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素質ある子
曲がったピンセット
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泣き崩れてしまった優太君。
頭に乗せた手を戻せずにいる向尸井さん。
溜まったものを吐き出すように、堰を切って号泣した優太君は、泣きながら眠りこけ、椅子の背もたれからずずっと身体をはみだして、向尸井さんに寄り掛かって爆睡中。
わかりやすいくらいカチコチの棒立ちになった向尸井さんが、小声でほたるを呼ぶ。
「おい、見習い。そこのソファまで、この子どもを運べ」
「自分でやってくださいよ」
「オレは子供の扱いを知らん。変に触って壊れたら困るだろうが。それに、オレは重いものを持つのは苦手だ」
「……女子ですか? てゆーか、子どもはそんな簡単に壊れませんよ」
「つべこべ言わずにやれ。お前、見習いだろう。働け」
ひそひそ声で叫ぶ向尸井さんの強張った顔が面白い。
さっきのピンセットの仕返しに、しらんふりしちゃおうか、とも思ったけれど、それじゃ、窮屈な姿勢で寝ている優太君が可哀想なので、ほたるは「仕方ないなぁ」と、偉ぶりながら優太君をひょいと抱き上げ、赤いベルベッドソファに運んだ。
「ほたるちゃんは、案外力持ちだねぇ」
アキアカネさんがほほうと、目を細める。
優太君をソファにそっと下ろした後で、えへん。と、ほたるは力こぶを作って振り返った。
「あたしの実家のご近所さんに、高齢の米農家さんがいて、新米の時期に、直売所に米袋を並べる手伝いをしてるんです」
お礼に新米が貰えるから。
炊飯器を開けた時の、粒立った、つやつやの新米と、美味しい匂いのするホカホカ湯気を思い浮かべ、じゅるりとよだれを飲み込んでいると「お前のせいか!」と、向尸井さんがギンっと目を怒らせた。
ついでに肩まで怒らせて、ほたるの前にやって来た向尸井さんは、スーツの内ポケットからスチャっと金色のピンセットを出して、ほたるの目の前にばばんっとかかげる。
「見ろ! オレの愛用する8号のむしピンセットの先端が1ミリも曲がってしまった。お前の握力どうなってるんだ! 修理に出すとむちゃくちゃ高いんだぞ」
そういえば、人工むしが怖すぎて、絶対に逃がさないようにガッチガチに挟んでいたけれど。
ほたるは、ピンセットの先端を寄り目になって確かめ、首を傾げた。
「曲がってますか? てゆーか、1ミリくらい、別にいいじゃないですか」
「くらいとはなんだ、くらいとは! 1ミリも曲がれば、むしを取り出すときの手ごたえが変わるだろーが」
「というか、ほたるちゃん、よくそのピンセットを曲げたね。確かそれ、超合金に匹敵する硬さを誇るのが売り文句じゃなかったかい? 蜻蛉も怪力だったけれど、これも遺伝のなせる業かな」
「アキアカネさんったら、そんなに褒めないでくださいよー。てゆーかひいじいじ怪力だったんですか?」
「なーに、ヘラヘラ笑ってるんだ! これからしばらくタダ働きだからな!」
はい? と、ほたるも負けじと言い返す。
「向尸井さん、それパワハラ発言です! 大体、いきなりピンセット押し付けたのは向尸井さんじゃないですか! 給料は絶対に貰いますからね!!……ん?」
給料、タダ働き、という単語が飛び出して、そういえば、アルバイトの件で、向尸井さんに何か大切なことを尋ねる必要があったような。と、ほたるは首を傾げた。
なんだったっけ?
頭に乗せた手を戻せずにいる向尸井さん。
溜まったものを吐き出すように、堰を切って号泣した優太君は、泣きながら眠りこけ、椅子の背もたれからずずっと身体をはみだして、向尸井さんに寄り掛かって爆睡中。
わかりやすいくらいカチコチの棒立ちになった向尸井さんが、小声でほたるを呼ぶ。
「おい、見習い。そこのソファまで、この子どもを運べ」
「自分でやってくださいよ」
「オレは子供の扱いを知らん。変に触って壊れたら困るだろうが。それに、オレは重いものを持つのは苦手だ」
「……女子ですか? てゆーか、子どもはそんな簡単に壊れませんよ」
「つべこべ言わずにやれ。お前、見習いだろう。働け」
ひそひそ声で叫ぶ向尸井さんの強張った顔が面白い。
さっきのピンセットの仕返しに、しらんふりしちゃおうか、とも思ったけれど、それじゃ、窮屈な姿勢で寝ている優太君が可哀想なので、ほたるは「仕方ないなぁ」と、偉ぶりながら優太君をひょいと抱き上げ、赤いベルベッドソファに運んだ。
「ほたるちゃんは、案外力持ちだねぇ」
アキアカネさんがほほうと、目を細める。
優太君をソファにそっと下ろした後で、えへん。と、ほたるは力こぶを作って振り返った。
「あたしの実家のご近所さんに、高齢の米農家さんがいて、新米の時期に、直売所に米袋を並べる手伝いをしてるんです」
お礼に新米が貰えるから。
炊飯器を開けた時の、粒立った、つやつやの新米と、美味しい匂いのするホカホカ湯気を思い浮かべ、じゅるりとよだれを飲み込んでいると「お前のせいか!」と、向尸井さんがギンっと目を怒らせた。
ついでに肩まで怒らせて、ほたるの前にやって来た向尸井さんは、スーツの内ポケットからスチャっと金色のピンセットを出して、ほたるの目の前にばばんっとかかげる。
「見ろ! オレの愛用する8号のむしピンセットの先端が1ミリも曲がってしまった。お前の握力どうなってるんだ! 修理に出すとむちゃくちゃ高いんだぞ」
そういえば、人工むしが怖すぎて、絶対に逃がさないようにガッチガチに挟んでいたけれど。
ほたるは、ピンセットの先端を寄り目になって確かめ、首を傾げた。
「曲がってますか? てゆーか、1ミリくらい、別にいいじゃないですか」
「くらいとはなんだ、くらいとは! 1ミリも曲がれば、むしを取り出すときの手ごたえが変わるだろーが」
「というか、ほたるちゃん、よくそのピンセットを曲げたね。確かそれ、超合金に匹敵する硬さを誇るのが売り文句じゃなかったかい? 蜻蛉も怪力だったけれど、これも遺伝のなせる業かな」
「アキアカネさんったら、そんなに褒めないでくださいよー。てゆーかひいじいじ怪力だったんですか?」
「なーに、ヘラヘラ笑ってるんだ! これからしばらくタダ働きだからな!」
はい? と、ほたるも負けじと言い返す。
「向尸井さん、それパワハラ発言です! 大体、いきなりピンセット押し付けたのは向尸井さんじゃないですか! 給料は絶対に貰いますからね!!……ん?」
給料、タダ働き、という単語が飛び出して、そういえば、アルバイトの件で、向尸井さんに何か大切なことを尋ねる必要があったような。と、ほたるは首を傾げた。
なんだったっけ?
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