ。  そんな文吉は近所にすむ、同じく下女の“みつ”に恋をした。二人は将来を誓い合い、金を得て農地を買って共に暮らすことを約束した。それを糧に生きたのだ。  しかし“みつ”は人買いに買われていった。将来は遊女になるのであろう。文吉はそれを悔しがって見つめることしか出来ない。  金さえあれば──。それが文吉を突き動かす。  下男を辞め、醤油問屋に奉公に出て使いに出される。その帰り、稲荷神社のお社で休憩していると不思議な白い玉に“出会った”。  超貧乏奴隷が日本一の大金持ちになる成り上がりストーリー!!

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

幕府海軍戦艦大和

みらいつりびと
歴史・時代
IF歴史SF短編です。全3話。 ときに西暦1853年、江戸湾にぽんぽんぽんと蒸気機関を響かせて黒船が来航したが、徳川幕府はそんなものへっちゃらだった。征夷大将軍徳川家定は余裕綽々としていた。 「大和に迎撃させよ!」と命令した。 戦艦大和が横須賀基地から出撃し、46センチ三連装砲を黒船に向けた……。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

処理中です...