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第二十七話 細い糸

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 現れたのは特別教室の引き戸。上の表札は『理科室』

「……って、ただの理科室じゃん!!」
 思わずつっこんだ。

 痛みに耐えて滝のアーチを潜ったのに、小学校の理科室~?

「普通、ここはクリスタルの理科室とか出てくるだろ。あ、もしかして、中はクリスタルの理科室になってるとか?」
 期待を込めてガラガラと引き戸を開ける。

 直太も理科の授業で使ったことのある、ごくごく普通の実験台が並んでいた。
 小さな流しを真ん中にして四人掛けの実験台が二つくっついたものだ。
 それが縦に二つ、横に三つ並んでいる。

 窓際の後ろに佇む、内臓が丸見えな人体人形の顔には黒い焼け跡もある。
 春斗のオカルト情報によれば、あの焼け跡は、十年前、とある児童がふざけてアルコールランプで焼いてできたもので、その児童は一週間後に同じ場所を火傷したらしい。

「やっぱ、うちの理科室じゃん!」
「うるさいぞ、手元が狂う」
「ひょ?」
 頭の中で聞いた偉そうな声が、黒板の方から聞こえた。

 フード付きの白衣のようなものを着た大人が、黒板近くの黒い実験台で何かの作業に没頭している。
 フードをすっぽりかぶっていて顔は見えない。
 てゆーか白衣がすげぇ!

 水族館のクラゲコーナーの発光クラゲのように、色をゆらゆら変化させながら光り輝いていた。
 オレンジっぽい赤からコバルトブルーになって、透明になり、エメラルドグリーンになって……。

 つか、こんな目立つ人、絶対さっきはいなかったはず。
 どっから湧いて出た?

「いなかったのではない。お前がまず先に教室の実験台に注目したからだ。物語の描写はエツランシャが注目したところから記述されるからな」
「? どーゆー意味すか?」

 クラゲ白衣に気を取られながら、直太は首を傾げる。
 それにしてもこの白衣、妙なデジャヴ感が……。

(あ、代理図書の先生のレインコートに似てるのか)

 放課後の図書室で見た緑色に光るレインコートと、この人のいろんな色に発光する白衣がなんか似ているのだ。
 どっちも室内でフードをかぶってるところも似ている。
 いや、似ているような、やっぱ似ていないような。

「そのままの意味だ」
 クラゲ白衣を着た人は、左手に持った金色のピンセットで、実験台の上に乗った何か小さなものから細い糸のようなものをちょっとずつ引っ張り出しているところだった。
 
―い、いでででででぇ~。ぎょわわわわ~~~~。

 頭の中でつんざくような半吉の叫び声が響いた。

「半吉?」
 直太はハッとして、実験台に慌てて駆け寄る。
 まさか実験台の上にいるのって。
 その時、光る白衣の人が金色のピンセットを勢いよく振り上げた。
 小さなものから出てきた糸のようなものが、びよよよよーーんと、とろけるチーズみたいに長ーく伸びていく。

―ぎょわわわわ~~~~。じ死、(死)じぬぅ~~~。

 やっぱり半吉だ。

「お、おい! 何してんだよ」
 実験台の半吉を救出しようと直太が手を伸ばした時。

 きゅぽんっ!

 コルクの栓を抜いたみたいな音がして、長い長い糸のようなものが金色のピンセットから離れて宙に漂った。
 ぼわん
 緑色の炎が、細い糸のようなものを包みこんでいく。

『%#!”&$##%!!!!!』

 炎に包まれた糸から、黒板を爪で引っ掻いたみたいな、おぞましい音が鳴り響き「うわぁ~!」と、耐え切れず直太は耳を塞ぐ。

 メラメラ燃える緑の炎に包まれた細い糸のようなものは、悶え苦しむように、くるっと丸まったり、よじれたりしながら、理科室の窓に向かって這うように空中を進んでいっている。
 どうやら外に逃げようとしているらしい。
 細い糸が窓に触れた。
 バチバチバチバチ!!
 糸全体に緑の電流のようなものが走って。

 ぱぱぱぱぱんっ!!!!

 爆竹音と一緒に細い糸が緑色の粒子になって弾けた。
 粒子は掃除機に吸い込まれるようにクラゲ白衣を着た人の持っていた親指サイズの小瓶の中に吸い込まれていった。
 きゅっ。
 コルクで小瓶に蓋をしてから、クラゲ白衣を着た人がそれを左右に振る。
 すると、瓶の中の粒子は徐々にキラキラ輝くエメラルドグリーンの液体に変化していったのだった。

「よし。解毒剤の完成だ」
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