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二章
十六話
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和義は、自宅の程近くに着いてから、ようやく隣家にいた化け物の存在を思い出した。何故、早紀に相談しなかったのかと悔む。このまま道なりに進めば、例の場所を通ってしまう。
彼は、反対側の道路まで遠回りしようかどうかを迷ったが、達也に山田さんがどうこうのと笑われた事を思い出した。
結局、平然とした顔で歩いていって、ヤバそうなら走り去ろうと腹を決めた。
今朝方、化け物を確認した家が目前に迫る。すると、幼い子供の声が聞こえてきた。何か言葉を、一生懸命呟いている。
「まだいた」と小さく呟き、和義は何気ない表情を装って進んだ。
最初の内は、子供のいる方向を見ないよう意識していた。だが、どうしても我慢できずに、チラリと一瞬盗み見てしまう。
縁側の上で、小さな男の子が遊んでいた。通りに背を向けて、玩具の車を手動で走らせている。まだ三、四歳くらいの幼児に見えた。
視線を戻した彼の心中に、違和感が芽生えていた。頭髪が全く無い上に、普通の子供とは微妙に頭身が違う気がするのだ。しきりに同じ言葉を繰り返しているのも、少し気味が悪い。
「ぼくのすーぱーかーだ!! ぼくのすーぱーかーだ!!」
全く同じ間隔・語調で、幼児が喋り続ける。1の英数字をなぞるように、玩具を延々と上下させた。俯いた幼児が遊びに耽っていたので、和義は思わずその光景を凝視してしまう。
「ぼくのすーぱーかーだ!! ぼくのすーぱーかーだ!! ぼくはこうやって、せいしんのばらんすをとっているんだ!! ぼくのすーぱーかーだ!! ぼくの…」
「なんだあれ」
和義が呟いた刹那、幼児は急に振り向いた。
「なんだぁ、かずよしかぁ」
そう言うと事も無げに視線を戻して、元の作業に没頭しようとする。
「ぼくのすーぱーかーだ!! ぼく…」
しかし、もう一度彼の方を向くと、呆けたような顔で和義を見つめた。それから数秒間、お互いに硬直する。
和義も和義で、目があった瞬間に逃げだそうという気が吹き飛んでいた。相手の顔を見ている内に、心の底から安心感が沸き上がってきたのだ。
幼児の表情が、ゆっくりと驚きの色に染まっていく。やがて、口をだらしなく開けたまま尋ねた。
「おっ、おっ、お、おっ、お前っ!! おれが見えるのか!?」
「み、見えますよ!!」
返事を聞いた途端、わあぁっと声を上げながら和義に向かって走り出す。フォームはヨチヨチ歩きに近かったが、尋常ではない速さだった。
気持ち悪いものと接触しそうになり、和義は怖気立つ。
「かずよしが!! かずよしがみえたぁ!!」
古い記憶が、逃げる必要はないと主張する。
幼児は相好を崩して、和義の周りをピョンピョンと飛び跳ねた。
それから騒ぎを聞きつけた老夫婦に止められるまで、心底嬉しそうに騒ぎ回っていたのだった。
彼は、反対側の道路まで遠回りしようかどうかを迷ったが、達也に山田さんがどうこうのと笑われた事を思い出した。
結局、平然とした顔で歩いていって、ヤバそうなら走り去ろうと腹を決めた。
今朝方、化け物を確認した家が目前に迫る。すると、幼い子供の声が聞こえてきた。何か言葉を、一生懸命呟いている。
「まだいた」と小さく呟き、和義は何気ない表情を装って進んだ。
最初の内は、子供のいる方向を見ないよう意識していた。だが、どうしても我慢できずに、チラリと一瞬盗み見てしまう。
縁側の上で、小さな男の子が遊んでいた。通りに背を向けて、玩具の車を手動で走らせている。まだ三、四歳くらいの幼児に見えた。
視線を戻した彼の心中に、違和感が芽生えていた。頭髪が全く無い上に、普通の子供とは微妙に頭身が違う気がするのだ。しきりに同じ言葉を繰り返しているのも、少し気味が悪い。
「ぼくのすーぱーかーだ!! ぼくのすーぱーかーだ!!」
全く同じ間隔・語調で、幼児が喋り続ける。1の英数字をなぞるように、玩具を延々と上下させた。俯いた幼児が遊びに耽っていたので、和義は思わずその光景を凝視してしまう。
「ぼくのすーぱーかーだ!! ぼくのすーぱーかーだ!! ぼくはこうやって、せいしんのばらんすをとっているんだ!! ぼくのすーぱーかーだ!! ぼくの…」
「なんだあれ」
和義が呟いた刹那、幼児は急に振り向いた。
「なんだぁ、かずよしかぁ」
そう言うと事も無げに視線を戻して、元の作業に没頭しようとする。
「ぼくのすーぱーかーだ!! ぼく…」
しかし、もう一度彼の方を向くと、呆けたような顔で和義を見つめた。それから数秒間、お互いに硬直する。
和義も和義で、目があった瞬間に逃げだそうという気が吹き飛んでいた。相手の顔を見ている内に、心の底から安心感が沸き上がってきたのだ。
幼児の表情が、ゆっくりと驚きの色に染まっていく。やがて、口をだらしなく開けたまま尋ねた。
「おっ、おっ、お、おっ、お前っ!! おれが見えるのか!?」
「み、見えますよ!!」
返事を聞いた途端、わあぁっと声を上げながら和義に向かって走り出す。フォームはヨチヨチ歩きに近かったが、尋常ではない速さだった。
気持ち悪いものと接触しそうになり、和義は怖気立つ。
「かずよしが!! かずよしがみえたぁ!!」
古い記憶が、逃げる必要はないと主張する。
幼児は相好を崩して、和義の周りをピョンピョンと飛び跳ねた。
それから騒ぎを聞きつけた老夫婦に止められるまで、心底嬉しそうに騒ぎ回っていたのだった。
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