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青糸紅糸

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草堂の窓を開くと煌々とした満月が浮かんでいた。悦卿は隣に横たわっている妻に声をかける。
「綺麗な満月が出ている、見えるかい?」
「はい」
妻は床の中で微笑む。中秋とはいえ、まだ蒸し暑い。悦卿は暫く窓を開けておくことにした。
「あなたは月下老人の話を知っているか?」
「いいえ」
「では、今日はその話をしよう」
 
昔、旅に出ていた士人の青年が山の中で道に迷ってしまった。日も沈み何処か休める場所がないかと探していたところ、灯りが見えた。近付いてみるとこじんまりした庵で人のいる気配があった。
「すみません、旅の者ですが一夜の宿を貸して頂けませんか」
青年が戸を叩きながら声を掛けると直ぐに開けられ、老人が現れた。
「お入りなさい」
と屋内に通された。
部屋の中には青糸と紅糸が山積みになっていた。これらの横には二種類の糸が結ばれたものが置かれていた。老人は糸を結ぶ作業をしていたようだ。
「何のためにこのようなことをするのですか?」
青年は不思議に思って尋ねた。
老人は二つの糸を手に取って、
「青糸は男、紅糸は女、こうして結んで夫婦にするんじゃ」
と説明してくれた。
「あなたは男女の縁を取り持っているのですか!  ならば私の配偶者についても教えてくれませんか」
青年は自分の将来について聞いてみた」
老人は青糸と紅糸を一つづつ取って答えた。
「汝は15年後、市場の飯屋の十五歳の娘と結婚するだろう」
ーー士人の自分が賤しい身分の女と一緒になるなんて!
老人の答えに不快さを感じた青年は、翌日、市場に行くと飯屋を探してそこの女の赤子を斧で殺そうとした。だが、間一髪のところで失敗し額に傷をつけただけだった。
無事に帰宅した青年は年頃になり、嫁取りをしたが皆、婚約したところで亡くなってしまった。青年は年を取っていき、しまいには身分は問わないから嫁に来てくれる女人を求めた。
間も無く一人の女が彼の元に嫁いで来た。初夜に新婦の顔を見た新郎は驚いた。額に傷があったのである。彼女は飯屋の女児だった。
士人は娘との縁を感じた。彼女は性格が良く、働き者で夫にも誠意を尽くしてくれるため、士人は彼女を愛し末長く幸せに暮らしたのだった。

「旦那様と私も青糸と紅糸で結ばれているのでしょうか?」
話が終わると妻が聞いた。
「そうだと思うよ」
悦卿が答えると妻は重ねて尋ねた。
「嬉しい。でも旦那様は…」
「私も有り難く思っているよ」
こう応じながら彼は病床に伏し続けている妻に微笑むのだった。
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