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ひいじいじの来客

カゲロウ虫の鋳型

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 ダイヤモンドみたいにぎゅっと硬い決意の声だった。
 ゆるぎない気持ちが、ひしひし伝わってくる。

 黙りこくったまま、優太君のお母さんの瞳を受け止めるひいじいじ。

「それから」と、優太君のお母さんが、急にいたずらっぽい顔になる。
「ダニー先生が、またお酒を飲もうと言ってましたよ」
 ひいじいじのショボショボの目が大きく見開かれた。

(え? ダニー先生って、まさか)
 ほたるの目も、驚きに丸くなる。

 アフリカ系アメリカ人の、明るい焦げ茶色の肌にドレッドヘアが似合いまくりな年齢不詳の外国人が、ほたるの脳裏に浮かび、慌てて首を振った。

 まさかね~。
 ダニーの愛称で呼ばれる外国人はたくさんいる。きっと、過去にも別のダニー先生が神明大学にいたのだ。

 
「そうか……。優香さんは、ダニーに会うたのじゃな。ダニーは元気にしとるか」
「ええ。底抜けに元気で、浮くほど派手です」
 優太君のお母さんが、楽し気に笑った。

(やっぱりあのダニーかも……)

「そうか、そうか……」
 ひいじいじは何度も「そうか」を連発した。
 たっぷり時間をかけて、自分を納得させるように、何度も、何度も「そうか」と頷いて、ほうっと、長いため息を吐きだした。

 それから、ショボショボの目を線のように細くして、抱っこ紐の中にいる優太君の背中の辺りを透視するように見た。

「優香さん、あんたには、鋳型がある」
「ええ」と、優太君のお母さんは微笑んだ。

「ダニー先生から聞きました。私には、生まれつき、カゲロウ虫の形をした穴があるようだと」
 うむ。と、ひいじいじが重たく頷いた。

「本来、体内のむしをむし屋が取り出せば、むしの住処だった場所は次第に塞がれていくんじゃがのう。あんたの体内には、生まれつき、カゲロウ虫の鋳型があるようじゃ。その鋳型を使えば、この子の未来を守るための、外骨格が作れる。じゃが、鋳型を刺激すれば、鋳型に残ったカゲロウ虫の記憶が呼び覚まされ、あんたの命は、この子に受け継がれて、この子が7つになる年の春には尽きてしまうじゃろう」
 よいんじゃな。と、ひいじいじが念を押した。
 優太君のお母さんは、瞬きを一つして、花開くように微笑んだ。

「覚悟の上です。どのみち、この穴のせいで、私の寿命は長くありません。それなら、私の全てをこの子のために使いたい。私はこの子を、全身全霊をかけて愛します」
 ふうむ。ひいじいじは頷いて、優太君のお母さんをもう一度、長い間見つめた。

「その願い、聞き届けよう」
 いつものショボショボの目とは違う、鋭い視線を優太君のお母さんに投げかけて、ひいじいじが厳かに言う。
 ほたるの知るひいじいじとはまるで別人の、厳格な誰かだった。

 ひいじいじは、向尸井さんに似たピシッと紳士的な歩き方で、ローテーブルに置いた愛読書を手に取った。表紙の上に左手を重ねる。

「オンギャクギャクウンソワカ オンバザラヤキシャウン オンギャクギャク……」

 ひいじいじがお経のようなものをブツブツ唱えると、セピア色にあせた愛読書がエメラルドグリーンに輝きだした。
 そのまま長いお経を唱え続けながら、ひいじいじがしわしわの左手を表紙から浮かす。
 ひいじいじの手に引っ張られるように、重たい表紙がひとりでに開き、パラパラとページがめくれていった。
 四分の一あたりで見開かれた愛読書に、ひいじいじは再びしわだらけの左手を置き、カッと目を見開いた。

「きゅうてんおうげんらいせいふかてんそん」
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