上 下
19 / 60

第十五話 カラスの襲撃

しおりを挟む
「一体なんだったんだミョウ。あの超超超超巨大コガネムッシーは。そしてどこへ行く気なんだミョウ?」

 超超超超巨大コガネムッシーは、灰色の川をしばらく真っすぐ進んだ後、枝分かれした細い川の方へ曲がって見えなくなった。
 あっちに巣があるのだろうか。

「それにしてもあいつ、重たすぎて飛べないみたいだミョウ。食べ過ぎなんだミョウ。ハッ、そういえばお師匠様が言っていたミョウ」

 昔、お師匠様が住んでいた縄張りにコガネムッシーの大群が押し寄せて、縄張り中の草を食べつくしてすっからかんのひゅるるん大地にしてしまい、やむなくお師匠様は引っ越したらしい。

『あいつらは、満腹という言葉を知らないアル。大地を枯らすまで食べつくす厄介な奴らアル』

「全くそのとおりだミョウ」
 大好きなお師匠様の苦虫をかみつぶしたような顔を真似しながら、半吉は、葉っぱのない灰色の石の木と灰色の石の小川を大きな瞳で見つめ、こくこくと苦々しく頷いた。

「きっとここも、あの超超超超巨大コガネムッシーがすっかり食べつくしてしまったせいで灰色に枯れちゃったに違いないミョウ。絶対そうだミョウ」

(なんか今の半吉、お師匠様みたいだミョウ)

 神妙に頷きながら意味深なことを語る自分に、半吉は酔いしれていた。
 そのせいで、背後から危険が迫っていることに気が付かなかった。

 カァ~。クワァ~。カカァ~。

「ん? ぎゃわわわ」
 なんと灰色の木の蔓にとまっていたカラスの一匹が、尖ったくちばしを広げて半吉を食べようと鉄砲玉のように飛んできていたのだ。

「わわっ」
 慌てて前に飛んで逃げた瞬間、すぐ後ろでかつん!と、くちばしが閉じる硬い音がした。

「ぎゃわわわわ~」
 全速前進!
 猛スピードでひゅーんと逃げる半吉を、カラスは執拗に追いかける。
 さっきの超超超超巨大コガネムッシーとは違い、カラスは明らかに半吉を狙っていた。

 カァ~。クワァ~。カカァ~。

 半吉に向かって飛びながら、何か言っている。

「半吉、カラス語はわからないミョウ。でも、でも~」

 ケケ~。カァァア~~~~。
 ねばねばした鳴き声と、うっとりした目。

「なんか、絶対よくないことを言ってるミョウ~」

 ビューン、と、半吉は羽がもげるかと思うくらい羽ばたいて前へ逃げる。
 けれども、何しろカラスは大きい。
 半吉が数万回羽ばたくのと、カラスが一回バサッと羽ばたくのは同じ。
 あっという間に距離が縮まる。

 それでもなんとか逃げ切れているのは半吉のスピードが速いというよりも、カラスが面白がってすんでのところでわざと逃がしているからだ。
 半吉で狩り遊びを楽しんでいる。
 たぶん、このカラスは遊ぶだけ遊んで半吉が疲れ切ったところをパクリとやるつもりなのだ。

「半吉は、おもちゃじゃないミョウ~。ハッ!」
 そういえば、お師匠様がカラスについて何か言ってたことがあったミョウ。
 えっとえっと。

『カラスは自分が真っ黒だから、色のついたものが大大大好きアル。憧れが粘着質な欲望となってしまっているアルヨ。特に半吉みたいに、ぴかぴかきらきら輝くものには目がない。光るものならなんでも巣に持ち帰るアル。だからお前はカラスに遭遇したらすぐ逃げるアル。カラスに気づかれたら最後、きゃつらはお前を地の果てまで追いかけて、がしっとひと噛みして息の根を止めて、巣に持ち帰って死体を自分のコレクションにするアル』

「そうだったミョウ~。半吉はカラスに見られたらマズかったんだミョウ~」

 大事なことを忘れるのは半吉の癖。
 そして思い出した時には、すでに遅し。
 半吉は羽を動かすための飛翔筋を使いすぎて、もう体力の限界。

「お師匠様、ごめんなさいだミョウ。半吉、お先に参ります、だミョウ」

 羽の動きが鈍ってひゅるるる~、と風に吹かれるように地面に落っこちながら、半吉は短い人生を振り返り、「ジ・エンドだミョウ」と呟いた。
 空の上から迫る邪悪な漆黒カラス。
 下は硬い硬い灰色の石の小川。
 カラスのくちばしにばちんとされるのが先か、地面にどかんとたたきつけられるのが先か。

 どちらにしても、助かる道はナッシングだミョウ。

 ぽとり。
 背中が先に地面に触れた。
 と、思ったらトランポリンのように、半吉の体がビヨンと跳ね上がり、またぽとりと斜め下に落ちた。

「あ、さっきのぱやっと咲いてたタンポポだミョウ」
 半吉は、運よく灰色の小川の横に咲いていたタンポポの上に落ちたらしい。

 ギザギザ深緑色の葉っぱの上には先客がいた。
 つるりと光るテントウムッシーが、のほほんと休憩している。
 半吉も、のほほんテントウムッシーに、のほほんとあいさつをする。

「失礼、ちょっとお邪魔するミョウ」
「……」

 テントウムッシーは何も言わない。
 半吉の森のテントウムッシーとは大違いに静かだ。

 森のテントウムッシーたちは、あっちのアブラムッシーはこっちのアブラムッシーより甘いだの、そっちのアブラムッシーは、向こうのアブラムッシーよりでりしゃすだのと、独り言を絶えず喋っている。

「こんなに無口なテントウムッシーに会ったのは初めてだミョウ。それにしても、君のファッション、とっても素敵だミョウ。夕焼けみたいに赤くてぴっかぴかで、つるりと光って……」

 ぴっかぴかで、つるりと光って?

 カアアアアアア~~~~。

 ぴかぴかな虫が二匹に増えて、頭上でカラスが歓喜の一声を上げた。

「そうだったミョウ~! カラスはぴかぴかなものが好きだったミョ……」

 ぱくり!!

 言ってるそばから、カラスはテントウムッシーごと、半吉をくちばしの中へイン!
 目の前真っ暗。
 お先真っ暗!
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

英雄になった夫が妻子と帰還するそうです

白野佑奈
恋愛
初夜もなく戦場へ向かった夫。それから5年。 愛する彼の為に必死に留守を守ってきたけれど、戦場で『英雄』になった彼には、すでに妻子がいて、王命により離婚することに。 好きだからこそ王命に従うしかない。大人しく離縁して、実家の領地で暮らすことになったのに。 今、目の前にいる人は誰なのだろう? ヤンデレ激愛系ヒーローと、周囲に翻弄される流され系ヒロインです。 珍しくもちょっとだけ切ない系を目指してみました(恥) ざまぁが少々キツイので、※がついています。苦手な方はご注意下さい。

妻がエロくて死にそうです

菅野鵜野
大衆娯楽
うだつの上がらないサラリーマンの士郎。だが、一つだけ自慢がある。 美しい妻、美佐子だ。同じ会社の上司にして、できる女で、日本人離れしたプロポーションを持つ。 こんな素敵な人が自分のようなフツーの男を選んだのには訳がある。 それは…… 限度を知らない性欲モンスターを妻に持つ男の日常

理想の王妃様

青空一夏
児童書・童話
公爵令嬢イライザはフィリップ第一王子とうまれたときから婚約している。 王子は幼いときから、面倒なことはイザベルにやらせていた。 王になっても、それは変わらず‥‥側妃とわがまま遊び放題! で、そんな二人がどーなったか? ざまぁ?ありです。 お気楽にお読みください。

ロリっ子がおじさんに種付けされる話

オニオン太郎
大衆娯楽
なろうにも投稿した奴です

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

寝たきりだった難病少年は勇者召喚されて大活躍する:神主の曾孫で氏神達が陰から支援しています

克全
児童書・童話
ファロー四徴症で死の間際だった少年は、神々の定めを破った異世界の神に召喚された。自分を祀ってくれる神官に曾孫を見殺しにするしかなかった氏神達は、異世界に移動する間に身体が創り変えられるのを幸いに、異世界の神が掟を破るのを見逃した。見逃しただけでなく、分霊をつけて愛し子を守ろうとした。 異世界に召喚された少年は、健康になった身体を精一杯楽しむのだった。

漫画の寝取り竿役に転生して真面目に生きようとしたのに、なぜかエッチな巨乳ヒロインがぐいぐい攻めてくるんだけど?

みずがめ
恋愛
目が覚めたら読んだことのあるエロ漫画の最低寝取り野郎になっていた。 なんでよりによってこんな悪役に転生してしまったんだ。最初はそう落ち込んだが、よく考えれば若いチートボディを手に入れて学生時代をやり直せる。 身体の持ち主が悪人なら意識を乗っ取ったことに心を痛める必要はない。俺がヒロインを寝取りさえしなければ、主人公は精神崩壊することなくハッピーエンドを迎えるだろう。 一時の快楽に身を委ねて他人の人生を狂わせるだなんて、そんな責任を負いたくはない。ここが現実である以上、NTRする気にはなれなかった。メインヒロインとは適切な距離を保っていこう。俺自身がお天道様の下で青春を送るために、そう固く決意した。 ……なのになぜ、俺はヒロインに誘惑されているんだ? ※他サイトでも掲載しています。 ※表紙や作中イラストは、AIイラストレーターのおしつじさん(https://twitter.com/your_shitsuji)に外注契約を通して作成していただきました。おしつじさんのAIイラストはすべて商用利用が認められたものを使用しており、また「小説活動に関する利用許諾」を許可していただいています。

異世界子ども食堂:通り魔に襲われた幼稚園児を助けようとして殺されたと思ったら異世界に居た。

克全
児童書・童話
両親を失い子ども食堂のお世話になっていた田中翔平は、通り魔に襲われていた幼稚園児を助けようとして殺された。気がついたら異世界の教会の地下室に居て、そのまま奴隷にされて競売にかけられた。幼稚園児たちを助けた事で、幼稚園の経営母体となっている稲荷神社の神様たちに気に入られて、隠しスキルと神運を手に入れていた田中翔平は、奴隷移送用馬車から逃げ出し、異世界に子ども食堂を作ろうと奮闘するのであった。

処理中です...