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七
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結局、岐城君“夫婦”の結婚初夜は、祖父母、侍女二人と関係者複数が集うという奇妙なものになった。
祖父母の姿をみて安心したのか新婦は再び床につき眠ってしまった。
そんな彼女を囲んで人々があれこれ話しあった。といっても大半は岐城君が新妻のこれまでについて訊ね、残りの人々が応えるというものだったが。
花嫁の父親は何人かいる前宰相の子供の中でもとりわけ賢かった。少年時代に科挙の初試に合格し将来を期待された。年頃になると同年代の名門家の女性と結婚し、すぐに子供を得たが妻は難産により世を去ってしまった。その後を追うように息子も病に罹り亡くなってしまった。
両親を亡くした娘を気の毒に思った前宰相夫妻は自分たちで引き取って面倒を見ることにした。
子供は成長していったが、自力で起き上がることも出来ず、言葉も話せず、人の手を借りなければ何も出来なかった。
何人もの高名な医師に診て貰ったが何の病か分からず手の施しようがなかった。
そんなある日、宰相家に乞食のような道士風の男がやってきて
「御令嬢は短命だろう。ただ高貴な身分の者と結ばれ幸福な人生を送るだろう」
と告げたのだった。
短命なのは納得出来たが、結婚し幸福な生涯になることあり得ないことだとおもった。
しかし今回、王室から婚姻の話が来て、断ったのにも関わらず再度求婚された時、もしやと思い承諾したのだった。
「それでも納得はいかなかった。失礼ながら岐城さまは宗族といっても力もなく暮らし向きも豊かとは言い難いでしょう。我が家の財力と勢力が目的なのかも知れないとも思いました。ですからこの子が倒れた時連れて帰ろうかと思いました。しかし岐城さまは人目も憚らず抱き上げて下さいました」
宰相の言葉に岐城君は内心で恥じ入った。僅かだが、そうした考えも無くはなかったからだ。
宰相は孫娘を見つめた。装飾品を全てはずし解き放たれた髪、重い衣裳を脱がせ薄衣のみで寝かせたのは、この子の身体を思ってのことだろう。
「先程の御言葉といい、私は道士の予言に賭けてみることにしました」
宰相が言い終わると、岐城君は彼の手を握りしめて応じた。
「御令嬢を大切に致します」
この一言に真摯さを感じた宰相夫妻と侍女二人は安堵の表情を浮かべた。
「ところで御令嬢のお世話はやはり大変だろう」
岐城君は大尚宮、小尚宮と呼び名を付けた二人の侍女に訊ねた。
「そのようなことはございません。お嬢いえ姫君のお世話は楽しいことでございます」
大尚宮が答えると隣にいる小尚宮も頷く。
「二人の言う通りだ。婿どのもじきに分かりますよ」
と宰相は微笑むのだった。
やがて夜が明けると前宰相夫妻は「孫娘を頼む」と再度付託して帰って行った。
祖父母の姿をみて安心したのか新婦は再び床につき眠ってしまった。
そんな彼女を囲んで人々があれこれ話しあった。といっても大半は岐城君が新妻のこれまでについて訊ね、残りの人々が応えるというものだったが。
花嫁の父親は何人かいる前宰相の子供の中でもとりわけ賢かった。少年時代に科挙の初試に合格し将来を期待された。年頃になると同年代の名門家の女性と結婚し、すぐに子供を得たが妻は難産により世を去ってしまった。その後を追うように息子も病に罹り亡くなってしまった。
両親を亡くした娘を気の毒に思った前宰相夫妻は自分たちで引き取って面倒を見ることにした。
子供は成長していったが、自力で起き上がることも出来ず、言葉も話せず、人の手を借りなければ何も出来なかった。
何人もの高名な医師に診て貰ったが何の病か分からず手の施しようがなかった。
そんなある日、宰相家に乞食のような道士風の男がやってきて
「御令嬢は短命だろう。ただ高貴な身分の者と結ばれ幸福な人生を送るだろう」
と告げたのだった。
短命なのは納得出来たが、結婚し幸福な生涯になることあり得ないことだとおもった。
しかし今回、王室から婚姻の話が来て、断ったのにも関わらず再度求婚された時、もしやと思い承諾したのだった。
「それでも納得はいかなかった。失礼ながら岐城さまは宗族といっても力もなく暮らし向きも豊かとは言い難いでしょう。我が家の財力と勢力が目的なのかも知れないとも思いました。ですからこの子が倒れた時連れて帰ろうかと思いました。しかし岐城さまは人目も憚らず抱き上げて下さいました」
宰相の言葉に岐城君は内心で恥じ入った。僅かだが、そうした考えも無くはなかったからだ。
宰相は孫娘を見つめた。装飾品を全てはずし解き放たれた髪、重い衣裳を脱がせ薄衣のみで寝かせたのは、この子の身体を思ってのことだろう。
「先程の御言葉といい、私は道士の予言に賭けてみることにしました」
宰相が言い終わると、岐城君は彼の手を握りしめて応じた。
「御令嬢を大切に致します」
この一言に真摯さを感じた宰相夫妻と侍女二人は安堵の表情を浮かべた。
「ところで御令嬢のお世話はやはり大変だろう」
岐城君は大尚宮、小尚宮と呼び名を付けた二人の侍女に訊ねた。
「そのようなことはございません。お嬢いえ姫君のお世話は楽しいことでございます」
大尚宮が答えると隣にいる小尚宮も頷く。
「二人の言う通りだ。婿どのもじきに分かりますよ」
と宰相は微笑むのだった。
やがて夜が明けると前宰相夫妻は「孫娘を頼む」と再度付託して帰って行った。
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