密会の森で

鶏林書笈

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三十一

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 夜道、月明かりを頼りに岐城君は一人速足で歩く。まもなく目の前に小屋が現れた。
 久しぶりに義兄上と二人っきりで会い、杯を傾けながらあれこれ話し込んでしまったため、すっかり夜が更けてしまった。
 自分がいつまで経っても帰って来なくて姫は泣いて大尚宮たちを手こずらしているのではないだろうか。気が気でない彼の歩みはより速くなった。
 小屋に着くと彼は大急ぎで中に入っていった。中には誰も居らず出迎える者もいない。だが、彼は不審に思わず、奥の部屋の戸を開けた。
「ただいま、姫君。遅くなってすまん」
 部屋の中に妻がちょこんと座り、側には赤子が寝ていた。
 岐城君はまず妻の前に行き妻を抱きしめた後、傍に寝かされた赤子を見た。
「私たちの子供かい」
 姫君は夫の顔を見ながら笑顔で頷いた。
 彼は布団に寝かされていた赤子を抱き上げた。
「 そうか、可愛いな」
 岐城君が言うと赤子も笑顔になった。

 朝、目覚めると岐城君はいつものように洗顔盥を持って来た小尚宮に言った。
「私の子供を産んで欲しい」
 小尚宮は驚いて盥を落としそうになったが、なんとか床に置いた。一緒に来た大尚宮も驚愕した表情になった。
 主人が侍女やその家で働いている女性に手を付けることは珍しいことでなく、世間ではありふれた話だった。
 ただ、亡き妻のみを思い続けているこの屋敷の主人には思いもよらないことだった。
 小尚宮には拒む自由はなかった。
「はい、仰せのままに」
 恥ずかしそうに答えた彼女の手を握り、岐城君は「ありがとう」と礼を言った。

 数日後の夜、小尚宮は主人の寝所に呼ばれた。
 岐城君が小尚宮の衣服に手を掛けた時、彼女の身に“何か”がすっと入り込むのを感じた。
“姫さま?!”
「姫!」
 主人の声と同時に意識が遠のいていくのを小尚宮は感じた。

「姫よ、ずっと会いたかった」
 小尚宮の上に浮かんだ亡き妻の笑顔に彼は接吻をした。その感触は最後に交わした時と同じく甘やかだった。
 姫君と文字通り一体になった小尚宮は、主人にしっかりと抱きついた。そして、二人はそのまま寝床に身を横たえた。

 夜が明ける少し前に目覚めた小尚宮は、そっと床を出て衣服を身に付け始めた。その時、姫君の気配を感じた。それは暖かくまるで彼女に礼を言っているようだった。
「姫さま、絶対、元気な男の子を産みます」
 衣服を着て髪を簡単に整えると彼女は主人の部屋を出て行った。
 まもなく小尚宮が身籠ったことが分かり、岐城君の屋敷には明るい空気が溢れた。
「小尚宮、無理しないでね」
 大尚宮を始めとして屋敷の者たちは皆、小尚宮を気遣った。

「お子様、男の子だといいですね」
 いつものように都に向かう道中、吉祥が主人に言った。
「男でも女でも構わないよ。元気に生まれてくれれば」
 岐城君は笑顔で応じるのだった。
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