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第十二話 読めない本

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『タソガレ時の図書室。
 窓から斜めに降り注ぐオレンジ色の夕陽を受けて、細かな埃の粒子が煌めいている。
 選ばれし者のみが見つけられる、特別な一冊。
 背表紙のラベルは『むし6464』
 その本は、図書室の本と本の間に紛れて、君が見つけるのを待っている。ひっそりと。
 そっと本棚から引き抜けば、鮮やかに光り輝くだろう。
 表紙のアンクレットは君の物だ。
 下から上へ、左から右へ。手をかざせ。さすれば君の色に変化する。
 いざ、出発せよ。
 小さきモノたちの棲む、壮大な冒険の世界へ――。』


「冒険の書みてぇ」
 なかなかいいじゃん、と思いながらページをめくった直太は「んんっ?」と眉を寄せた。

「なんじゃこりゃ、何語? ぜんっぜん読めねー」
 日本語でも、アルファベットでもない、イモムシがはったり、丸まったりしているみたいな、奇妙な緑色の文字がびっしりと羅列している。

 パラパラページをめくってみたら、最初のページ以外は全部緑色のイモムシみたいな形の読めない文字だった。
 直太はパタンと本を閉じて、ベンチの背もたれにドサッともたれかかる。

「うわー! なんだよこの本! めっちゃ期待してたのにぃ。つか、明日の朝読どーすんだ?」

 もう図書室は閉まってるし、直太の家にはマンガしかない。
 直太は『虫蟲アドベンチャー ~君の冒険物語~』を見つめ、ため息を吐いた。

「しゃあねぇ。こうなったら、バレないように読んでるフリ決めこもうっと」
 もともと寝るために大きな本にしたわけだし、ま、いっか。
 やれやれと直太は本を手提げバッグに入れかけ「ん?」と手を止めた。

 背表紙の下に貼られたラベルが『むし6464』だったのだ。

「これって、1ページ目に書いてあった文章の……」
 気になって、もう一度、本を取り出し1ページ目を読み返した。

『背表紙のラベルは『むし6464』その本は、図書室の本と本の間に紛れて、君が見つけるのを待っている。ひっそりと。そっと本棚から引き抜けば、鮮やかに光り輝くだろう。表紙のアンクレットは君の物だ。』

「表紙のアンクレットは君の物? 表紙のアンクレット……もしかして、アンクレットってこれのことか?」
 直太は表紙にはめ込まれた銀色の丸い輪っかを見ながら、続きの文章を読む。

「下から上へ、左から右へ。手をかざせ。さすれば君の色に変化する。……下から上で、左から右……こうかな」
 表紙の銀色の輪っかの上に、指示通りに手のひらを掲げてみる。

 ギラン。

「うわっ!」
 突然、銀色の輪っかが夏の日光を反射したみたいに鋭く光って、直太は目を閉じた。
 そっと薄目を開けると、さっきの強い光は消えていて……

「色が、変わってる」
 銀色だった輪っかが、燃えるような赤色に変化して輝いていた。

「アンクレットって確か、足に嵌める腕輪みたいなやつだよな」
 ゲームとかのアイテムでアンクレットと名前がつく装備は足首に装着するから、たぶんそうだ。
 直太は表紙を押さえて赤い輪っかを引っ張ってみた。

 かちゃり。

「取れた……」
 燃え盛る炎のような赤色に輝くアンクレットをマジマジと観察する。
 一カ所だけ、薄く細い線が入っているところがあった。
 もしかして、と両手で引っ張ったら、線のところを境にカチャリと両側に開いた。
 アンクレットの内側には小さな赤い玉みたいなものが埋め込まれていて、キラキラ輝いている。

「なんかの宝石かな? 不思議な形だな」
 よくよく覗き込んで見る。虫、みたいな形。

「あ、スカラベってやつか?」
 エジプトでは生と死を司る神様として、コガネムシの形をした宝石を王族がつけてたんだよな。
 たまにゲームのアイテムとかでも出てくる。

「やべー、かっけー」
 さっそく右の足首に嵌めてみる。

「いいじゃん!」
 なんか力が漲ってくるような気がする。

「えっと、そのあとの文は……いざ、出発せよ。小さきモノたちの棲む、壮大な冒険の世界へ。なんだ、これで終わりか」
 ちぇっ、と、雑にページをめくった直太は「へ?」と、顔を近づけた。

『聖なる大滝の轟轟と流れる音が、神社から遠く離れたこの狩場まで届いている。
 昨日の断続的な大雨の影響で、狩場はぐちょぐちょとした湿地帯になっていた。
 いつもは太陽が地面を白く照り付ける時間までぐーすか寝ているナミハンッミョウの半吉だが……』

「読めるようになってる! なんで?」

 相変わらずイモムシがはったような緑色の文字なのに、目で辿ると頭の中で勝手に日本語に変換されていくのだ。
 直太は「もしかして」と足首につけたアンクレットを見た。
 もしかして、この本を読むためにはアンクレットを足に装着する必要があったってことか?

「なんか、すげぇな」
 こんな凝った仕掛け本もあるんだな。
 和樹たちにも教えてやろっと。
 直太はベンチに座り直し、イモムシのような不思議な緑色の文字を読み進めていった。
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