上 下
56 / 97
見習いほたるの初仕事

セフィロトの樹の間

しおりを挟む
「うわぁ……」
 関係者専用通路の扉を潜ったほたるは、目をぱちくりさせた。
 てっきり控室のような小部屋か、小さな倉庫みたいなものがあるのかと思っていたら、信じられないくらいに広々としたドーム状の丸い部屋が、ぽっかり広がっていたのだ。
 うちの大学の小ホールと同じくらいの大きさはある。

 床はぴかぴかの大理石で、中央に、数字の『6』と、大きく記されていた。
 なんの数字だろう。

 壁は透明なゼリー状になっていて、横と天井をぐるりとドーム状に囲っている。
 ゼリー天井の先は、すかっと抜けるような青空が広がっていた。青空のどこかにある太陽の光を受けて、ゼリーのそこここに、虹色の線が煌めいて揺れている。

「シャボン玉の中にいるみたいですね」 
「なかなかいい表現だね。触ってごらん」

 アキアカネさんに言われるままに、つんと、人差し指で壁に触れたら、ふるふる、ふにょんと、まるで本物のゼリーに指を突っ込んだみたいな感触で、ドームの壁に指が沈みこんでいった。

「うわー、気持ちいい~」
 指を抜いた途端、もにょんっと、壁はまた美しいドーム状に戻った。形状記憶?

 「6」の数字の真上に立ったアキアカネさんが「ここから壁の先を見てごらん」とほたるを手招きした。
 言われた通りに、アキアカネさんの隣に立って、透明な壁の外を眺めてみる。
 前方に四本、後方に三本、放射状に道が続いているのが見えた。その先にも、ごちゃごちゃと道が続いているようだ。
 それぞれの道の先には、この部屋と同じようなドーム状の丸い部屋がぽこぽこついている。

「ここは、セフィロトの樹の間の6番ルーム。この上から全体を眺めたら、ちょっと歪な六角形の形に見えるかな」
「セフィロトの樹?」

「12~13世紀頃に、南フランスとスペインで生じた『カバラ』という特殊なユダヤ教神秘学があってね。この世には人知の及ばない不思議なことがあるとする考え方なんだけど、そのカバラの秘儀は『光輝の書』と『創造の書』と、そしてこの『セフィロトの樹』、別名『生命の樹』と呼ばれる図に書かれているんだ。ただし、むし屋のセフィロトの樹は、むし屋独自に進化したものだから、カバラとは少し違うんだけれどね」
「はあ」
 よくわかんないな、という顔をしていたのだろう。くすりと笑ったアキアカネさんが「ま、小難しい話はいいとしてさっそく行こうか」と、ドーム状の壁に体をめり込ませ、きゅぽん、と外の通路に飛び出した。

 アキアカネさんを吐き出した壁は、ぼよよんっと、ドーム状の壁に戻る。
「うわぁ、楽しそう!」

 ほたるもさっそく、えいっと、両手を壁にめり込ませた。
 透明な幕のようなものが、まとわりつくように身体を包みこむ。プルプルゼリーのプールにダイブしたみたい。ひんやり気持ちいい。お肌がプルプルに潤いそう。

 きゅぽんっ。
 最後は、一気に通路へ吐き出される。
「うわっ!」
「おっと」 
 勢いよく飛び出したほたるの身体をアキアカネさんが抱きとめて「大丈夫かい?」と下ろしてくれた。

「あ、りがとうございます!」
 ぼっと顔を赤らめたほたるに、ふふっと笑ったアキアカネさんが「迷子にならないように、しっかりついてきてね」と、通路を歩き出す。

(今日は……心臓に悪い日だ)
 アキアカネさんも水黄緑の君も、妙に距離感が近い。
(人知を超えた存在って、パーソナルスペースの概念がないのかなぁ) 

 アキアカネさんの後ろにくっついて、いくつかのドームと通路を通り抜けた。
 それらのドームと通路は全部そっくりで、通路は短かったり長かったりするものの、ほたるには見分けがつかなかった。
 ドームの部屋の床の番号を見て、あ、違う部屋だ、とわかることもあるけれど。

「アキアカネさん。この部屋、さっきも通りませんでした?」
 「1」と書かれたドームは、確か、前にも通ったはずだ。

「いいや、初めての部屋だよ。道順が変われば、同じ部屋でも別の部屋なのさ」
「はあ」
(哲学?)
 複雑すぎて、さっぱり意味がつかめない。
 そして、複雑すぎて、全く道順を覚えられない。

「心配いらないよ。ほたるちゃんがお茶を淹れる時には、僕が一緒についていくから。さて、到着」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

仮想空間に巻き込まれた男装少女は、軍人達と、愛猫との最期の旅をする

百門一新
ファンタジー
育て親を亡くし『猫のクロエ』を連れて旅に出た男装少女エル。しかしその矢先、少女アリスを攫った男の、暴走と崩壊の続く人工夢世界『仮想空間エリス』の再稼働に巻き込まれてしまう。 『仮想空間エリス』の破壊の任務を受けた3人の軍人と、エルはクロエと生きて帰るため行動を共にする。しかし、彼女は無関係ではなかったようで…… 現実世界で奮闘する米軍研究所、人工夢世界『仮想空間エリス』、夢世界のモノ達。それぞれの〝願い〟と、エルと軍人達もそれぞれの〝秘密〟を胸に、彼女達は終わりへ向けて動き出す。 ※「小説家になろう」「ノベマ!」「カクヨム」にも掲載しています。

紫神社の送還屋

百川凛
キャラ文芸
「送還師」とは、現世に入ってきた妖怪を元の世界に還す仕事をしている人達である。

私が異世界物を書く理由

京衛武百十
キャラ文芸
女流ラノベ作家<蒼井霧雨>は、非常に好き嫌いの分かれる作品を書くことで『知る人ぞ知る』作家だった。 そんな彼女の作品は、基本的には年上の女性と少年のラブロマンス物が多かったものの、時流に乗っていわゆる<異世界物>も多く生み出してきた。 これは、彼女、蒼井霧雨が異世界物を書く理由である。     筆者より 「ショタパパ ミハエルくん」が当初想定していた内容からそれまくった挙句、いろいろとっ散らかって収拾つかなくなってしまったので、あちらはあちらでこのまま好き放題するとして、こちらは改めて少しテーマを絞って書こうと思います。 基本的には<創作者の本音>をメインにしていく予定です。 もっとも、また暴走する可能性が高いですが。 なろうとカクヨムでも同時連載します。

G.F. -ゴールドフイッシュ-

木乃伊(元 ISAM-t)
キャラ文芸
※表紙画アイコンは『アイコンメーカー CHART』と『画像加工アプリ perfect image』を使用し製作しました。 ❶この作品は『女装と復讐は街の華』の続編です。そのため開始ページは《page.480》からとなっています。 ❷15万文字を超えましたので【長編】と変更しました。それと、未だどれだけの長さのストーリーとなるかは分かりません。 ❸ストーリーは前作と同様に《岩塚信吾の視点》で進行していきますが、続編となる今作品では《岡本詩織の視点》や《他の登場人物の視点》で進行する場面もあります。 ❹今作品中で語られる《芸能界の全容》や《アイドルと女優との比較など》等は全てフィクション(および業界仮想)です。現実の芸能界とは比較できません。 ❺毎日1page以上の執筆と公開を心掛けますが、執筆や公開できない日もあるかもしれませんが、宜しくお願い致します。※ただ今、作者の生活環境等の事由により、週末に纏めて執筆&公開に努めています。

【サクッと読める】2ch名作スレまとめ

_
ファンタジー
2chで投稿された名作スレをまとめています。 物語に影響しない程度で一部変更する場合がございます。 ご了承ください。 ※不定期更新

【アルファポリスで稼ぐ】新社会人が1年間で会社を辞めるために収益UPを目指してみた。

紫蘭
エッセイ・ノンフィクション
アルファポリスでの収益報告、どうやったら収益を上げられるのかの試行錯誤を日々アップします。 アルファポリスのインセンティブの仕組み。 ど素人がどの程度のポイントを貰えるのか。 どの新人賞に応募すればいいのか、各新人賞の詳細と傾向。 実際に新人賞に応募していくまでの過程。 春から新社会人。それなりに希望を持って入社式に向かったはずなのに、そうそうに向いてないことを自覚しました。学生時代から書くことが好きだったこともあり、いつでも仕事を辞められるように、まずはインセンティブのあるアルファポリスで小説とエッセイの投稿を始めて見ました。(そんなに甘いわけが無い)

天空の魔女 リプルとペブル

やすいやくし
児童書・童話
天空の大陸に住むふたりの魔女が主人公の魔法冒険ファンタジー。 魔法が得意で好奇心おうせいだけど、とある秘密をかかえているリプルと、 基本ダメダメだけど、いざとなると、どたんばパワーをだすペブル。 平和だった魔女学園に闇の勢力が出没しはじめる。 王都からやってきたふたりの少年魔法士とともに、 王都をめざすことになったリプルとペブル。 きほんまったり&ときどきドキドキの魔女たちの冒険物語。 ふたりの魔女はこの大陸を救うことができるのか!? 表紙イラスト&さし絵も自分で描いています。

お困りですか?こちら電脳セキュリティアバター支部がダイブします!

春瀬湖子
キャラ文芸
大手企業の参入をキッカケにサイバー都市である『CC』が一気に広まり、年齢性別に関係なく電脳世界では種族すらも越えて過ごすこと=『ダイブ』が当たり前になった現在。 本当の自分を自分らしく表現出来るようになったからこそ起きるトラブルだってあるでしょう。 しかし困った時はいつでもお任せ! 連絡一本であなたの安全を守る『電脳セキュリティ』がいつでもダイブいたします! バーチャル空間と現実世界を行き来することが当たり前になった世界を舞台に、ネット内警察である『電脳セキュリティ』にスカウトされて働く女子高生の物語です。 彼女が出会い、信じ、そして別れるのはーー……? ※他サイト様にも投稿しております。

処理中です...