廃宮のマリアさま

鶏林書笈

文字の大きさ
上 下
1 / 1

しおりを挟む

「何か変?」


「いや、何でも。ただ僕らの時と違って、カダンは随分優しいなと思ってね。僕たちの時は、ちょっとずつじゃなんて配慮はなかった」


 カウルとルイは、自分がどれだけの衝撃を受けたか孝宏に言い聞かせた。

 孝宏の体験よりも悲惨だったと。身内だからか遠慮がない分、激しい魔力の圧に死ぬかと思ったと、自身の体験を力いっぱいに語った。


「初めての時、俺は手を握った事しか覚えてなかったぞ。気がついても脳が揺すぶられているみたいでその日は飯が食えなかったな」


「僕は意識はあったけど即効で立てなくなった。あの後熱が出てね、しばらく寝込んだな。まあ、何回か繰り返せばなれるんだけどね」


「ルイは俺よりも長い事特訓してたよな」


「僕はカウルより繊細だからね」


(あれで、優しくされていたのか?そいつは……驚きだ)


 三人の勇者の中でも、一番の落ちこぼれで魔術も満足に使えない。

 彼の落胆ぶりは肌で感じ取っていたし、期待が大きかった分その落差も大きい。

 孝宏ずっと、ひょっとすると、カダンに嫌われてるのかもしれないと思っていた。


「そう意外そうな顔しないでよ。カダンは素直じゃないだけだから」


 孝宏が、もしかすると勘違いかもしれないと僅かに持っていた希望を、皮肉にもルイのフォローが否定した。

 少なくとも自分に対してよそよそしい態度であったのは間違いないようだ、と孝宏は思った。


「苦しかったのはわかる。僕らもそうだった。でもその分、効果は抜群だよ。魔力が濃い分はっきりと感じ取れるからわかりやすいんだよ」


「へ、へぇ。まあ確かに解り易かったかも。ルイの杖で火柱で出したのあの後すぐだし」


 (でもあの後も制御をできてない俺って、もしかして不器用なんじゃ)


「待てよルイ。うっかり聞き流す所だったが、お前タカヒロにこれをしていないのか?マリーにはやっていただろう?」


 孝宏にとっては随分と不公平で、寝耳に水な情報だ。孝宏が批難の目を向けると、ルイは顔面に貼り付けた笑顔でこちらを見ていた。


「あ、いや?たまたまタイミングが合わなくて、する機会がなかったんだ。………………ゴメンネ」


「鈴木さんには?」


 孝宏のルイを見る目は厳しい。

 マリーが特別扱いなのか、それとも自分だけが特別なのか、その差は大きい。出来れば前者であって欲しい。後者だったらきっとしばらく立ち直れないだろう。


「そう考えるとこの三人の中で、一番すごいのは自力で魔法を会得したスズキだね」


 ルイは胸の前で腕を組んで、したり顔で何度も頷いた。孝宏はほっと胸をなで下ろしたが、冗談めかして何とか誤魔化したいルイに、ちょっと意地悪をしてやろうとにやりと笑った。


「ルイってさ、いやらしいのな。訓練建前にして、マリーに触りたかっただけだろ?」 


 ルイの表情が引きつり固まった。肯定したも同然だ。ルイは孝宏の胸ぐらに掴みかかり凄んだ。


「タタカヒロ!?なな、何、根も葉もないことを言ってるのかな!?僕はただマリーの訓練になればって」


「す、け、べ」


「てめっ、その口削いでや……」


「そういや、なんでマリーは静かなんだ?」


 荷物の影に隠れて見えなかったが、マリーは自分のバッグを枕に規則的に寝息を立てていた。

 これほど騒いでも起きてこない所を見るに、寝入っているようだ。

 ルイは気が抜けて浮いた腰を下ろした。どうやらマリーから助平呼ばわりされるのは回避でき、安堵したようだった。


「おい、マリーを起こせ」


 外のカウルが言った。声の調子が嫌に重いのは気のせいだろうか。


「ソコトラが見えてきた」


 遂にソコトラに着いてしまった。ルイにも緊張の色が浮かぶ。孝宏はますます腹の奥がズンと重くなった。

しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

あらざらむ

松澤 康廣
歴史・時代
戦国時代、相模の幸田川流域に土着した一人の農民の視点から、世に知られた歴史的出来事を描いていきます。歴史を支えた無名の民こそが歴史の主役との思いで7年の歳月をかけて書きました。史実の誤謬には特に気を付けて書きました。その大変さは尋常ではないですね。時代作家を尊敬します。

焔の牡丹

水城真以
歴史・時代
「思い出乞ひわずらい」の続きです。先にそちらをお読みになってから閲覧よろしくお願いします。 織田信長の嫡男として、正室・帰蝶の養子となっている奇妙丸。ある日、かねてより伏せていた実母・吉乃が病により世を去ったとの報せが届く。当然嫡男として実母の喪主を務められると思っていた奇妙丸だったが、信長から「喪主は弟の茶筅丸に任せる」との決定を告げられ……。

夕映え~武田勝頼の妻~

橘 ゆず
歴史・時代
天正十年(1582年)。 甲斐の国、天目山。 織田・徳川連合軍による甲州征伐によって新府を追われた武田勝頼は、起死回生をはかってわずかな家臣とともに岩殿城を目指していた。 そのかたわらには、五年前に相模の北条家から嫁いできた継室、十九歳の佐奈姫の姿があった。 武田勝頼公と、18歳年下の正室、北条夫人の最期の数日を描いたお話です。 コバルトの短編小説大賞「もう一歩」の作品です。

永遠より長く

横山美香
歴史・時代
戦国時代の安芸国、三入高松城主熊谷信直の娘・沙紀は「天下の醜女」と呼ばれていた。そんな彼女の前にある日、次郎と名乗る謎の若者が現れる。明るく快活で、しかし素性を明かさない次郎に対し沙紀は反発するが、それは彼女の運命を変える出会いだった。 全五話 完結済み。

水野勝成 居候報恩記

尾方佐羽
歴史・時代
⭐タイトルを替えました。 ⭐『福山ご城下開端の記』もよろしくお願いします。 ⭐福山城さま令和の大普請、完成おめでとうございます。 ⭐2020年1月21日、5月4日に福山市の『福山城築城400年』Facebookでご紹介いただきました。https://m.facebook.com/fukuyama400/ 備後福山藩初代藩主、水野勝成が若い頃放浪を重ねたあと、備中(現在の岡山県)の片隅で居候をすることになるお話です。一番鑓しかしたくない、天下無双の暴れ者が、備中の片隅で居候した末に見つけたものは何だったのでしょうか。 →本編は完結、関連の話題を適宜更新。

十字架の陰陽師―キリシタン陰陽師・賀茂在昌―

鳥位名久礼
歴史・時代
★戦国から桃山の世にかけて活躍した「キリシタン陰陽師」の一代記!★第一部:戦国大名大内義隆の支配する「西の都」山口に住む、朝廷陰陽師の落とし子である宇治丸少年(のちの賀茂在昌)。共に育てられた少女・広とともに伴天連来航を目の当たりにして興味を惹かれるも、時あたかも山口の乱に巻き込まれ、伴天連の助けによって命からがら難を逃れる。二人は父・勘解由小路在富の跡を嗣ぐために京の都へ上り、やがて結婚する。★第二部:長じて立派な「キリシタン陰陽師」となった賀茂在昌は、西洋天文学を学ぶため豊後へ出奔、多くを学び帰洛し、安土桃山の世で活躍する。九州に残り修道士となった長男メルショル、陰陽師を嗣いだ次男在信など、数奇な運命を辿る在昌一家。しかし、時代の波に翻弄され、キリシタン禁制とともに歴史の舞台から消えてゆく…。★「陰陽師」といっても、怪異・式神などファンタジー的な要素は絶無…暦造りに情熱を注ぐ「朝廷の天文学者」という、本来の陰陽師を描いたもので、ギリギリまで史実をベースにしています。一時期話題になった『天地明察』みたいな作品です。

政府の支配は受けぬ!日本脱退物語

田中畔道
歴史・時代
自由民権運動が盛り上がる明治時代。国会開設運動を展開してきた自由党員の宮川慎平は、日本政府の管理は受けないとする「日本政府脱管届」を官庁に提出し、世間を驚かせる。卑劣で不誠実な政府が支配するこの世の異常性を訴えたい思いから出た行動も、発想が突飛すぎるゆえ誰の理解も得られず、慎平は深い失意を味わうことになるー。

桜蘂ふる

紫乃森統子
歴史・時代
 延宝二年春。浪人の身であった父を病で亡くした春秋(ひととせ)源之丞は、僅か七歳で天涯孤独の身となった。  再び仕官することを目指していた父の望みを引き継ぎ、源之丞は形見の大刀を背に負い、大名屋敷を訪ね回る。  しかし身寄りのない子供を相手にする屋敷は一つもなく、途方に暮れていた。  そこに声を掛けたのが、後に主君として戴くことになる六歳の美童・秋月万作であった。

処理中です...