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第三十九話 一難去ってまた一難

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 ずざーっと、直太が茂みに突っ込んだ瞬間、ギンっと身体が鈍色に光って『hide-and-seek』の効果が解けた。

 カラスはしばらく鳥居近くの低い空をぐるぐる飛び回っていたが、やがて諦めたのか「アア~、バッカァ~~~」と鳴きながら、どこかへ飛び去って行った。

「ま、マジで今度こそ死ぬかと思った~」
「桐山直太~、なんでそんなところで休んでいるのかミョウ? 早くこっちに来るんだミョウ」
 半吉は鳥居の奥の巨大な石段の上でホバリング中。

 もうマジで一歩も動けない。
 今度こそ、本当に動けなかった。
 事実、ヘッドスライディングした恰好のまま、直太は茂みに転がっている。
 全身がびたっと地面に接着剤でくっつけられたみたいに、手足が重力に張り付いている。

「桐山直太~、早く鳥居のこっち側に入らないとダメだミョウ~」
(んなこと言ったって)

 これはもう、限界を突破した限界も突破している。
 マンガの主人公とかだと、限界を突破した限界も突破して、更に立ち上がるんだろうけど……。
 オレは、この茂みの中で生きていきます。
 というか、茂みの一部になります。
 アディオス。と、直太は目をつぶった。

 ハッと、次に気が付いた時、少し涼しくなった風が直太の首筋をなでていた。
「ヤベ、寝てたげ?」
 いつの間にか空が紫っぽく変化している。
 遠くに輝く夕日が眩しい。

「もう日暮れかぁ。なんか変な夢見たなぁ。虫と戦う的な」
 んん~、と、直太は起き上がって伸びをした。
 遠くのほうで、直太を呼ぶ声がした。

「き、き、桐山直太~。は、早く起きるんだミョウ~」
「……頼む、夢落ちってことにしてくれ」
 もう一度目をつぶる。

「ぎゃあ~~~~、桐山直太~~~~~~~」
「ですよねー。やっぱ夢じゃないっすよねー」
 現実を受け入れて目を開いたら、目の前が真っ暗ならぬ、真っ草色。

「へ?」
 羽を広げてぶわんっと空から直太へ降ってきているのは、左脇に十字の傷があるグリーンモンスターだった。

「桐山直太がぷーすか寝てる間に、沼大地の脇の草むらを通って、グリーンモンスターが追いかけてきたんだミョウ。あいつはしつこいんだミョウ」
 半吉が説明している間にも、グリーンモンスターの風船みたいな腹とマッチョな足がみるみるのしかかってきて。
 これはさすがに逃げられない。
 くそっ! こうなりゃ最後の抵抗。
 グーパン攻撃!

「うお~~~~、来るな~~~~~」
 直太は拳を握り両腕をぐるぐる回した。
 自分でもわかる。こんな攻撃じゃ絶対倒せない。
 ああ、こんなことなら一回くらい女子とつきあっときゃよかった。
(あ、オレモテねーんだった)

 ぽかっ。
 発泡スチロールを殴ったみたいな軽い感触があった。
 どさっと、直太の隣に何かが落ちる。

「へ?」
 直太は目を瞬いた。
 グリーンモンスターがひっくり返って倒れている。
 口から茶色い泡を出して、ぴくぴくけいれんしていた。

「え? は? ええ?」
 グリーンモンスターからぴょんと距離を取りつつ、直太は自分の拳を見つめる。
 まさかこの拳で倒したのか?

「オレ? え? どゆこと?」
 半吉がブーンっと泡を吹いたグリーンモンスターに近寄り、「ハッ」と言った。
 そして、ぽんっと、手を叩いた。

「桐山直太、コイツの太ももの内側を見るんだミョウ」
「太もも? あ!」
 グリーンモンスターの肉付きのよい太ももの内側には、エメラルド色をしたコガネムシ型の宝石が埋め込まれていた。その宝石に一本の亀裂が入っている。

「桐山直太のグーパンが、コイツのむし宝玉に当たったんだミョウ」
「え、これがむし宝玉?」

「そうなんだミョウ」
「てことは」
 直太は自分の右足につけた赤いアンクレットをかちゃりと取り外して、中の赤いスカラベを半吉に見せた。

「これもむし宝玉?」
「そうだミョウ。エツランシャの桐山直太は半吉のむし宝玉を身につけているんだミョウ。グリーンモンスターのむし宝玉は緑なんだミョウ。だから赤のむし宝玉を持つ桐山直太のグーパン攻撃は二倍の威力があったんだミョウ。赤のむし宝玉を持つモノは、緑のむし宝玉を持つモノに二倍のダメージを与えることができるってタマ様が言ってたミョウ。桐山直太も、むし宝玉を壊されないように注意するんだミョウ」

「なるほど」と頷いて、さっそく右足にカチャリと赤いアンクレットを装着しなおした。
 足首なら攻撃を受けにくいし、むし宝玉も小さいから壊されにくそうだ。
 ひとまず安心。

 あれ? てことは。

「……てことは、別に『hide-and-seek』使ってグリーンモンスターから逃げ回らなくても、普通に殴ったら倒せたってことなんじゃ」
「そういうことだミョウ。桐山直太は魔法の力をまーた無駄にしたんだミョウ。アホなんだミョウ」

「つか、それらの情報は先に教えてくれよ」
「すっかり忘れてたんだミョウ」
「……ですよねー」

 なんだろ。
 自分がお笑い芸人にでもなった気分だ。
 こうなりゃ半吉とコンビ組んでお笑いのてっぺん目指すか、と、開き直って半吉を見た直太は、「ぬぉ」っと、驚いた。

「は、半吉さん? すんげぇ勢いでよだれ出てますけど」
 口から尋常じゃない量のよだれを垂らして、半吉がグリーンモンスターを見つめている。

「こ、このグリーンモンスター、半吉食べちゃってもいいんだミョウ?」
「……え、これ食べちゃうの?」

 ぐぎゅるるぎゅるるる~。と、半吉がお腹で返事をした。

「すっごく美味しそうなんだミョウ」
 見た目可愛い半吉が、このグリーンモンスターを、食う?

「それはちょっと、絵面的にマズい気が」
「っただっきまーす、だミョウ」
「って、聞いてねーし」
 半吉が、八重歯のような牙をきらりと覗かせて、グリーンモンスターのお腹にかぶりつこうとした瞬間。

 ぱりん。

 グリーンモンスターの緑のむし宝玉が砕けた。

 さらさらさら。

 グリーンモンスターが細かな粒子になって消えていく。

「ああ~~~~、半吉のご飯がぁ~~」

 ムンクの叫びみたいな顔で「オーノーだミョウ」と青ざめる半吉。
 直太は(消えてくれてよかった~)と心底思ったのだった。
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