82 / 97
ひいじいじの来客
カゲロウ虫の鋳型
しおりを挟む
ダイヤモンドみたいにぎゅっと硬い決意の声だった。
ゆるぎない気持ちが、ひしひし伝わってくる。
黙りこくったまま、優太君のお母さんの瞳を受け止めるひいじいじ。
「それから」と、優太君のお母さんが、急にいたずらっぽい顔になる。
「ダニー先生が、またお酒を飲もうと言ってましたよ」
ひいじいじのショボショボの目が大きく見開かれた。
(え? ダニー先生って、まさか)
ほたるの目も、驚きに丸くなる。
アフリカ系アメリカ人の、明るい焦げ茶色の肌にドレッドヘアが似合いまくりな年齢不詳の外国人が、ほたるの脳裏に浮かび、慌てて首を振った。
まさかね~。
ダニーの愛称で呼ばれる外国人はたくさんいる。きっと、過去にも別のダニー先生が神明大学にいたのだ。
「そうか……。優香さんは、ダニーに会うたのじゃな。ダニーは元気にしとるか」
「ええ。底抜けに元気で、浮くほど派手です」
優太君のお母さんが、楽し気に笑った。
(やっぱりあのダニーかも……)
「そうか、そうか……」
ひいじいじは何度も「そうか」を連発した。
たっぷり時間をかけて、自分を納得させるように、何度も、何度も「そうか」と頷いて、ほうっと、長いため息を吐きだした。
それから、ショボショボの目を線のように細くして、抱っこ紐の中にいる優太君の背中の辺りを透視するように見た。
「優香さん、あんたには、鋳型がある」
「ええ」と、優太君のお母さんは微笑んだ。
「ダニー先生から聞きました。私には、生まれつき、カゲロウ虫の形をした穴があるようだと」
うむ。と、ひいじいじが重たく頷いた。
「本来、体内のむしをむし屋が取り出せば、むしの住処だった場所は次第に塞がれていくんじゃがのう。あんたの体内には、生まれつき、カゲロウ虫の鋳型があるようじゃ。その鋳型を使えば、この子の未来を守るための、外骨格が作れる。じゃが、鋳型を刺激すれば、鋳型に残ったカゲロウ虫の記憶が呼び覚まされ、あんたの命は、この子に受け継がれて、この子が7つになる年の春には尽きてしまうじゃろう」
よいんじゃな。と、ひいじいじが念を押した。
優太君のお母さんは、瞬きを一つして、花開くように微笑んだ。
「覚悟の上です。どのみち、この穴のせいで、私の寿命は長くありません。それなら、私の全てをこの子のために使いたい。私はこの子を、全身全霊をかけて愛します」
ふうむ。ひいじいじは頷いて、優太君のお母さんをもう一度、長い間見つめた。
「その願い、聞き届けよう」
いつものショボショボの目とは違う、鋭い視線を優太君のお母さんに投げかけて、ひいじいじが厳かに言う。
ほたるの知るひいじいじとはまるで別人の、厳格な誰かだった。
ひいじいじは、向尸井さんに似たピシッと紳士的な歩き方で、ローテーブルに置いた愛読書を手に取った。表紙の上に左手を重ねる。
「オンギャクギャクウンソワカ オンバザラヤキシャウン オンギャクギャク……」
ひいじいじがお経のようなものをブツブツ唱えると、セピア色にあせた愛読書がエメラルドグリーンに輝きだした。
そのまま長いお経を唱え続けながら、ひいじいじがしわしわの左手を表紙から浮かす。
ひいじいじの手に引っ張られるように、重たい表紙がひとりでに開き、パラパラとページがめくれていった。
四分の一あたりで見開かれた愛読書に、ひいじいじは再びしわだらけの左手を置き、カッと目を見開いた。
「きゅうてんおうげんらいせいふかてんそん」
ゆるぎない気持ちが、ひしひし伝わってくる。
黙りこくったまま、優太君のお母さんの瞳を受け止めるひいじいじ。
「それから」と、優太君のお母さんが、急にいたずらっぽい顔になる。
「ダニー先生が、またお酒を飲もうと言ってましたよ」
ひいじいじのショボショボの目が大きく見開かれた。
(え? ダニー先生って、まさか)
ほたるの目も、驚きに丸くなる。
アフリカ系アメリカ人の、明るい焦げ茶色の肌にドレッドヘアが似合いまくりな年齢不詳の外国人が、ほたるの脳裏に浮かび、慌てて首を振った。
まさかね~。
ダニーの愛称で呼ばれる外国人はたくさんいる。きっと、過去にも別のダニー先生が神明大学にいたのだ。
「そうか……。優香さんは、ダニーに会うたのじゃな。ダニーは元気にしとるか」
「ええ。底抜けに元気で、浮くほど派手です」
優太君のお母さんが、楽し気に笑った。
(やっぱりあのダニーかも……)
「そうか、そうか……」
ひいじいじは何度も「そうか」を連発した。
たっぷり時間をかけて、自分を納得させるように、何度も、何度も「そうか」と頷いて、ほうっと、長いため息を吐きだした。
それから、ショボショボの目を線のように細くして、抱っこ紐の中にいる優太君の背中の辺りを透視するように見た。
「優香さん、あんたには、鋳型がある」
「ええ」と、優太君のお母さんは微笑んだ。
「ダニー先生から聞きました。私には、生まれつき、カゲロウ虫の形をした穴があるようだと」
うむ。と、ひいじいじが重たく頷いた。
「本来、体内のむしをむし屋が取り出せば、むしの住処だった場所は次第に塞がれていくんじゃがのう。あんたの体内には、生まれつき、カゲロウ虫の鋳型があるようじゃ。その鋳型を使えば、この子の未来を守るための、外骨格が作れる。じゃが、鋳型を刺激すれば、鋳型に残ったカゲロウ虫の記憶が呼び覚まされ、あんたの命は、この子に受け継がれて、この子が7つになる年の春には尽きてしまうじゃろう」
よいんじゃな。と、ひいじいじが念を押した。
優太君のお母さんは、瞬きを一つして、花開くように微笑んだ。
「覚悟の上です。どのみち、この穴のせいで、私の寿命は長くありません。それなら、私の全てをこの子のために使いたい。私はこの子を、全身全霊をかけて愛します」
ふうむ。ひいじいじは頷いて、優太君のお母さんをもう一度、長い間見つめた。
「その願い、聞き届けよう」
いつものショボショボの目とは違う、鋭い視線を優太君のお母さんに投げかけて、ひいじいじが厳かに言う。
ほたるの知るひいじいじとはまるで別人の、厳格な誰かだった。
ひいじいじは、向尸井さんに似たピシッと紳士的な歩き方で、ローテーブルに置いた愛読書を手に取った。表紙の上に左手を重ねる。
「オンギャクギャクウンソワカ オンバザラヤキシャウン オンギャクギャク……」
ひいじいじがお経のようなものをブツブツ唱えると、セピア色にあせた愛読書がエメラルドグリーンに輝きだした。
そのまま長いお経を唱え続けながら、ひいじいじがしわしわの左手を表紙から浮かす。
ひいじいじの手に引っ張られるように、重たい表紙がひとりでに開き、パラパラとページがめくれていった。
四分の一あたりで見開かれた愛読書に、ひいじいじは再びしわだらけの左手を置き、カッと目を見開いた。
「きゅうてんおうげんらいせいふかてんそん」
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
性的イジメ
ポコたん
BL
この小説は性行為・同性愛・SM・イジメ的要素が含まれます。理解のある方のみこの先にお進みください。
作品説明:いじめの性的部分を取り上げて現代風にアレンジして作成。
全二話 毎週日曜日正午にUPされます。
隣の古道具屋さん
雪那 由多
ライト文芸
祖父から受け継いだ喫茶店・渡り鳥の隣には佐倉古道具店がある。
幼馴染の香月は日々古道具の修復に励み、俺、渡瀬朔夜は従妹であり、この喫茶店のオーナーでもある七緒と一緒に古くからの常連しか立ち寄らない喫茶店を切り盛りしている。
そんな隣の古道具店では時々不思議な古道具が舞い込んでくる。
修行の身の香月と共にそんな不思議を目の当たりにしながらも一つ一つ壊れた古道具を修復するように不思議と向き合う少し不思議な日常の出来事。
【完結】悪女のなみだ
じじ
恋愛
「カリーナがまたカレンを泣かせてる」
双子の姉妹にも関わらず、私はいつも嫌われる側だった。
カレン、私の妹。
私とよく似た顔立ちなのに、彼女の目尻は優しげに下がり、微笑み一つで天使のようだともてはやされ、涙をこぼせば聖女のようだ崇められた。
一方の私は、切れ長の目でどう見ても性格がきつく見える。にこやかに笑ったつもりでも悪巧みをしていると謗られ、泣くと男を篭絡するつもりか、と非難された。
「ふふ。姉様って本当にかわいそう。気が弱いくせに、顔のせいで悪者になるんだもの。」
私が言い返せないのを知って、馬鹿にしてくる妹をどうすれば良かったのか。
「お前みたいな女が姉だなんてカレンがかわいそうだ」
罵ってくる男達にどう言えば真実が伝わったのか。
本当の自分を誰かに知ってもらおうなんて望みを捨てて、日々淡々と過ごしていた私を救ってくれたのは、あなただった。
同窓会に行ったら、知らない人がとなりに座っていました
菱沼あゆ
キャラ文芸
「同窓会っていうか、クラス会なのに、知らない人が隣にいる……」
クラス会に参加しためぐるは、隣に座ったイケメンにまったく覚えがなく、動揺していた。
だが、みんなは彼と楽しそうに話している。
いや、この人、誰なんですか――っ!?
スランプ中の天才棋士VS元天才パティシエール。
「へえー、同窓会で再会したのがはじまりなの?」
「いや、そこで、初めて出会ったんですよ」
「同窓会なのに……?」
本屋さんにソムリエがいる、ということ
玄武聡一郎
キャラ文芸
水月書店にはソムリエがいる。
もちろんここは、変わった名前のフランス料理店ではないし、ワインを提供しているわけでもない。ソムリエの資格を持っている人が勤めているわけでもない。これは物の例えだ。ニックネームと言い換えてもいい。
あらゆる本に関する相談事を受け付ける本のソムリエ、「本庄翼」。
彼女にかかれば「この前発売した、表紙が緑色の本が欲しいんだけど、タイトル分かる?」系のおなじみの質問はもちろんのこと「最近のラノベでおすすめの本はある?」「一番売れている本が欲しい」的な注文や「息子に本を読ませたいんだけど、どんな本がいいと思う?」「こういうジャンルが読みたいんだけど、最初に読むならどれがおすすめ?」といった困った質問も容易く解決される。
これは、本屋さんでソムリエをする本庄翼と、彼女のもとに相談に来る、多種多様な相談客、そして――元相談客で、彼女を追いかけて水月書店で働きだした、何のとりえもない「僕」の物語だ。
G.F. -ゴールドフイッシュ-
木乃伊(元 ISAM-t)
キャラ文芸
※表紙画アイコンは『アイコンメーカー CHART』と『画像加工アプリ perfect image』を使用し製作しました。
❶この作品は『女装と復讐は街の華』の続編です。そのため開始ページは《page.480》からとなっています。
❷15万文字を超えましたので【長編】と変更しました。それと、未だどれだけの長さのストーリーとなるかは分かりません。
❸ストーリーは前作と同様に《岩塚信吾の視点》で進行していきますが、続編となる今作品では《岡本詩織の視点》や《他の登場人物の視点》で進行する場面もあります。
❹今作品中で語られる《芸能界の全容》や《アイドルと女優との比較など》等は全てフィクション(および業界仮想)です。現実の芸能界とは比較できません。
❺毎日1page以上の執筆と公開を心掛けますが、執筆や公開できない日もあるかもしれませんが、宜しくお願い致します。※ただ今、作者の生活環境等の事由により、週末に纏めて執筆&公開に努めています。
【アルファポリスで稼ぐ】新社会人が1年間で会社を辞めるために収益UPを目指してみた。
紫蘭
エッセイ・ノンフィクション
アルファポリスでの収益報告、どうやったら収益を上げられるのかの試行錯誤を日々アップします。
アルファポリスのインセンティブの仕組み。
ど素人がどの程度のポイントを貰えるのか。
どの新人賞に応募すればいいのか、各新人賞の詳細と傾向。
実際に新人賞に応募していくまでの過程。
春から新社会人。それなりに希望を持って入社式に向かったはずなのに、そうそうに向いてないことを自覚しました。学生時代から書くことが好きだったこともあり、いつでも仕事を辞められるように、まずはインセンティブのあるアルファポリスで小説とエッセイの投稿を始めて見ました。(そんなに甘いわけが無い)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる