23 / 37
二十三
しおりを挟む
真っ暗な道を岐城君は一人で歩いていた。この先に愛しい人がいることを確信しているので、何のためらいもなく歩みを進める。
まもなく前方に仄かな明かりが見えた、と同時に助けを求める悲鳴が聞こえた。
「朴尚宮!」
彼は走り出した。
目の前に現れたのは、見覚えのある美少年に引っ張られて行く朴尚宮の姿だった。
「岐城さま、助けて」
尚宮は涙を流しながら必死に抵抗し、岐城君に助けを求めていた。
「お前、あの時の‥」
愛しい妻を攫い冥界に連れて行った少年だった。
「その人を放せ」
岐城君の言葉など無視し、少年は冷たい笑みを浮かべながら抵抗する朴尚宮の手首をしっかり掴んで走り出した。
岐城君も後を追って走り出す。
「待て!」
‥‥‥‥‥‥‥‥
自身の叫び声で岐城君は目を覚ました。全身に悪寒が走った。
「彼女の身に何か起きたのだろうか‥」
不安感を抑えながら彼は床から起き上がり、身支度を始めるのだった。
床から身を起こした侍中(朴尚宮)は身体のだるさを感じた。原因は分かっていたが‥。
「尚宮さま、お加減が悪いのでしょうか?」
身支度を手伝う端女が気遣うと
「大丈夫だ、疲れが出たのかも知れぬ」
と応じた。
朝の挨拶に来た侍中に王妃は
「顔色が悪いようだが、大丈夫か」
と尋ねた。
「はい、大丈夫でございます」
と侍中は普段通りに応えた。
「そうか、後で保健薬を届けておこう。身体にはくれぐれも気を付けるのだぞ」
王妃も気遣うと
「ありがとうございます」
と応じて部屋を出ていった。
いつものように王宮に行き、雑事を済ませた尚宮は森へと向かった。
その歩みはいつになく重たかった。
まもなく木々が途絶え、人影が見えた。
「朴尚宮!」
彼女を見つけた岐城君は、いつものように立ち上がり、彼女のもとに駆けつける。
「岐城さま…」
愛しい名前を呼ぶ声は、どこかはりがなかった。
「どうしたのだ、身体の具合が悪いのか」
岐城君は心配そうな表情を浮かべながら朴尚宮に近付き、その手を取った。瞬間、何かを感じた彼は、手首の脈を探った。
「まさか…」
尚宮は何も言わなかった。
「子供が出来たのか」
彼女は黙ったままだった。
彼女の硬い表情を見た岐城君の脳裏に昨夜見た夢が蘇った。
「ここを出よう。御腹の子と君の面倒は私が見る」
山奥の村に行き、薬草売りや病人の治療をしたりすれば何とか食べていけるだろう。医女出身の母から薬草の知識を学び、施薬院で働いていた彼には自信があった。
「取り敢えず、君は今夜、夜半に森の前に来てくれ。あとは私が何とかしよう」
いつの間にか、岐城君の胸に抱かれていた尚宮は愛しい人の顔を見上げた。
「岐城さま」
ようやく言葉を発した尚宮の唇に岐城君は自身の唇を重ねた。
―今度こそ愛する人を守らねば
岐城君は内心で固く誓った。
まもなく前方に仄かな明かりが見えた、と同時に助けを求める悲鳴が聞こえた。
「朴尚宮!」
彼は走り出した。
目の前に現れたのは、見覚えのある美少年に引っ張られて行く朴尚宮の姿だった。
「岐城さま、助けて」
尚宮は涙を流しながら必死に抵抗し、岐城君に助けを求めていた。
「お前、あの時の‥」
愛しい妻を攫い冥界に連れて行った少年だった。
「その人を放せ」
岐城君の言葉など無視し、少年は冷たい笑みを浮かべながら抵抗する朴尚宮の手首をしっかり掴んで走り出した。
岐城君も後を追って走り出す。
「待て!」
‥‥‥‥‥‥‥‥
自身の叫び声で岐城君は目を覚ました。全身に悪寒が走った。
「彼女の身に何か起きたのだろうか‥」
不安感を抑えながら彼は床から起き上がり、身支度を始めるのだった。
床から身を起こした侍中(朴尚宮)は身体のだるさを感じた。原因は分かっていたが‥。
「尚宮さま、お加減が悪いのでしょうか?」
身支度を手伝う端女が気遣うと
「大丈夫だ、疲れが出たのかも知れぬ」
と応じた。
朝の挨拶に来た侍中に王妃は
「顔色が悪いようだが、大丈夫か」
と尋ねた。
「はい、大丈夫でございます」
と侍中は普段通りに応えた。
「そうか、後で保健薬を届けておこう。身体にはくれぐれも気を付けるのだぞ」
王妃も気遣うと
「ありがとうございます」
と応じて部屋を出ていった。
いつものように王宮に行き、雑事を済ませた尚宮は森へと向かった。
その歩みはいつになく重たかった。
まもなく木々が途絶え、人影が見えた。
「朴尚宮!」
彼女を見つけた岐城君は、いつものように立ち上がり、彼女のもとに駆けつける。
「岐城さま…」
愛しい名前を呼ぶ声は、どこかはりがなかった。
「どうしたのだ、身体の具合が悪いのか」
岐城君は心配そうな表情を浮かべながら朴尚宮に近付き、その手を取った。瞬間、何かを感じた彼は、手首の脈を探った。
「まさか…」
尚宮は何も言わなかった。
「子供が出来たのか」
彼女は黙ったままだった。
彼女の硬い表情を見た岐城君の脳裏に昨夜見た夢が蘇った。
「ここを出よう。御腹の子と君の面倒は私が見る」
山奥の村に行き、薬草売りや病人の治療をしたりすれば何とか食べていけるだろう。医女出身の母から薬草の知識を学び、施薬院で働いていた彼には自信があった。
「取り敢えず、君は今夜、夜半に森の前に来てくれ。あとは私が何とかしよう」
いつの間にか、岐城君の胸に抱かれていた尚宮は愛しい人の顔を見上げた。
「岐城さま」
ようやく言葉を発した尚宮の唇に岐城君は自身の唇を重ねた。
―今度こそ愛する人を守らねば
岐城君は内心で固く誓った。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
開国横浜・弁天堂奇譚
山田あとり
歴史・時代
村の鎮守の弁天ちゃん meets 黒船!
幕末の神奈川・横濵。
黒船ペリー艦隊により鎖国が終わり、西洋の文化に右往左往する人々の喧騒をよそに楽しげなのは、横濵村の総鎮守である弁天ちゃんだ。
港が開かれ異人さんがやって来る。
商機を求めて日本全国から人が押し寄せる。町ができていく。
弁天ちゃんの暮らしていた寺が黒船に関わることになったり、外国人墓地になったりも。
物珍しさに興味津々の弁天ちゃんと渋々お供する宇賀くんが、開港場となった横濵を歩きます。
日の本の神仏が、持ち込まれた異国の文物にはしゃぐ!
変わりゆく町をながめる!
そして人々は暮らしてゆく!
そんな感じのお話です。
※史実をベースにしておりますが、弁財天さま、宇賀神さま、薬師如来さまなど神仏がメインキャラクターです。
※歴史上の人物も登場しますが、性格や人間性については創作上のものであり、ご本人とは無関係です。
※当時の神道・仏教・政治に関してはあやふやな描写に終始します。制度的なことを主役が気にしていないからです。
※資料の少なさ・散逸・矛盾により史実が不明な事柄などは創作させていただきました。
※神仏の皆さま、関係者の皆さまには伏してお詫びを申し上げます。
※この作品は〈カクヨム〉にも掲載していますが、カクヨム版には一章ごとに解説エッセイが挟まっています。


if 大坂夏の陣 〜勝ってはならぬ闘い〜
かまぼこのもと
歴史・時代
1615年5月。
徳川家康の天下統一は最終局面に入っていた。
堅固な大坂城を無力化させ、内部崩壊を煽り、ほぼ勝利を手中に入れる……
豊臣家に味方する者はいない。
西国無双と呼ばれた立花宗茂も徳川家康の配下となった。
しかし、ほんの少しの違いにより戦局は全く違うものとなっていくのであった。
全5話……と思ってましたが、終わりそうにないので10話ほどになりそうなので、マルチバース豊臣家と別に連載することにしました。
獅子の末裔
卯花月影
歴史・時代
未だ戦乱続く近江の国に生まれた蒲生氏郷。主家・六角氏を揺るがした六角家騒動がようやく落ち着いてきたころ、目の前に現れたのは天下を狙う織田信長だった。
和歌をこよなく愛する温厚で無力な少年は、信長にその非凡な才を見いだされ、戦国武将として成長し、開花していく。
前作「滝川家の人びと」の続編です。途中、エピソードの被りがありますが、蒲生氏郷視点で描かれます。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる