密会の森で

鶏林書笈

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十二

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 このところ、前宰相家の朝は慌ただしかった。
 主人は既に引退したのだから、朝早くから出仕する必要はないのだが、別の用事が出来たのである。
「夫人は今日は行くのか?」
 前宰相が聞くと
「はい、御一緒いたします」
と奥方は答えた。
 朝食を済ませ、身支度をした二人が向かったのは婿の屋敷、すなわち岐城君邸である。
 孫娘の結婚式後、夫となる岐城君とはじっくり話し合い、信頼に足る人物だと判断したのだが、やはり心配だった。「大切にする」と言ってはくれたが果たしてどうだろうか。
 孫娘と共に屋敷に入った下働きには、毎日、様子を知らせるようにしておいた。それによると、婿は新妻の面倒をよく見ているようだが…。
 それでも、実際に確かめなくてはいられなかった。
結婚後、婿が初出仕する日、夫婦は婿がいない時間を見計らって屋敷を訪ねた。
 孫娘付きの侍女・小尚宮に案内された部屋にいた孫娘は、髪を二つ結いにし、ゆったりとした衣服に身を包んで大尚宮に寄り添って壁に寄りかかって座っていた。
 孫娘は祖父母を見ると嬉しそうに笑った。久しぶりに見る笑顔に二人の気持ちは和んだ。
 宰相夫人は大尚宮から孫娘の身を引き取った。
「まぁ可愛くなって、唐子みたいね」
 夫人が笑顔で孫娘を抱くと、
「岐城さま手ずから結われたのですよ」
と大尚宮が言った。
 大の男が若い娘の髪を結う光景を想像すると可笑しく思えたが、きちんとした身なりを見て夫人は岐城君が妻を大事にしているのが分かり安心した。
「婿どのはこの子によくしているようだな」
 前宰相が大尚宮に訊ねると
「はい、御在宅の時はずっとお嬢さまの側にいらっしゃって、いろいろお気遣いされています」
と答えた。
「そうか、そうか」
 前宰相が満足そうに頷くと
「御主人さまがお帰りになりました」
と言う声が外から聞こえた。
 すぐに部屋の戸が開き、「姫君、ただいま」と言いながら岐城君が姿を現した。
「大監、奥方、お見えでしたか」
 岐城君は妻の祖父母を見るとその場で平伏しようとしたが前宰相は押し留めた。
「まずはお着替えなさって」
 夫人が言うと彼はすぐに別室に行き官服から平服に着替えた。
 再度、妻たちが居る部屋に行くと、夫妻は婿を座れせて
「婿どの、孫のこと感謝する」
と礼を述べた。
 これに対し岐城君は
「とんでもありません。お嬢さまの伴侶となれて光栄です」
と応じた。心からの言葉だった。
 暫くの間、岐城君が妻の近況をあれこれ夫妻に話していたが、そうするうちに眠っていた話題の本人が目を覚まし、岐城君の姿を見つけて彼のもとに行こうとした。
 岐城君はすぐに宰相夫人のもとへ行き妻を抱き上げた。
「まぁ、旦那さまの方がいいんだねぇ」
 その様子を見ながら夫人が楽しげに言った。そして、内心で“この子は岐城さまと一緒になれて本当によかった”と思うのだった。それは宰相も同様だった。
 日が暮れ、宰相夫妻は岐城邸を辞した。その際、
「今後も時々、妻に会いに来て頂けないか」
と言った。宰相夫妻はもちろん快諾した。

 主人の許可を得た前宰相夫妻は毎日のように岐城邸に顔を出した。
 屋敷の使用人の大部分が元宰相家の者たちだった
ので自分の家のように寛いで過ごすことができた。
 それゆえ、今日のように主人が休みの日にも遠慮なく出掛けるのである。
 孫娘は夫に背負われて庭にいた。
「家の中にばかりいては身体に良くないと思い、私が休みの日にはこうして庭に出るのです」
 背負われた妻はご機嫌だった。庭木を眺めたり、鳥の声がするとそちらに目をやる。
 孫が家にいた頃、時分はこのようなことはしなかった。思いもよらなかったのだ。この男は本当に孫のためなら何でもやりそうだ。
「大変ではないか?」
「はい、妻は最近、少し重くなったので」
 岐城君は笑いながら大監に応えた。
「でも、この程度なら平気ですよ。私はまだ若いから」
「そうじゃな」
 二人が笑うと背中の姫君も笑顔になった。
 翌日、岐城君が帰宅すると庭が賑やかだった。
「何かあったのか?」
 出迎えの下働きに訊くと
「大監さまが、庭に亭子(あずまや)を作るとおっしゃって職人たちを連れてきたのです」
 岐城君は着替えると居間にいた妻を背負って庭に出た。
「やぁ、婿どの、お帰り」
 岐城君夫婦の姿を見ると前宰相は声を掛けた。
「大監、これはいったい‥」
 岐城君は困惑した声で応えた。
「孫は庭がとても好きなようなので、このようなものを建ててみた。これならそなたも少しは楽になるだろうと思ってな」
 確かに妻を背負って歩くのは少ししんどくなってきた。東屋があれば、そこで休みながら庭を楽しめるだろう。
「大監、有り難う」
 岐城君が心から礼を言うと
「そなたのためではない、孫のためだ」
と前宰相は笑いながら答えた。
「うん、そうだ。姫のおじいさまは頼りになるなぁ」
 岐城君は笑いながら背中の姫君に言うのだった。
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