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見習いほたるの初仕事

神授の杜の美麗の樹

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「まあ、もうすぐわかるさ」
 アキアカネさんが意味ありげ笑って「さあついた」と足を止めた。
 アマチャ畑のちょうど中央、とりわけ濃い色をしたアマチャの花々が咲き誇る場所に、隠れるように、こじんまりとログハウスが建っていた。
 ログハウスの手前の中庭のようなところに、真っ白いガーデンテーブル&チェアのセットがぽつんと置かれている。

「ほたるちゃん、こっち」と、アキアカネさんがログハウスの扉をキィと開ける。
「あ、はい」
 中は、高原の初夏の朝のような、ひんやりした空気に満ちていた。

「いい匂いがしますね」
 スギともヒノキとも違う、しっとりコケ蒸した中にほんのり瑞々しい甘い花の香りを含んだような、優しい木の匂い。

 ログハウスに使われている木かな?
 ほたるはすぅーと胸いっぱいにそれを吸い込んだ。
 気持ちがすとんと落ち着く香りがする。
 でも、この独特な木の香り、どこかで。

「もしかして、このログハウスに使われている木材って、むし屋の年輪テーブルの木と同じですか?」
「御名答」と、アキアカネさん。

「美麗の樹と言ってね。いにしえから、むし屋が丹精込めて手入れをして守り続けている神授の森に生息している木なんだよ。美麗の樹は木材になった後も、森の切り株と繋がっていて、神授の森の空気を運び、淀んだ空間を清浄化する作用がある。ヒトが嗅ぐと、心が落ち着く鎮静効果もあるのさ」

「へえ~、美麗の樹かぁ。そういえば、むし屋のお店の年輪テーブルの椅子って、座るとすごくホッとするんですよね。あたし、最初にむし屋に来た時、すごく高そうなお店に来ちゃって、死ぬほど緊張してたのに、お茶を淹れに行った向尸井さんを椅子に座って待ってるうちに、すっかり落ち着いてたんです。あれ、美麗の樹の匂いのおかげだったんですか?」

「それもあるかな。美麗の樹はむし屋の、むし道具の一つなんだ。人間の体内に宿るむしは繊細で、むしを取り出すには、お客様のをリラックスさせる必要があるんだよ。だから、他のむし屋の店にも、美麗の樹で作られた物が必ず置かれているんだ」
「え? むし屋って、この店以外にもあるんですか?」

「もちろん。むし屋は、むし屋を取りまとめるむし屋協会が規定する条件をクリアして営業許可申請が通れば、店を構えることができるんだ」

「そうなんですか? あたし、てっきり」
「てっきり?」

「あ、いえ。あはは」
 てっきり、こんなおかしな店は一つしかないと思っていた。
 世の中って、まだまだ広いんだなー、とほたるは感心する。

「さてと」と、アキアカネさんが、ログハウスの中の木の棚に目を移し、何かを探し始めた。
 そこで初めて、ほたるは、あれっと異変に気が付いた。

 外から見た時は、こぢんまりとしたログハウスに見えたのに、中は、市立図書館のように広い。木の棚がいくつも並んでいて、本の代わりに透明な密閉容器がズラリと陳列している。
 透明な容器にはそれぞれラベルが貼られ、ナンバーが記されていた。
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