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人工むし

いいわけないっ!

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「そんな」
 向尸井さんの有無を言わさぬ迫力ある目に見据えられ、ほたるは茫然とする。

 その時、俯き加減で考え込んでいた優太君が「誰かが死ぬよりは、マシ、か」と呟いた。

「決めました! そのむし、オレの中に戻してください」
 大人びた目で優太君は向尸井さんに願い出る。

「こいつ、よく見りゃ、可愛いし」
 自ずから進んでにょろにょろの人工むしに手を差し伸べる優太君に、迷いはなかった。

「そんな、あっさり」
 ほたるの方が、諦めきれない。

 だって優太君は……悔しいけど、あたしより断然賢いし、物知りだし、度胸も適応力だってある。
 この子は、望めばなんだってなれるポテンシャルを秘めているのに。

 前途洋々な優太君の将来を犠牲にするような選択、本当に正しいの?

「決めたのなら、早い方がいい。さっそく、人工むしを戻そう」
 ジャケットの内ポケットに、片手を滑り込ませた向尸井さんが、黒い巻物のようなものを取り出して、年輪テーブルの上に置く。

 相変わらず金色のピンセットで人工むしをつまんだまま、巻物の紐を片手で器用に解いて、ころころと、黒い巻物を開いていった。
 赤、青、緑と金属的な光沢で輝く、サイズの異なるピンセットが並んでいた。先端がかくっと折れ曲がったり、針になっている特殊なものもある。

「動くと危ない。きっちり座り直してくれ」
「こうですか?」
「もう少し斜め左に身体を傾けて」
 向尸井さんが優太君に指示を出し、着々と人工むしを戻す準備が進んでいく。
 本当に、これでいいの?

(いいわけないっ!)
 ほたるは、ピンセットの収まる巻物を取り上げ、店の隅に置いていたトートバッグに駆け寄って、中に突っ込み、急いでジーっと、ジッパーを閉めた。

「おい、何するんだ」
 形のいい眉を寄せて怒り露な向尸井さんに、ほたるはつかつか詰め寄った。

「向尸井さん、こんなのダメです! もっとちゃんと人工むしを優太君から引き離す方法を考えてください!」
「だから、さっきも言ったように、なんとかできるなら、とっくに」

「こんなの、達者な口でお客様を言いくるめて、意にそぐわないことを契約させる悪徳営業マンみたいじゃないですか」
「なんだと?」
 向尸井さんの表情が気色ばんだ。
 さすがに嫌な言い方だったかも。
 でも、引き下がるわけにはいかない。

 優太君がオロオロとほたると向尸井さんを見比べている。
「お、おい。ダメほたる。オレは全然」
「特級むしコンシェルジュなんでしょ? もっと仕事にプライド持ってください!!」

 喋っているうちに、熱血教師的な情熱が身体中にほとばしってきた。熱くなったほたるはその勢いで、向尸井さんのネイビーのジャケットをぐいと引っ張る。

「うおっ」
 ピンセットを持ったままの向尸井さんが、ひょろりと、いとも簡単にほたるの方へよろけてきて、ほたるの眼前にうにょうにょが迫る。

 うにょうにょうにょ。
「う、う、うぎゃ~」
 勢いで、ほたるは、向尸井さんをどんっと突き飛ばしてしまった。

「うお~」
 ピンセットを持ったまま、今度は後ろに吹っ飛ぶ向尸井さん。

「まずい」
 瞬間移動で向尸井さんの背後に回ったアキアカネさんが、なんとかその背中をがしっと抑えた。

「お~ま~え~」
 はっと我に返ったほたる。

「す、すいません! なんかスイッチ入っちゃって。あはは」
「あははじゃないだろ! オレはいいが、いや、よくないが、人工むしを傷つけたら何が起こるかわかんないんだぞ!! むしはデリケートなんだ!!!」

 怒鳴られて、ビクッとなる。
 そういえば、どんな体勢でも向尸井さんは、ピンセットを持った手だけは守っていた。
 今も、アキアカネさんに背中を支えられながら、ピンセットを持った片手を持ち上げ続けている。

「ごめんなさい」
 しゅんっと、ほたるは素直に謝った。

「優太君の将来を考えたら、なんか頭に血がのぼっちゃって……そんなに強く引っ張ったつもりはなかったんですけど、案外ひ弱なんですね」

「……お前それで、謝ってるつもりなのか?」
 体勢を立て直した向尸井さんが、ギロリとほたるを睨みつける。

「ひ弱じゃない。デリケートなだけだ」
「あ、そこ気にしてるんですか?」
「別に気にしてない」
(気にしてるんだ)
 こほんっと、咳払いを一つして「オレだって何か策はないか考えている。現在進行形でな」と、向尸井さんは言って、しばしの間目を閉じた。
 黒々と長いまつ毛が、苦悶の影を落とす。

「蜻蛉なら、何か知っていたかもしれないんだがな」
「ひいじいじ?」

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