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十
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翌朝、岐城君は目覚めると昨日同様、侍女たちと共に姫君の身支度をし、朝食を済ますと姫君を連れて書斎に行き一日過ごすのだった。
このように数日を送った後、
「今日から出仕しなくてはならないな」
朝起きると、岐城君はこう呟くと自分と妻の身支度を手伝う二人の侍女に向かって
「昼には戻るので、その間姫を頼む」
と言うのだった。
朝食を済ませ「行ってくるよ」と姫君を抱きしめた後、岐城君は家を出た。その際、大尚宮を始めとした使用人たちが集まり「行ってらっしゃいませ」と声を合わせて主人を送り出した。
これまで、こうしたことは無かったので奇妙な気分だった。
「これも宰相家の力なのかな」
王族といっても庶出だった岐城君は使用人たちからも軽んじられていたのだった。
久しぶりに王宮に現れた岐城君に対する人々の反応は予想通りだった。
「やはり金目当ての婚姻だったんだな」
「いくら前宰相の孫娘だといっても、あのような人間を。女人なんて他に大勢いるではないか」
「でも、お陰で彼の家は豊かになったようだ。使用人も倍以上増えたし‥」
様々なひそひそ声が自然と耳に入って来た。
結婚式での姫君の失態(というほどでもないだろうに)は既に多くの人の知ることとなり、それによって名前すら忘れられた存在だった岐城君は一躍“時の人”になったのだ。
だが、本人にとってこのようなことはどうでもよかった。ここ数日間で姫君は母親を亡くして以来、孤独になった岐城君の心の支えとなり、大尚宮と小尚宮は一人ぼっちになった彼が得た家族同然の存在になったのだった。
王臨席の朝会が済んだのち、岐城君は王の執務室に呼ばれた。新婚生活についてあれこれ訊ねるつもりだったが、本人の様子からうまくいっている様子が感じ取れたので二、三言葉を掛ける程度にとどめた。
彼が部屋を出ると王は、この縁組が成功したことを喜び、異母弟の幸福が末永く続くことを願うのだった。
王のもとを辞した岐城君は勤務先である施薬院に向かった。彼が部屋に入ると職員たちはいつも通りに立ち上がって礼をし、彼が応じると座って仕事を続けた。
彼の机の上には例の如く書類が山積みになっていた。彼はいつも通り一通づつ決済していった。
日が中天より少し傾き始めた頃、閉庁を知らせる太鼓がなった。
「今日は、ここまでだ」
こう言いながら岐城君は立ち上がると帰り支度を始めた。職員たちは驚いて彼を見た。これまで彼は書類を全て片付けるまで退勤時間が来ようが帰ることはなかった。岐城君の机の上には三分の一ほど未決の書類が残っていた。
「この部署は急ぎの仕事などほとんどないのだから、皆も帰りなさい」
岐城君は職員たちに言うと部屋を出て行った。
走るように家に戻った岐城君はまず奥の部屋に入った。
「お帰りなさいませ」
二人の侍女が声を合わせて主人を迎えた。彼はまず横たわる姫君の傍らに行くと
「ただいま、姫君」
と声を掛けた。姫君はにっこりと頷いた。
「姫君のご機嫌はいいようだな」
こう語り掛けた岐城君も気分が良かった。
侍女たちの手を借りて着替えを終えた彼は、姫君を抱き上げると自身の書斎に行った。そして、妻を傍らに寝かせて机に向かうのだった。
このように数日を送った後、
「今日から出仕しなくてはならないな」
朝起きると、岐城君はこう呟くと自分と妻の身支度を手伝う二人の侍女に向かって
「昼には戻るので、その間姫を頼む」
と言うのだった。
朝食を済ませ「行ってくるよ」と姫君を抱きしめた後、岐城君は家を出た。その際、大尚宮を始めとした使用人たちが集まり「行ってらっしゃいませ」と声を合わせて主人を送り出した。
これまで、こうしたことは無かったので奇妙な気分だった。
「これも宰相家の力なのかな」
王族といっても庶出だった岐城君は使用人たちからも軽んじられていたのだった。
久しぶりに王宮に現れた岐城君に対する人々の反応は予想通りだった。
「やはり金目当ての婚姻だったんだな」
「いくら前宰相の孫娘だといっても、あのような人間を。女人なんて他に大勢いるではないか」
「でも、お陰で彼の家は豊かになったようだ。使用人も倍以上増えたし‥」
様々なひそひそ声が自然と耳に入って来た。
結婚式での姫君の失態(というほどでもないだろうに)は既に多くの人の知ることとなり、それによって名前すら忘れられた存在だった岐城君は一躍“時の人”になったのだ。
だが、本人にとってこのようなことはどうでもよかった。ここ数日間で姫君は母親を亡くして以来、孤独になった岐城君の心の支えとなり、大尚宮と小尚宮は一人ぼっちになった彼が得た家族同然の存在になったのだった。
王臨席の朝会が済んだのち、岐城君は王の執務室に呼ばれた。新婚生活についてあれこれ訊ねるつもりだったが、本人の様子からうまくいっている様子が感じ取れたので二、三言葉を掛ける程度にとどめた。
彼が部屋を出ると王は、この縁組が成功したことを喜び、異母弟の幸福が末永く続くことを願うのだった。
王のもとを辞した岐城君は勤務先である施薬院に向かった。彼が部屋に入ると職員たちはいつも通りに立ち上がって礼をし、彼が応じると座って仕事を続けた。
彼の机の上には例の如く書類が山積みになっていた。彼はいつも通り一通づつ決済していった。
日が中天より少し傾き始めた頃、閉庁を知らせる太鼓がなった。
「今日は、ここまでだ」
こう言いながら岐城君は立ち上がると帰り支度を始めた。職員たちは驚いて彼を見た。これまで彼は書類を全て片付けるまで退勤時間が来ようが帰ることはなかった。岐城君の机の上には三分の一ほど未決の書類が残っていた。
「この部署は急ぎの仕事などほとんどないのだから、皆も帰りなさい」
岐城君は職員たちに言うと部屋を出て行った。
走るように家に戻った岐城君はまず奥の部屋に入った。
「お帰りなさいませ」
二人の侍女が声を合わせて主人を迎えた。彼はまず横たわる姫君の傍らに行くと
「ただいま、姫君」
と声を掛けた。姫君はにっこりと頷いた。
「姫君のご機嫌はいいようだな」
こう語り掛けた岐城君も気分が良かった。
侍女たちの手を借りて着替えを終えた彼は、姫君を抱き上げると自身の書斎に行った。そして、妻を傍らに寝かせて机に向かうのだった。
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