密会の森で

鶏林書笈

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二十三

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 真っ暗な道を岐城君は一人で歩いていた。この先に愛しい人がいることを確信しているので、何のためらいもなく歩みを進める。
 まもなく前方に仄かな明かりが見えた、と同時に助けを求める悲鳴が聞こえた。
「朴尚宮!」
 彼は走り出した。
 目の前に現れたのは、見覚えのある美少年に引っ張られて行く朴尚宮の姿だった。
「岐城さま、助けて」
 尚宮は涙を流しながら必死に抵抗し、岐城君に助けを求めていた。
「お前、あの時の‥」
 愛しい妻を攫い冥界に連れて行った少年だった。
「その人を放せ」
 岐城君の言葉など無視し、少年は冷たい笑みを浮かべながら抵抗する朴尚宮の手首をしっかり掴んで走り出した。
 岐城君も後を追って走り出す。
「待て!」
   ‥‥‥‥‥‥‥‥
 自身の叫び声で岐城君は目を覚ました。全身に悪寒が走った。
「彼女の身に何か起きたのだろうか‥」
 不安感を抑えながら彼は床から起き上がり、身支度を始めるのだった。

 床から身を起こした侍中(朴尚宮)は身体のだるさを感じた。原因は分かっていたが‥。
「尚宮さま、お加減が悪いのでしょうか?」
 身支度を手伝う端女が気遣うと
「大丈夫だ、疲れが出たのかも知れぬ」
と応じた。
 朝の挨拶に来た侍中に王妃は
「顔色が悪いようだが、大丈夫か」
と尋ねた。
「はい、大丈夫でございます」
と侍中は普段通りに応えた。
「そうか、後で保健薬を届けておこう。身体にはくれぐれも気を付けるのだぞ」
 王妃も気遣うと
「ありがとうございます」
と応じて部屋を出ていった。
 いつものように王宮に行き、雑事を済ませた尚宮は森へと向かった。
 その歩みはいつになく重たかった。
 まもなく木々が途絶え、人影が見えた。
「朴尚宮!」
 彼女を見つけた岐城君は、いつものように立ち上がり、彼女のもとに駆けつける。
「岐城さま…」
 愛しい名前を呼ぶ声は、どこかはりがなかった。
「どうしたのだ、身体の具合が悪いのか」
 岐城君は心配そうな表情を浮かべながら朴尚宮に近付き、その手を取った。瞬間、何かを感じた彼は、手首の脈を探った。
「まさか…」
 尚宮は何も言わなかった。
「子供が出来たのか」
 彼女は黙ったままだった。
 彼女の硬い表情を見た岐城君の脳裏に昨夜見た夢が蘇った。
「ここを出よう。御腹の子と君の面倒は私が見る」
 山奥の村に行き、薬草売りや病人の治療をしたりすれば何とか食べていけるだろう。医女出身の母から薬草の知識を学び、施薬院で働いていた彼には自信があった。
「取り敢えず、君は今夜、夜半に森の前に来てくれ。あとは私が何とかしよう」
 いつの間にか、岐城君の胸に抱かれていた尚宮は愛しい人の顔を見上げた。
「岐城さま」
 ようやく言葉を発した尚宮の唇に岐城君は自身の唇を重ねた。
―今度こそ愛する人を守らねば
 岐城君は内心で固く誓った。
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