上 下
14 / 60

第十話 貸出カード

しおりを挟む
 代理図書の先生は『虫蟲アドベンチャー ~君の冒険物語~』の裏表紙を開いた。

 裏表紙の内側にはポケットのようなものがついていて、何やら小さなカードが収まっている。
 代理図書の先生は、幽霊みたいに白く、か細い手でカードを摘まみ出すと、それを直太の前にすっと差し出した。

「へ?」
「この貸出カードに名前を書いてください」

「これに名前を、書くんすか?」
「はい」

 いつもはスーパーのレジにある機械みたいなので、借りる本と自分の図書カードのバーコードをピッ、ピッと読み込んで終了なんだけどな。
 図書カードを忘れた時でも、図書司書の林先生がカウンターのパソコンに名前とクラスと出席番号なんかの情報を打ち込んで貸出する。

「こちらの万年筆をお使いください」
 手渡されたのは『虫蟲アドベンチャー ~君の冒険物語~』の表紙と同じように、金属的に輝く万年筆だった。
 つい流れで受け取ると、ずしりと重かった。
 キャップを外す直太の手の動きに合わせて万年筆の色が金属的な赤や青にキラキラ変化する。

「すげぇ。どうなってんだ?」
「構造色ですよ」

「こーぞーしょく?」
「この本の表紙と同じです。表面に特殊な薄い膜が何層も重なっていて、重なり合った膜を光が通過すると、それぞれの膜で光の反射が起こり、金属的な光沢のある赤色や青色などに見えるのですよ。昆虫の世界では、コガネムシやタマムシの色も構造色ですね。実際に色がついているわけではないため、いつまで経っても色あせることがありません」

「へえ~」
 色がついてないのに、色がついている。
 よくわかんないけど、すげぇ、と、思いながら、直太は貸出カードに自分の名前を書いていった。
 万年筆のインクは目が覚めるような美しいコバルトブルーで、するする滑るような、なめらかな書き心地だ。
 いつもの二割増しで、自分の名前が綺麗に書けた気がする。

「できました!」
 ドヤ顔で貸出カードを代理図書の先生に差し出すと「桐山直太さんですね」と、感情のこもらない声で、直太の名前を確かめた。

「はい……って、のおっ??」

 直太が返事をした瞬間、貸出カードに書いた「桐山直太」というコバルトブルーの文字が空中に飛び出したのだ。
 文字はシャクトリムシのような動きで、にょっきりにょっきりと宙を昇っていく。

「え? ええ??」
 驚く直太の近くで、ぱんっ! と、代理図書の先生が手を叩いた。

 図書室内に乾いた音が響き渡った瞬間、空中を登っていた青いシャクトリムシのような文字がぱっと弾けてキラキラ光るコバルトブルーの粒子になった。
 それが直太の頭上にパラパラ降り注ぎ……。
 直太がぽかんと口を開けて見惚れていると、代理図書の先生がやっぱり機械のような声で言った。

「これで貸出完了です。十分にお気をつけてお楽しみください。ちなみに、この後雨は降りません」 
「雨? それより今の……あれ? 先生??」

 受付カウンターには、誰もいなかった。

 何なんだコレ。
 さすがに頭がついていかない。

 わけがわからないまま立ち尽くしていると、ガラガラガラーと、図書室のドアが開いて、まるっとふくよかな林先生がひょっこり顔を覗かせたのだった。
しおりを挟む

処理中です...