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エピローグ
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“王の腹違いの妹”の王都への帰還は、サキの希望で秘密裏におこなわれることになった。サキの帰還はサキとごく親しい者だけに知らされた。
ニコロが先に送った使いの者から彼女の帰還を聞いていたアーロンとエリクが王宮で彼女を出迎えた。サキはふたりとの再会を喜び合った。
サキを目の敵にしているマリウスについては王都での任を解いて一時的に領地へ帰還させている。ニコロは自分がふたりの間を取りもっていずれ和解させたいと考えているが、それには時間が必要だ。今は互いに顔を合わせさせないようにするのが適切だろう。
***
サキのために用意された部屋には、ニコロが言っていたドレスがあった。侍女たちの手を借りて、はじめてのドレスに袖を通すことになった。
廊下でうろうろしていたニコロが待ちきれなくなって「もう着替えたかい?」と声をかけてくる。
サキは侍女たちにドレスを着せられていたが、要領を得ないサキでは侍女たちも悪戦苦闘していた。
「もう少し待て、慣れないから時間がかかる。」
苦心惨憺の末、ようやくドレスを着られた。
「よし終わったぞ、ニコラス2世」
「やめろ」
そう言いながらニコロが部屋に入る。ニコロは息を飲んだ。
「とても綺麗だ」
気の利いた言葉をみつけられず、気持ちのままを伝えた。サキは照れくさそうにしている。
「夜にはささやかな晩餐会がある。いや、心配しなくていい。君があまり華やかな席を好まないのは分かっている。君がよく知っている人だけを招いているよ。是非その格好で出てくれ」
「窮屈だな。動きにくいし」
しかし、その顔はまんざらでもなさそうに、ニコロにはみえた。
***
ニコロは張り切り、晩餐会の準備を直接指図した。ニコロが料理の盛り付けや食卓の飾りつけにまでこと細かに口を出すものだから、召使たちは辟易した。
準備が整い、ニコロはサキの部屋へ行って、扉を叩く。
返事がない。
「サキ、準備ができた。出てきてくれ」
やはり返事がない。
「開けるぞ」
扉を開けると、机の上にドレスが脱ぎ捨てられており、部屋の中はもぬけの殻だった。
部屋から出たとしたら窓からしかない。ニコロは窓から外をみるが、すでにサキの姿は見当たらなくなっていた。
ニコロは深くため息をついて、つぶやいた。
「そうか、そうだよな」
そんな気はしていた。
アウラが王都に来たとき、彼女はサキを城に招いて一緒に暮らそうと誘ったことがあると言っていた。しかしサキは頑なに拒み、その話はなかったことになった。アウラは言ってたっけ。
――私が塔に幽閉されていたころ、窓の外にある止まり木に神の使いとされる鳥が止まっているのを眺めていました。友達が欲しくて鳥を捕まえさせて、部屋の中で飼ったことがあるのです。ですが、籠の中で鳥は日に日に弱っていきました。私はこの鳥は飼うことはできないのだと悟り、放ちました。籠から出した鳥は元気を取り戻して力強く飛び立っていき、これでよかったのだと納得しました。そのときの心情は、なんと言ったらよいか……胸は寂しさに締め付けられましたが、そこから一粒の雫のような喜びがあふれきたのです。サキに断られたとき、そのことを思い出しました。
ニコロは机の上に何か置いてあるもの気付いた。首飾りである。ニコロはそれを手に取ってよくみてみる。これは、アルヴィオン王家の首飾りだ。
ニコロは首飾りを握りしめた。そして、胸にいささか切ないものを感じながらも、改めて誓いを立てた。
さようなら、キングメーカー。私は君が作り上げた王として、せいぜい自分の役を演じ切ってみせよう。
***
サキはすでに王都を出て北の丘にいた。
空はすでに薄暗くなってきている。
王都を見る。大陸でもっとも大きな街もこの丘から見下ろせば手のひらに収まるような大きさだ。
引き止められるとわかっていたから、ニコロには別れも告げずに出てきてしまった。きっと落胆しているだろう。
「すまない。やっぱり性に合わない」
サキは謝罪の言葉をつぶやきながら、そう遠くない日に再会する気もしていた。
――きっとまた会おう
彼女は王都に背を向け歩き出した。
(了)
ニコロが先に送った使いの者から彼女の帰還を聞いていたアーロンとエリクが王宮で彼女を出迎えた。サキはふたりとの再会を喜び合った。
サキを目の敵にしているマリウスについては王都での任を解いて一時的に領地へ帰還させている。ニコロは自分がふたりの間を取りもっていずれ和解させたいと考えているが、それには時間が必要だ。今は互いに顔を合わせさせないようにするのが適切だろう。
***
サキのために用意された部屋には、ニコロが言っていたドレスがあった。侍女たちの手を借りて、はじめてのドレスに袖を通すことになった。
廊下でうろうろしていたニコロが待ちきれなくなって「もう着替えたかい?」と声をかけてくる。
サキは侍女たちにドレスを着せられていたが、要領を得ないサキでは侍女たちも悪戦苦闘していた。
「もう少し待て、慣れないから時間がかかる。」
苦心惨憺の末、ようやくドレスを着られた。
「よし終わったぞ、ニコラス2世」
「やめろ」
そう言いながらニコロが部屋に入る。ニコロは息を飲んだ。
「とても綺麗だ」
気の利いた言葉をみつけられず、気持ちのままを伝えた。サキは照れくさそうにしている。
「夜にはささやかな晩餐会がある。いや、心配しなくていい。君があまり華やかな席を好まないのは分かっている。君がよく知っている人だけを招いているよ。是非その格好で出てくれ」
「窮屈だな。動きにくいし」
しかし、その顔はまんざらでもなさそうに、ニコロにはみえた。
***
ニコロは張り切り、晩餐会の準備を直接指図した。ニコロが料理の盛り付けや食卓の飾りつけにまでこと細かに口を出すものだから、召使たちは辟易した。
準備が整い、ニコロはサキの部屋へ行って、扉を叩く。
返事がない。
「サキ、準備ができた。出てきてくれ」
やはり返事がない。
「開けるぞ」
扉を開けると、机の上にドレスが脱ぎ捨てられており、部屋の中はもぬけの殻だった。
部屋から出たとしたら窓からしかない。ニコロは窓から外をみるが、すでにサキの姿は見当たらなくなっていた。
ニコロは深くため息をついて、つぶやいた。
「そうか、そうだよな」
そんな気はしていた。
アウラが王都に来たとき、彼女はサキを城に招いて一緒に暮らそうと誘ったことがあると言っていた。しかしサキは頑なに拒み、その話はなかったことになった。アウラは言ってたっけ。
――私が塔に幽閉されていたころ、窓の外にある止まり木に神の使いとされる鳥が止まっているのを眺めていました。友達が欲しくて鳥を捕まえさせて、部屋の中で飼ったことがあるのです。ですが、籠の中で鳥は日に日に弱っていきました。私はこの鳥は飼うことはできないのだと悟り、放ちました。籠から出した鳥は元気を取り戻して力強く飛び立っていき、これでよかったのだと納得しました。そのときの心情は、なんと言ったらよいか……胸は寂しさに締め付けられましたが、そこから一粒の雫のような喜びがあふれきたのです。サキに断られたとき、そのことを思い出しました。
ニコロは机の上に何か置いてあるもの気付いた。首飾りである。ニコロはそれを手に取ってよくみてみる。これは、アルヴィオン王家の首飾りだ。
ニコロは首飾りを握りしめた。そして、胸にいささか切ないものを感じながらも、改めて誓いを立てた。
さようなら、キングメーカー。私は君が作り上げた王として、せいぜい自分の役を演じ切ってみせよう。
***
サキはすでに王都を出て北の丘にいた。
空はすでに薄暗くなってきている。
王都を見る。大陸でもっとも大きな街もこの丘から見下ろせば手のひらに収まるような大きさだ。
引き止められるとわかっていたから、ニコロには別れも告げずに出てきてしまった。きっと落胆しているだろう。
「すまない。やっぱり性に合わない」
サキは謝罪の言葉をつぶやきながら、そう遠くない日に再会する気もしていた。
――きっとまた会おう
彼女は王都に背を向け歩き出した。
(了)
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