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人工むし

人工むしの技術

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「それってつまり……」と、優太君が考え込む。

「つまり人工むしは、野生のむしじゃないから、むしむし交換をする価値がないってことですか? 宝石とイミテーションの違いみたいなもんですか?」

「いや、価値で言うなら、むしろ逆だ。人工むしは数がかなり少ないから、希少価値は高い。さっき、こいつらが目の色変えて覗き込んできたのを見ただろう。ただ、このむしは、通常のむしと違って、いわば、内臓だけの姿なんだ。外気に触れ続ければ、じきに黒く変色して腐ってしまう。しかも、生きながら腐敗が進むと、人口むしによって起こされた変なコトは、最悪の形となって幕を閉じる可能性が高いんだ」

「最悪の形って?」
「端的に言うと、今、君の周りで変なコトに巻き込まれている人たちが死ぬ」

「え」
 優太君が、ごくりと唾を飲む。

「このむしは、かつて土地むしだった。土地むしは、親から子へ、子から孫へと、先祖代々受け継がれていく中で、薄い外骨格の膜が幾重も重なっていき、硬く丈夫な殻を形成していくむしだ。しかし、こいつは、オオコトダマの蛹の中身になるときに、無理やり殻を溶かされてしまっている。だから、土地むしの頃の宿主の血族である君の体に潜り込み、外骨格の代わりにしていたんだ。つまり、君から取り出した状態で、このむしを腐らせないようにするには、新たな外骨格が必要になるということだ。が、その人口むしの外骨格の作り方は、オレにはわからない」

「そうなんだよねぇ」とアキアカネさんも肩をすくめた。

「いにしえのむし屋の間で、いっとき、人工むしの研究が盛んになったことがあってね。人口むしは、自分の中に棲まうむしを取り出して、己の欲っする才能や運をもたらすむしに変えることができる。しかも、元は自分の中にいたむしだから、拒絶反応を起こさない。それで、神の技術ともてはやされたんだ。むし屋たちは、さまざまなタイプの人工むしを作るべく、人工むしの外骨格を作る技術開発を進めた。ところが、その後、長い年月を重ねた経過観察で、人工むしは、宿主の心を操作して、そのむしが住みやすい環境を無理やり維持し続けようとすることがわかったんだ。例えば、生業鞍替えのむしで弁護士を生業とする人工むしを作ってしまったら、子々孫々、弁護士以外になることはできない、というようにね。その他の職に就こうとすると、周囲の人の命を奪ってでも徹底的に阻もうとする。むし屋では、人工むしの副作用と呼んでいるよね」

 向尸井さんが頷く。
「副作用の報告を受けたむし屋協会は、人工むしを元のむしに戻す研究を始めた。しかし、人工むしを外骨格から取り出し、保管用のむし瓶にいれても、少しずつ中身が腐っていったんだ。その上、一度取り出した人工むしは、あらゆる人工むしの外骨格にも定着せず、腐敗は止まらなかった。更に悪いことに、腐った人工むしは、元の宿主の血縁者の命を奪う特殊な毒をまき散らした。むし屋協会は、これ以上人工むしの被害が出ないように、人工むしに関する技術の全てを禁じたんだが」
「でもでもー」と、碧ちゃんが人差し指を小さな唇にとんとん、と当てて小首を傾げた。

「むし屋協会が人工むしの技術を禁止してからも、人工むしはできてるんだよねー。僕の神社の拝殿にぶら下がってるオオコトダマの蛹のひとつが寿命で消えるとさー、いつの間にか、ぽんっとまた新しいのがぶら下がってるんだよー」

 向尸井さんがまたため息を吐く。
「むし屋協会も都度犯人を捕まえているようだが、被害はなくならない。おそらく組織的な犯行だろうな。ともかく、できてしまった人工むしは、そのむしの寿命が訪れるの待つしかないんだ」
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